第21話 集束する前世の因縁
――星軍本部 服部の執務室
服部は紫輝と出会ったその日の内に百地を呼び出した。
百地は服部や紫輝と同じく元皇国軍の死奴で、現在は星軍で諜報員として活動している。
紫輝の人物像がテロ事件の聴取を呼んだ印象と実際に会って話した時の印象があまりにも違い過ぎたのだ。
「う~ん……百地はどう思う?」
「……才能に関してはともかく、テロに対しての行動力や判断力、そして対処能力……どれも五歳の子供が出来る事ではありません。供述調書が捏造だと言われたほうがまだ納得できます」
だから服部は紫輝を不審に思い、百地に調査を命じた。
半分は星軍少将の仕事として。
半分は紫輝に対する興味から。
その服部は園遊会の後、百地から神薙紫輝に関する調査報告を受けていた。
百地は紫輝に関する公的機関の記録から身元・出生、本人がどのような人物かに至るまで徹底的に調べ上げた。
「身元・出生に間違いはありません。ロゼット皇女の婚約者になったという話ですが、星軍の情報部では確認できませんでした。ただ……」
「ただ?」
「僕が直接会って話しましたが……五歳児とは到底思えません。まるで大人を相手にしているようでした」
「大人と? 単に大人びているんじゃないのか?」
「礼儀や言葉遣いだけならそうと言えるでしょう。ですが、考え方や人との接し方が大人と変わりませんでした。正直……不気味でなりません」
「ん~、神薙は霊的なものと関わる一族だ。もしかしたら、その辺に関係しているのかもな~……。仕方ない……」
服部は立て掛けてあったコートをを取るとそれを羽織る。
「お前も来るか?」
「どちらへ?」
「本人会って直接聞いてみる。気になる事もあるんでね」
「気になる事?」
「紫輝が……物部の方な。あいつが受け取るはずだった鎧騎の部品や装備がどうなったか陛下が園遊会の時に俺に確認してきたんだ」
「陛下が? 今更それを聞いてどうするつもりなんでしょう?」
「わからん……。だが、陛下は神薙紫輝と園遊会の時に迎賓館で二人きりで会っていた。あの子を調査していたお前なら知っているだろう? もしあの子に問題があるのなら陛下が対処に動くはず。しかし、陛下にその動きはない」
「……陛下には【宿命通】がある。魔導具、それに精神や霊的防御系の才能があると防がれてしまうけど、園遊会ではそれらが一切使用できない……。なら、陛下は神薙紫輝の過去や前世を見て問題がないと判断……まさか!?」
百地はある可能性に考えが至る。
「そのまさか、かもな……。ロゼット皇女の婚姻の条件は【駆動傀儡術】か【機動鎧騎術】の才能を持つ男。俺の得た情報では神薙紫輝はその両方の才能を持っているらしい。陛下から前世の才能を引き継ぐ事はよくあると聞いたことがある。もしかしたら、【機動鎧騎術】の才能を持つ神薙紫輝は俺達の知る人物かもしれん……」
「だとしたら……この国が少し騒がしくなりますね」
百地は軍帽を被ると執務室を出る服部の後に続いた。
☆
紫輝は神薙神社の敷地内に出店されている甘味処に来ていた。
七日に一度、ここに来て自分の小遣いを使って甘味を食べるのが習慣になっていた。
もっきゅっ、もっきゅっ……
紫輝は店頭にある長椅子に座り、その横に黒蜜をタプリ掛けた串団子が乗った皿とお茶を置き、団子を口一杯に頬張って食べていた。
その紫輝に頭を剃った男が近付く。
近習頭の青史郎だった。
近習頭である証の黒の制服ではなく、今日は普段着で来ていた。
その青史郎が紫輝に声を掛ける。
(早速、陛下からの呼び出しか? でも、青兄の服装は普段着なんだよな……)
「あなたは……確か近習頭の物部青史郎さんでしたよね?」
「覚えていてくれてたんだね」
紫輝に優しく微笑む青史郎。
「母に用事ですか? 母なら神社本庁の支部に出勤してますよ」
「いや、君の母君に用事はないんだ」
「?」
躊躇いがちに言う。
「隣……、座っても良いかな?」
「はい、どうぞ」
青史郎は紫輝の横に腰掛ける。
店員が青史郎に注文を聞きに来て、青史郎は紫輝と同じ物を注文した。
もっきゅっ、もっきゅっ……
お互い何も喋らず、ただ紫輝の団子を咀嚼する音だけが聞こえる。
しばらくの沈黙の後、青史郎が口を開いた。
「私はには、ね……下に三人弟がいるのだが、一番下の弟は君と同じ名前でね。その弟に似ているんだ……。特に、美味しい物を食べてる時に口一杯頬張って食べる姿が。今の君のように……」
「そうですか……」
(う~ん……青兄の目的がさっぱりわからない……。何が目的だ?)
