第14話 帝国皇女との婚約

 襲撃したテロリストが鎮圧された後――紫輝は帝国皇女の護衛に派遣されていた形祓一族の傀儡師――形祓かたはら秀一しゅういちに捕まり叔父の大蔵おおくら憂真ゆうまと一緒に最寄りの警察署に連行されてしまった。


 取調室で今回の事件を担当する刑事の立ち会いの下、秀一から事情聴取を受ける。


 そこで紫輝はテロ事件の現場で説明した事をもう一度話した。


「ですから、あそこで話した事が全てですって……」


「バカ言え。鎧騎を操れる【傀儡術】なんてものは存在しない」


「使えるんだから仕方ないじゃないですか。自分の才能は”特化型”なんですよ」


「確かに……”特化型”ならあり得るが……」


「それよりも。あなた、警察関係者じゃないですよね? 刑事でもないのに取り調べなんて出来るんですか?」


「皇室絡みの事件なら出来るんだよ。今回は星皇陛下の客人である帝国の皇女様が被害者だからな」


「そうなんですか。でも、もう話す事は何もありませんよ」


 紫輝はこれ以上話しをするとボロが出そうなのでだんまりを決め込んだ。


 そこへ刑事が取り調べ室に入室して秀一に耳打ちする。

 その秀一の眉間に皺が寄る。


「はぁ……時間切れか……」


「?」


 秀一の様子に首を傾げる紫輝。


「お前さんの母君がお迎えに来たんだよ。それに、皇女殿下からこちらに物申して来た。”自分達の命の恩人に無体はやめろ!”とな。それに星皇陛下からの口添えもある。おまけにうちの頭領からも」


「形祓の頭領が?」


(……星皇陛下は帝国のお姫様が動かしたんだろうけど。形祓の頭領が動いた理由がわからない……。神薙に恩を売るつもりか?)


「それじゃあ帰ってもいいですか?」


「ああ、もうお帰り頂いて結構だ」


 そう言うと秀一と紫輝は刑事と一緒に取調室を出て、知らせを持ってきた刑事の案内で輝がいる所まで案内される。


 その途中で憂真がどうなったか気になった紫輝は案内の刑事に尋ねる。

 優馬の事情聴取は先に済んでおり、今は輝と一緒にいる。


 途中で秀一から形祓一族に来ないかと誘われるが、紫輝はそれを丁重に断った。







 その後、紫輝は待合室にいた輝と憂真と合流し、憂真の魔導車に乗って帰宅する予定であったのだが――何故かローゼンリエット皇女も一緒に乗り込んでいた。


 ちなみに彼女の乗っていた護衛の車は優真の車を前後に挟むように走行している。


 彼女のお付きの侍女、護衛である形祓秀一と魔術師の男――帝室近衛親衛隊のヨハン=ロイス=アグリッパは定員オーバーで優真の車に同乗できなかったので別の車に乗っていた。


