第19話 園遊会

 園遊会当日。


 紫輝は家族と一緒に皇室が所要・管理する領地――皇室御用地に訪れていた。


 園遊会は星皇と皇后との交流が持てる社交の場。


 初日からニ日間は一般人や経済界の重鎮との交流。

 三日目からは海外要人や外交関係者、司法・立法・行政や国軍と続く。

 最終日は皇室、家臣団や星軍の関係者だけで行われる言わば園遊会の打ち上げのようなもの。


 今日はその最終日。


 入口で魔導具・武器類の所持の有無をチェック受けてから御用地の中に入る。


「紫輝、こっち」


 三歳年上の姉、沙夜に手を引かれる紫輝。


「紫輝は初めてだから迷わないように手を繋いでいてあげる」


「ありがとう、姉さん」


 沙夜の言葉に紫輝は苦笑いで答える。


 その二人の様子を微笑ましく見守る輝と総一朗、そして周囲の人達。


 そんな和やか雰囲気とは対象的に会場は星軍の警備の兵がそこかしこに配置されいていてとても物々しい。

 今回の園遊会では帝国皇女ロゼットを狙ったテロ事件の影響で普段よりも警備が厳しくなっていた。

 園遊会の敷地外縁には皇国陸軍の六式戦闘鎧騎が配置されている。




 六式戦闘鎧騎は戦後に国立技術開発局で初めて開発された鎧騎である。

 性能は疾風を超えるが、様々な補助機器を操縦席に積み込み過ぎて狭くなり、居住性が悪くて操縦士には不評を買っていた。


 この六式鎧騎の配備は先の襲撃事件のように鎧騎を使ったテロに備えてだ。




 不意に前方の集団から礼服を着た三十代くらいの男が出て来て、軽い調子で姉に手を引かれる紫輝に話し掛けてきた。


「よう、紫輝! 今日はお前も来たのか?」


「……って、何であなたがここにいるんですか?」


 その男性は帝国皇女ロゼットの護衛を勤めていた形祓かたはら秀一しゅういちだった。


「見ての通り、俺もお前と同じだ。形祓の頭領の息子だからな。欠席するわけにいかんのだよ」


「えっ!? あなた、頭領の息子だったんですか!?」


「ああ、そういえば言ってなかったな」


 紫輝が秀一と話したていると、彼の後ろから糸目が特徴的な五十代くらいの男性が現れて二人の会話に入ってきた。


「やあ、君が紫輝君だね? 初めまして、私は形祓かたはら萬才まんさいと言う。形祓の頭領を務めている者だ。話しは秀一から聞いているよ」


(この人、どことなく服部さんと似てる)