実は青史郎は今日は休日で、特にやる事もなく皇都をぶらついていた所、園遊会で出会った自分の亡くなった弟と同じ名前の紫輝の事を思い出し、何となく神薙神社に足が向いただけだった。
「自分の食べ方、そんなに個性的ですか?」
「うん、そうだね。そんな食べ方、私は弟と君以外で見たことがない」
青史郎は紫輝に苦笑いしながら答えた。
「だから、びっくりした」
ここで青史郎が注文した黒蜜が掛かった串団子が届く。
この店では注文した品物を確認して受け取る時に料金を支払う仕組みだ。
なので青史郎は金を支払い、注文したお茶と串団子を受け取る。
その串団子を一本手に取って団子に口を付けようとした時、目の前の地面にフッと影が射す。
「おや、これはお取り込み中でしたかね~」
青史郎が影を辿るとそこには見知った顔の二人の軍人が立っていた。
「お前は……服部? それに百地も……」
「お久しぶりです、青史郎さん。あなたも彼に会いに来たんですね……」
百地は目を細めて紫輝を見ながら青史郎にそう言う。
百地は青史郎も神薙紫輝の正体に気付いて会いに来たのだと勘違いしていた。
紫輝は団子食べ終わり、お茶を飲もうと湯呑みに手を伸ばそうとした手を止めて二人を見た。
「軍人さん、家に何か御用ですか? 今、両親は仕事で留守にして居ないのですが?」
「問題ないよ~。我々が用があるのは君だからね、神薙紫輝くん」
服部のその言葉で紫輝は警戒感を一気に増した。
(俺に用事? 俺の知らない所で何かあったのか?)
「ロゼット皇女の件ですか? それとも自分の才能についてですか?」
心当たりがある事を口に出して服部に尋ねた。
「どれも違うね~。あえて言うなら、昔の君についてかな?」
”昔の君”――服部のその一言で紫輝は自分の前世に気付かれた事を悟った。
「……一応確認しますが、どうして俺が”物部紫輝”だってわかったんですか?」
「物部……紫輝……? 何を言って……」
神薙紫輝が自らを”物部紫輝”と名乗った事で青史郎は頭が混乱した。
まるで自分が亡くなったその本人だと告白しているのだから。
目の前にいる服部と百地の二人は事情を知っている様子。
青史郎は三人に事情を尋ねようとしたが途中で思い直す。
状況を把握するためにしばらく様子を伺うことにしたのだ。
「切っ掛けはお前に初めて会った時だな。テロ事件の調書を呼んで受けたお前の印象と違い過ぎた。んで~、疑問に思って百地にお前の事を色々調べさせた。そしたら違和感が増してね~。確証をもったのは園遊会での陛下の言動だな」
「なるほど……それで俺を探るのに服部さんが青兄をここに寄越したんですね」
(えっ? 青兄だって……?)
青史郎は神薙紫輝から青兄と呼ばれた事でさらに頭が混乱した。
自分の事をそう呼ぶのは三番目の弟の黄汰と、記憶と才能を失う前の自分の弟――亡くなった紫輝だけだから。
「それは違うよ~。俺達と青史郎がここに来たのは偶然だよ~。何だったら、出直そうか?」
「もう良いです。今更ですよ」
そう言うと紫輝は座っていた長椅子から降りて、女性店員に声を掛けると青史郎の串団子を持ち帰れるよう包んでもらう。
「こんな所で話す内容じゃないし、青兄も俺に聞きたい事があるだろうから家に来て下さい。それと――香叔母さん、居るんでしょう?」
紫輝は辺りを見回しながら香の名を呼び、彼女が近くにいるような感じで話し掛ける。
すると、紫輝の目の前に異形の姿をした人型が姿を現す。
「なっ!? ヘンゲか!!」
百地が慌てて紫輝の前に出ると戦闘態勢に入る。
その百地を紫輝は落ち着いた感じで制止する。
「大丈夫ですよ。あれは俺の護衛のために母の妹――叔母が俺に付けてくれた【式神】です」
紫輝の才能に加え、ロゼット皇女の婚約者となった事で紫輝の身を狙う者が現れる可能性が高かくなった。
その対応として香が退魔師の活動を休止して式神で紫輝の護衛に集中していた。
ちなみに、園遊会が行われる皇室御用地には侵入者対策用の結界が張られているので式神は入れなかった。
だから香は紫輝と星皇の謁見でのやり取りは知らない。
「あれが……【式神】?」
紫輝にそう言われても百地は構えを解かずに式神を警戒し続ける。
「叔母さんも話しが聞きたいなら家に来て下さい」
『わかったわ……。直ぐに行くから、ちょっと待っててね』
香は式神を通して自分の言葉を届けると式神は再び姿を消した。
「それじゃあ行きましょうか」
紫輝は三人を神社の敷地にある神薙家に案内する。
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