「母さん、一つ質問いいですか?」


「何だ?」


「どうして帝国の皇女様も叔父さんの車に乗ってるんですか?」


「それは紫輝が皇女殿下の婚約者になるからだ」


「誰がですって?」


「お前がだ」


 一瞬、目が点になる紫輝。


「……意味がさっぱりわからないのですが?」


「私も良くわからない」


「それはこの妾――ローゼンリエット=フォン=クロイツが説明しよう!」


 それまで紫輝と輝の話しを聞いていたローゼンリエット――ロゼット皇女が二人の会話に割って入る。


「だがその前に」


 居住まいを正し、神妙な顔で紫輝と向き合うロゼット。


「今回の件でおぬし――紫輝に多大な迷惑を掛けた事を詫びよう」


 ロゼットが頭を下げて謝罪する。


 本来、帝国の皇族が平民に頭を下げるなどありえない。

 しかし今回の事件では他国で被害を出したのに加え、紫輝の行動がなければ彼女は死んでいた。

 紫輝はそれだけの働きをしたのである。


「それと、怪我人の治療に感謝する。紫輝の傀儡のお陰で皇国民や富山、妾の侍女や護衛に死者が出ずに済んだ。いずれ必ず礼はしよう」




 それから改めてロゼットと紫輝の婚約について説明が始まった。


 帝国では皇族の結婚相手の条件を十歳の誕生日を迎えた時に皇帝と当事者が話し合って決めるのだが、そこでロゼットが出した結婚相手の条件は二つ。




 一つ目は【駆動傀儡術】か【機動鎧騎術】の片方、もしくはその両方の才能を持つ者。

 二つ目は皇女と一緒に魔境界に渡って皇女の事業に協力する事。




 【駆動傀儡術】や【機動鎧騎術】は超希少な才能。

 ロゼットの出した条件はとても厳しいものだった。

 帝国中探しても持つ者がいるかどうかもわからない。

 その事で臣下や貴族達から不満の声が上がっていた。


 だが幸運な事に【駆動傀儡術】と【機動鎧騎術】の才能を持つ子供がそれぞれ一人ずつ見つかった。


 しかし不幸な事に【駆動傀儡術】を持っていたのは女子で、【機動鎧騎術】を持つ男子は誘拐されて行方知れずとなってしまった。


 もしこのまま見つからなければ、結婚相手の条件を変える話しも出てきていた。


 そんな時に出会ったのが紫輝だった。




「ちょっと待って下さい。自分の才能は【傀儡術】であって、【駆動傀儡術】や【機動鎧騎術】の才能ではありません」


「無駄だ紫輝。お前の才能は皇女殿下にバレてる」


「え? 何で?」


「ふっふっふっ! それは、妾がを持っているからじゃ!」


 ロゼットが右手の人差し指に嵌めていた指輪を見せる。


 彼女の話しではこの指輪は魔導具職人に特別に作らせた魔導具で、指輪に付いている石は普段は無色透明だが、半径十m以内にいる【駆動傀儡術】や【機動鎧騎術】の才能を持つ者に反応して色が変化する魔術が掛けれている。

 【駆動傀儡術】なら赤色、【機動鎧騎術】なら青色、両方なら黄色――という具合に。


 そして、指輪の石の色は黄色だった。


「才能隠蔽の魔導具――間に合いませんでしたね……」


「ああ、そうだな……。正直、高をくくっていた。まさかこんな事態になるとは思わなかったからな。あまりにも間が悪すぎる……」


 紫輝と輝は二人揃って遠い目をしてあおいいだ。


 輝はこんな事もあろかと、事前に紫輝の才能を隠す魔導具の製作を神薙一族の職人に頼んでいたが、その完成が間に合わなかったのだ。


「妾にとっては幸運じゃったがの。この出会いに感謝じゃ。お蔭で妾の夢が叶いそうじゃし」


「そう言えば、もう一つの条件に魔境界に渡るって言いましたね。それを拒否すれば……」


 そこで車を運転していた優真が申し訳無さそうに紫輝に謝罪する。


「スマン、紫輝君。俺、ロゼット様に君が高校か大学卒業したら魔境界に渡る事を話したんだ……」


「叔父さーーーーーーんっ!? 何話してんですかーーーっ!!!!」


「紫輝? 私はそんな話し聞いはていないが?」


 優真の話しを聞いた輝は目が据わり、少し拗ねたような口調で言う。


「話す機会がなかっただけです! ちゃんと話すつもりでしたよ!」


「そうか。でも母は悲しいぞ……」


「ああ、もう! こんな時にイジケないで下さい!」




 紫輝が帰宅した時、別れ際にロゼットから婚約の証として装飾品を渡された。


 ブラックスターオパールのブローチ。


 魔境界でしか取れないとても希少な宝石だ。

 台座にはミスリルとオリハルコンが使われている。

 ただ、このブローチには失くしても必ず持ち主に戻る魔術が込められていた。


(それは最早呪いでは?)


 頬を引き攣らせながら紫輝はこのブローチを受け取った(押し付けられた)。

 それを見たロゼットはたった今思い出したかのように重要な事を紫輝に告げる。


「あ、言い忘れてたのじゃ。それを受け取ったらおぬしが妾との婚約を了承した事になるからの」


「なにぃぃぃーーーーーーっ!?」


 紫輝は慌ててそのブローチをロゼットに返したが――ブローチは紫輝の手に戻って来る。


「……」


「残念じゃったの! それではまたなのじゃ!」


 ロゼットは強引に別れの挨拶を済ませると滞在しているホテルに戻って行った。

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