第20話 星皇との謁見

「陛下からの伝言?」


 近習頭の青史郎は神薙家当主の輝に星皇からの伝言を伝えに来た。


「はい。”今日は良い機会なので紫輝……様と話してみたい”との事です」


 青史郎は紫輝の名前を言うのを少し詰まらせながら輝に星皇からの伝言を伝える。


「園遊会の後に所用がないのであれば陛下の思いに応えて頂けると幸いです」


「……私達家族も同席して宜しいか?」


「同伴は宜しいですが、同席できるか私も聞いてはおりません。ですので、まずは陛下にお伺いします。お返事はそれからで宜しいですか?」


「構いません」


「では、園遊会が終了しましたら迎賓館にお越し下さい」


「わかりました」


 別れ際、紫輝は青史郎と目が合う。

 紫輝は青史郎を気にせず料理を頬張っていた。


 もっきゅっ、もっきゅっ……


 青史郎は少し驚いた表情をするがそれも一瞬だけ。

 紫輝に軽く頭を下げると青史郎は去って行った。


「やっぱり、陛下も紫輝に接触して来たね……」


「ああ……」


 総一朗は紫輝を見ながら言う。

 だが、輝はどこか上の空だ。


(陛下の用事は紫輝の才能や皇女の婚約だけじゃない。恐らくは、紫輝の前世に関して。それに陛下の【宿命通】なら紫輝に前世の記憶がある事に気付いておられるだろう……)


「……それにしても紫輝。お前に関わる大事な話しをしているというのに……」


 輝は紫輝をジト目で見る。


「ネズミみたいに頬を膨らませて食べてるんじゃない!」


「もっきゅっ! もっきゅっ!」


「食べながら話そうとするんじゃない!」


 そんな愉快な母子のやり取りで周囲を和ませた神薙一家であった。




 ――園遊会終了後、迎賓館 星皇と紫輝の謁見


 迎賓館の特別室で紫輝は星皇と対面した。

 この室内には二人以外誰も居ない。

 星皇がまずは紫輝と二人きりで話しがしたいと言う事で輝達の同席は認めなかったのだ。


「改めて自己紹介をしよう。私が星皇せいおうだ」


 既に五十を過ぎている星皇は近くで見ると髪に白いものが混ざり始めいて、ナイスミドルといった感じの容貌をしている。


「……神薙紫輝です」

 

「そう警戒する必要はない。私は君と話しがしたいだけだ。だが……まず始めに確認しておきたい。君には前世の記憶があるね?」


 星皇は率直に紫輝に前世の記憶の有無を尋ねる。


「はい、あります」


「そうか。では、君の前世は物部紫輝で間違いないね?」


「間違いありません」


 紫輝は星皇の質問に否定も誤魔化しもせず素直に答える。


「やけに素直に答えてくれえるのだね。否定したりして誤魔化したりしないのかね?」


「陛下には人の過去や前世が視える【宿命通】があると母から聞きました。で、あるならば、そんな事は無駄でしょう」


 星皇は苦笑いして自身の才能について補足する。


「そうは言っても、魔導具を使われたり、精神や霊的防御系の能力があるといくらでも誤魔化されてしまう程度の能力なのだがね」


「普段ならそうなのでしょうが、園遊会では魔導具の所持や能力の使用は禁止されています。もしそんな事をしようものなら不忠者とそしりを受けます。そうなれば当主たる母の顔に泥を塗り、一族の恥となりましょう」


 紫輝は星皇の目を真っ直ぐ見据えて言う。


「ふむ……君の考えは良くわかった。ならば、私も腹を割って話そう。その前にまずは君に謝罪しなければならない――」


 星皇は居住まいを正し、紫輝に頭を下げる。


「星皇たる私が不甲斐ないばかりに不忠者を見逃し、その所為で君を苦しめてしまった。すまない……」


「……俺に謝るべきは陛下ではなく、自分を死奴にして利用した奴等です。 ……もっとも、そいつ等は一人を残して全員あの世ですが」


 皇国軍で死奴を主導した者達、その関係者は皇国法に則って厳罰に処され、ほとんどは極刑となった。


 ただし、紫輝の伯父・左近に依頼され、紫輝を死奴にした司馬しば玄人くろとは逃亡して今も行方が知れない。


「いや、私はこの国を治める者として法を破り、国家に背く不埒者達を直ぐにでも捕らえ、死奴にされた君達を助けなければならない立場だったのに……手段がないのを理由に手をこまねいて見ているしかなかった。それに不埒者と言えど、国や軍の中枢を担う者達だ。当時は戦時中でもあった。彼等を排除すれば国は大混乱に陥り、合衆国や連邦国にその隙を突かれて攻め込まれる。それもあって下手に手出しができない状況だった。だがこれは私の言い訳にしか過ぎない。だから君の怒りは甘んじて受けよう」


「……陛下にどんな理由があり、どんなに言葉を尽くされて謝られても……俺が死奴にされて経験した事や受けた心の傷は決して消えやしない。それは生まれ変わった今も俺の中に残り続けて俺を苦しめる」


「……」


 星皇は紫輝の苦痛が滲み出るような言葉を黙って聞く。

 紫輝の言葉遣いが崩れる時は紫輝の地であり本心だ。

 初めて紫輝と対面した星皇は長年培った対人スキルでそれを逸早いちはやく見抜いた。


「その所為で俺は人の言葉を素直に信じる事が出来なくなった。陛下の言葉も、自分の家族や自分が大切に思う人達の言葉でさえも……裏に何か意図があるんじゃないかと疑ってしまう……。今の俺が信用できるのは鎧騎や傀儡だけだ。 ……だから、俺はこれからの人生を極力人と関わらずに生きていきたい」


