第17話 人形師の弟子になる

「ロゼット皇女との婚約が破棄されない限り、四年後には帝国から紫輝の存在が公表される。それまでこの話しは紫輝の才能も含めてこの場にいる者と私の家族だけの秘密とする」


 最後に一言、輝がそう締め括ると会合は終了した。


 だが、外にはまだ新聞記者達がたむろしている。


 記者達の取材が勇希と美琴にも来るが、彼女達はまだ振り切れるので良い方だ。

 しかし、香と優真――特に優真は当事者なので取材攻勢が激しい。


 今外に出ると新聞記者達の餌食になる。


 香は引き続き神社での仕事があるが、勇希と美琴はそれぞれ退魔師としての仕事があるので帰らない訳にはいかない。

 なので会合が終わったら二人は直ぐに邸宅を出た。

 優真は彼女達が囮になってくれているその間にさっさと帰った。




「輝、ちょっと……」


 総一朗が書斎に向かう輝を呼び止める。


「紫輝が生涯独身でいる話をしたけど。君は何か知ってるのか?」


 総一朗は先程の紫輝の発言を気にして、妻であり紫輝の母でもある輝に相談に来たのだ。


「ああ、その話か……場所を変えよう」


 輝は総一朗を書斎に招き入れた。


「何故、紫輝がそんな事考えてるのかわかるかい?」


「紫輝からはそれらしい話しを少し前に聞いた」


 前世の話しを知っている輝。

 そこから紫輝の生涯独身宣言に大体の見当はついていた。


(あと、紫輝物語でもその話しは触れられているしな)


 家族との確執とすれ違い。

 鈴との失恋と別れ。

 伯父に命を狙われ、軍の奴隷にされた事。

 戦争の経験。

 それらに起因する人間不信と大勢の人間を殺した罪悪感。


 以前から紫輝は人との関わりが必要ない場合、放って置くと孤独に過ごそうとする傾向にある。

 何故そうなのか理由が分からなかったが、紫輝からその話を聞いてやっと理解した。


「だが、今は言えない」


「どうしてっ!?」


 自分は紫輝の父親なのにどうして教えてくれないのか理由がわからず、声を荒げて輝に抗議する総一朗。


「紫輝に今は秘密にすると約束したんだ。それに……心の準備が必要だ。紫輝にも、あなたにも」


「そこまで……の、事なのか?」


「紫輝の話しを聞くには覚悟がいる。私は紫輝の話しを聞いて衝撃を受けた。だけど、待つ時間はそれ程掛かりはしない。それまでに心の準備をしておいてくれ」


「わかった。輝がそう言うのなら……待つよ」


「そうしょげるな。きっと良い方向に行く」


「ああ……」


 輝は気落ちする総一朗を励ますようにそっと優しく口づけした。







 ――それから半月


テロ騒動も終息し、落ち着きを取り戻した神薙家。


 記者達に囲まれる事もなくなり、ようやく外に出掛けられるようになった紫輝は優真の車で富山の人形工房がある洋館に訪れていた。


 テロリストの襲撃で周辺の民家に多少の被害は出たが、幸い住民に怪我人は出なかった。


 それにテロに遭った直後に紫輝が傀儡で被害にあった周辺の建物や洋館を再建し、その中にあった物も修復したので富山や住民達は直ぐに日常生活に戻ることが出来た。


 紫輝は富山から借りた五体の人形から傀儡核を回収し、【駆動傀儡術】で人形を手入れしてから富山に返却する。


「ありがとう、あなたの人形のお陰で壊れた洋館や工房にあった物も元通りになったわ。それに近所の人達の家も直してくれたから苦情が少なくて済んだし」


 聞けばロゼット皇女の襲撃の後、被害にあった人が何人か怒鳴り込んで来たり、立ち退きを要求して来たりしたが、紫輝の傀儡に家の修繕をされた別の人達が養護してくれたので事なきを得たらしい。


「もしかして、この人形……紫輝君のだったりする?」


 富山が差し出したのは壊れた宇迦とその部品だった。


 洋館を修復する時に無いと思っていたら、富山が回収してくれていた。


 宇迦はボロボロになりながらもコメートの爆発の威力と爆風を結界内に完全に閉じ込めた。


 しかし――それが宇迦の限界だった


 傀儡の核を収めていたはずの宇迦の胸の中央内部には核が無かった。

 宇迦の傀儡核は限界を超えて発揮した力の負荷と爆発の衝撃に耐えきれず粉々に砕けて消滅してしまったのだ。


 紫輝は宇迦と破損して取れた部品を受け取る。

 その時、富山が紫輝に尋ねた。


「あなたにとって人形はどういう存在なの?」


 紫輝は少し考えてからこう答えた。


「自分にとって人形とは傀儡の器に必要な道具です」


「……そう。私にとって人形は家族よ。幼い頃に母を失くした私の寂しさを埋めてくれた、大切な存在……。姉弟姉妹も同然だったわ……」


 紫輝の答えを聞いた富山は人形を道具と言い放つ紫輝にガッカリした。


 紫輝は人形を傀儡を使って自分や大勢の人を助けてくれた。

 だからこそ、富山は紫輝の人形に対する思いに期待したのだ。


 紫輝には建物や物を直してもらった恩義もあるが、その答えを聞いて人形作りを教えるのを断ろうかと考えた。


 富山が考え込んでいたその時、宇迦の壊れた部分を【駆動傀儡術】で直しながら紫輝は先程の自分が言った言葉の続きを話す。


「そして……自分の手足であり、分身でもあります」


「え?」


「戦いなんかで荒っぽい使い方をする時もあるけど、平気で傷付けたり壊したりなんてしない。もしそうなってもちゃんと直します。人形は自分のもう一つの体であり、大切な存在でもあるから」


 修復が終わった宇迦の頭を優しく撫でる紫輝。


(この子は……人形に興味を持ってくれている。ちゃんと、愛着を持ってくれているんだ……)


「……私があなたに人形を教えるにあたって一つだけ約束して。私が人形作りを教えている時は能力を使わない事。あなたに人形の事を……もっと知って欲しいから。思い入れを持って接して欲しいから……」


「わかりました、先生」




 ――後日


「え~と……それは何かな?」


「傀儡の”韋駄天いだてん”と送迎用に荷車を改造した人力車です!」


 紫輝が作った脚力と機動力特化型の傀儡――”韋駄天”が引く屋根付きの人力車に乗って幸子の人形工房に通う紫輝の姿があった。


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