 紫輝から見た萬才という男の第一印象は一見すると平凡な顔立ちをしているが、腹の底では何を企んでるかわからない得体の知れなさを感じた。


「これから色々と大変だろうから、何かあったら相談に――」


「形祓様、お久しぶりです」


 萬才の話しが言い終わる前に沙夜が会話に割って入る。


「おお、これは沙夜ちゃん! 久しぶりだねえ!」


「紫輝の事を気に掛けて頂けるのは有り難いですが、満載様も忙しい身の上。弟のために手を煩わせる訳にはいきません。どうかお気になさらないで下さい」


「萬才殿、沙夜の言う通り息子の事は気になさらず」


 沙夜に続いて輝が萬才から紫輝を庇うように営業スマイルで対応する。


「いやはや……しっかりしたお子さんをお持ちで羨ましい限りですな。では、また後ほど会場でお会いしましょう。行くぞ、秀一」


「わりました。じゃあな、紫輝。また後で」


 二人は紫輝達より先に会場に向かって行った、


「……萬才の奴、早速紫輝にちょっかい掛けて来たな。沙夜、助かった。この調子で紫輝を守ってやってくれ。


 輝は紫輝の傀儡の力で若返ったお蔭で招待客の男性陣からは大人気だ。

 警備に当たる星軍兵士も輝の美貌に見とれて上司からお叱りの言葉を受けている者が続出している。


 招待客の御婦人達からは美貌と若さを保つ秘訣を聞き出そうと輝に群がっていた。

 その所為で輝は萬才の対処に出遅れたのだ。


 ちなみに総一朗は若返った輝と比べても童顔の所為で輝の夫に見られず、弟とよく間違われて凹んでいた。


「はい、お母さん。紫輝は私が守ります!」


 沙夜はフンスと鼻息荒くして輝に答えた。


 テロの後に開いた一族の会合の後、輝は娘の沙夜にも沙夜にもロゼットと紫輝の才能について話してある。

 沙夜も紫輝に対する人質としてその身を狙われる可能性があるので注意を促すためにだ。


「紫輝、ここではああいう情報にさとい奴等が多くいるから気を付けろ」


「だから来たくなかったのに……」


「文句を言うな。行くぞ」


 輝は紫輝に口頭で手短に注意すると家族揃って会場へ向かうのだった。







 本来、園遊会は桜の花が満開になる時期に会わせて行われるのだが、テロで延期になった所為で時期が過ぎてしまい、桜の花びらはほとんど散ってしまっている。


 既に葉桜に切り替わり始めている桜を見ても楽しめるものではない。


 その代わり、今回は料理に力を入れて食事を楽しむよう趣向が凝らされていた。




 園遊会が催されれる会場に到着すると先ずは家臣団、次に星軍と順番に並ぶ。


 出席予定の招待客が全員揃ったのを侍従長が確認して、その報告を近習頭の物部もののべ青史郎せいしろうが受ける。


 その青史郎の頭を見て紫輝は驚く。

 青史郎は剃髪していたのだ。


(容姿が良いと頭を剃っても様になるんだな……)


「出席者を全員確認しました。問題ありません」


 星皇が青史郎の言葉を聞くと星皇・皇后、北斗皇太子夫妻や南斗皇子夫妻、皇族が会場に並ぶ家臣団や星軍関係者の所へとゆっくりと歩み、普段は全国に散らばる家臣団の代表や星軍の将官に対して順番に労いの言葉を掛けて回る。


 そして紫輝達の順番が回ってきて紫輝は星皇と目が合い――星皇が固まる。

 皇后がその反応に首を傾げて星皇に声を掛けた。


「陛下?」


「……いや、何でもない」


 だがそれも一瞬の事。

 直ぐに平常心を取り戻した星皇は何事もなかったように振る舞う。


「君が紫輝君だね? 美味しい料理やお菓子ももあるから楽しんでね」


「はい! ありがとうございます!」


 星皇は何事も無かったように神薙家の面々に声を掛けて通り過ぎた。 


(あの反応はバレたな……)


 紫輝はどうしたものかと考え、輝を見るが輝は頭を横に振って答える


(どうしようもない)


 輝もこれに関してはお手上げだ。

 だからもう開き直って紫輝と輝は食事を楽しむ事にした。




 星皇家をはじめ、皇族の声掛けが終わった者から少しずつ列から外れ、仮設テントで有名店や老舗店から派遣された料理人達が腕を振るって作った料理に舌鼓を打つ。


 飲み物を飲み、食事をしながら歓談する招待客達。


 今回は料理に力を入れているだけあり、招待客からの評判は上々だ。


「うまうまっ!」


「「「……」」」


 紫輝の食べる様子をじっと見る輝、総一朗、沙夜。

 そんな三人の視線に気付き、首を傾げる紫輝。


「え? 何ですか?」


「紫輝は本当に料理やお菓子を美味しそうに食べるね」


「というか、紫輝は好き嫌いせずに何でも食べてくれるから母は嬉しいぞ」


「紫輝に食べられる料理は幸せ」


 紫輝は前世で死奴になった時、食事に困ることがよくあった経験から余程の食べ物でなければカ何でも美味しく食べられるようなった。


「珪藻土に比べれば何でも美味しく食べられます!」


 ちなみに紫輝が所属していた機甲部隊の建物近くに珪藻土が取れる場所があり、空腹を紛らわせる為に服部と二人でよく取りに行っていた。


「け、珪藻土って……」


「お母さん、まさか……」


 総一朗と沙夜はドン引きしながら輝を見る。


「そんなもの食べさせるわけないだろう! 紫輝も変な事を言うな!」


「だ、だよね! 輝がそんなもの食べさせる訳ないよね!」


「土を食べたなんて言うからびっくりした……」




 そんな家族の様子を一人の白髪の老夫人が遠くから見詰めていた。


「どうしたんだい、美世みよ?」


「あの子……美味しいものを食べてる時の紫輝の顔に良く似ているの……」


 物部家宗主――物部もののべ銀星ぎんせいは妻の美世の視線の先を追った。


 そこには家族と仲睦まじく食事を楽しむ紫輝の姿があった。


「あそこにいるのは……神薙家の当主だね。だとしたら、あの子は当主の子供だろう。今年五歳になるからこの園遊会はがお披露目だね」


 不意に紫輝が二人の視線に気付く。

 そして、二人に向かって手を振る紫輝。

 輝や総一朗も銀星と美世に気付き、軽くお辞儀する。

 銀星と美世もお辞儀で返す。

 

「……確かに、どことなく紫輝に似ているね」


 どこか寂しげに微笑む銀星。


(それにしても、神薙当主も我が子に紫輝と名付けるとは……)


 銀星は物部一族の情報網から紫輝に関する諸々の情報は得ていた。


 ちなみに”紫輝物語”が出版された後、生まれた我が子に紫輝と名付ける事が一時流行った。

 なので、紫輝の名前の子供がいる事は別に珍しくもなかった。


「……ん?」


 その神薙家に星皇と皇太子の近習頭を務める自分の長男――物部もののべ青史郎せいしろうが一家に向かって近付いた。

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