 星皇は紫輝の最後の言葉で紫輝の望みに気が付く。


「……ロゼット皇女との婚約を解消したい、と?」


 紫輝は静かに頷く。

 星皇は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。


「しかし、それはとても難しい……。帝族が一度決めた事を覆すのは臣下や国民に対して示しがつかないからだ」


「ロゼット皇女はお互いに好意を寄せる相手が別に現れれば婚約を解消しても良いとおっしゃってくれました」


「ロゼット皇女がそのような事を?」


(おかしい……彼女は自分の故郷復興のために彼の力が是が非でも欲しいはず。私が彼女と話したあの様子だと簡単に諦めるとは思えない。なら、考えられるのは彼を取り込むための時間稼ぎか……)


「彼女の目的は知っています。だから、妥協案として彼女の事業を個人的に手伝っても良いと考えています」


「私も帝国の皇帝に口添えしてみるが……期待はしないでくれ」


「わかりました……」


「そうそう、ロゼット皇女の件で君を我が星皇家に養子に迎える話しが出ているのだが……」


「それは無理です! 養子になんてなれません! 勘弁して下さい! 自分の心が色んな意味で死にます! だからロゼット皇女との婚約解消に全力で口添えして下さい!」


「お、おう……そんなに嫌かね?」


「前世で外松先生の奥様の麗華れいかさんに教えられて以来、礼儀作法とか社交ダンスとか大嫌いになりました! 死ぬほどしごかれたんですよ!」


 星皇に涙目で訴える紫輝。

 それだけで星皇は紫輝の心情を察した。


「そ、そうか……麗華さんに……その気持は私も良くわかるぞ……」




 外松そとまつ(旧姓 綾小路あやのこうじ麗華れいか――星皇は元伯爵令嬢だった麗華とは学友で彼女の事は良く知っていた。

 普段は柔和にゅうわで寛容な女性であるが、華族の心構えや対人スキル、礼儀作法が関わる時には鬼のように厳しくなるのだ。




「それと、もう一つ確認しておきたいのだが。君の前世を知るのは輝君だけだね?」


「はい」


「前世の家族……青史郎達に打ち明ける気はあるかね?」


 頭を横に振って否定する。


「今の自分は”物部紫輝”ではなく”神薙紫輝”です。それに……前世では家族に随分苦労を掛けたし、家族の目の前で死んで悲しませもしました……。その時の事を今更思い出させたくはないんです。だから、物部には秘密にして下さい」


「そうか……わかった」


(これは銀星や青史郎達に知れたら確実に恨まれるな……)


 物部は星皇家の臣下の中で形祓と一、二を争う実力を持つ一族。

 その為、青史郎を始め彼等の怒りを買わないか内心ヒヤヒヤしている。


「……ところで、自分が死んだ時に身に付けていた物がどうなったかご存知ですか?」


 ここで初めて紫輝の方から星皇に質問した。


「ん? それは知らないが……。 何かあるのかね?」


「自分が身に付けていた軍服のポケットには自分の【機動鎧騎術】の粋を凝らして作り上げた魔導具が入れてあったんです。あれは今の自分に必要なもの。それにそれを作る手助けをしてくれた魔境界の知り合いから預かった大事な物もあります。それをどうしても回収しておきたいんです」




 紫輝が前世で作り上げた魔導具――正式名称”携帯鎧騎格納工房”


 収納箱アイテムボックスのように鎧騎に関係する物に限り機体・部品・材料が際限なく収納できるだけでなく、必要な情報と材料さえあればそれをもとに部品の製造・加工・修復が可能。

 機体や武器・装備の性能試験や整備も自動で行える。

 部品や機体そのものを複製だって出来るのだ。


 紫輝はこれを前世で魔境界に派遣された時、そこで得た(ネコババ)したミスリルと魔導石を使い、魔境界で知り合ったドワーフの指導のもと、【機動鎧騎術】で作り上げた一品だ。




「事情も話さずに家臣から大事な家族の遺品を取り上げるような真似は出来ないぞ……」


「ですよねぇ~……」


「あるいは、君の前世を話せば渡してくれるかもしれんが」


 星皇はニヤリと笑った。


「それは……少し、考えさせて下さい……」


「わかった。ところで君の才能についてだが、【機動鎧騎術】は前世の知識があるから問題ないとして、【駆動傀儡術】については知らない事も多いだろう。形祓から資料を取り寄せている。その資料の複製を君に渡しておこう」


 正直、これは紫輝にとってありがたい申し出だ。

 何せ、昔話しでしか知り得なかった才能の詳細を知る事が出来るのだから。


「御心遣い感謝します」


「君が前世で従軍していた時に得られるはずだった給与などの金銭の諸々は銀星に渡してある」


「お金は正直欲しいですけど……それはもう良いです」


 自己満足ではあるが、前世の自分の葬式・墓代として物部の家族が受け取ってくれたらそれで十分だと紫輝は思っている。


「それとは別に君が要望していた鎧騎の部品と装備についてだが……」


「それは下さい!」


 前世で貰うはずだった鎧騎の部品や装備の話しが出た途端、目の色変えて恥も外聞もなく星皇に対して率直に要求する紫輝。

 それだけ紫輝にとって喉から手が出るほど欲しいお宝なのだ。


「確認したら服部少将に預けたままになっていた」


「げっ! よりによって服部さんですか……」


「服部少将にも事情を話す必要がある。彼には誤魔化しは一切効かない。それは部下だった君が一番良く知っているだろう?」


「それは……まあ……」


「君と話したい事は話せた。今後は君と連絡を取り合い、場合によっては呼び出すこともあるだろう。その時は宜しく頼む」


「わかりました」


 ――その後、星皇は紫輝の家族を交えて当たり障りのない話しをして謁見を終えた。


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