第13話

「なっ……!? これはまさかっ!?」


「……隷属紋」


 それを見た魔術師は驚き、傀儡師がボソリと呟く。


 隷属紋――それはかつて皇国の華族が優秀な人間を強制的に従わせ、不当に奴隷とするために生まれた呪術。


 皇国だけでなく今の世界の法的にもこのような行為は人権侵害にあたり、これに関わる呪術や魔導具を製作あるいは使用すれば重罪となり、場合によっては極刑もあり得る。


 隷属の呪術はそれほど罪深い所業なのだ。


「資料で見たことはあるが……実物を見るのは初めてだ。しかし、そこの子供! 何故その事を知っている!」


「それは――」


 紫輝は能力を使ってにコメートの無線で聞いた金光と犯人の話しをここに居る者達に説明した。


 自分の才能について詳しい事はぼかして”鎧騎コメートは傀儡の能力を使って操った”と話した。


 ここで自分の才能や能力を詳しく説明する必要はないし、そうする事で面倒な説明も省けるからだ。


(魔導石は純度が高いから小さく別けても大丈夫だろう……。職業”結界師”――付与)


 紫輝は話しをしながら魔導石と以前富山に作って貰った猫のマスコット人形を取り出してそれで傀儡を作った。


 紫輝はそれを兼光に手渡す。


「関さん、死にたくなければそれを肌身離さず持っていて下さい」


「え?」


「そこの子供! 何を渡そうとしている!」


 それを見咎める魔術師。


「この人の命を守るお守りです」


「お守りじゃと?」


 エーゼンリエットは紫輝が言っている事がわからず、首を傾げて憂真に尋ねる。


「どういう事じゃ? 憂真?」


「いや、私にもさっぱり……」


 そこで傀儡師の男が思い出したように声を上げて言う。


「……そうか! 隷属紋を無効化する結界か!」


 実は隷属紋は結界を張ることで隷属の呪術の効力を遮断して一時的に無効化することが物部もののべ黄汰おうたの研究で判明している。


 紫輝は以前、その事を輝から聞いて知っていた。


「犯人があなたの生存を知ったら、あなたを奴隷にして従わせていた魔導具を壊すでしょう。そしたら、あなたは確実に死んでしまう。この傀儡で常時結界を張ってそれを防ぎます。絶対に手放さないで下さい。もし、魔導具が破壊された状態で一度でもそれを手放せば――あなたは死にます」


「ひっ!? わっ、わかった!!」


 話しを聞いた兼光は怯えながら紫輝から受け取ったマスコットを震える両手で受け取りそれを握りしめた。


 紫輝の話しを聞いていた魔術師は紫輝があまりにも隷属の呪術に詳しくて怪しんだ。


「子供のお前が何故そんな事を知っている! ますます怪しい!」


 紫輝に対して威圧的な口調で問い質す魔術師。


「自分は神社本庁の総長、神薙輝の息子です。隷属紋の事は以前母から聞かされて知っていました。調べれば直ぐに判ると思います」


「神社本庁?」


 呪術師の男は神社本庁の意味がわからず傀儡師を見る。

 傀儡師は魔術師の疑問に噛み砕いて説明する。


「神薙は神職の一族でうちの形祓かたはら一族と同じく星皇陛下と皇室に仕える一族だ。確か当主には娘と息子が一人ずついる。 ……おい、あんた! この子の叔父って言ったな? あんたも神薙の関係者か?」


「私は当主の妹、香の夫です」


「そう言えば、憂真は帰国する前に外務省を辞めて神職の女性と結婚すると言っておったの」


 ローゼンリエットが憂真との別れ際の会話を思い出し、それを声に出して言う。


「それよりもじゃ。尋問も大事じゃが、今は負傷者を治療して重症者を直ぐに病院に運ぶのが先決じゃろう」


 周囲の惨状を見回して魔術師と傀儡師に意見するローゼンリエット。


「それなら自分が怪我人の治療に協力しましょう」


 紫輝はローゼンリエットの意見に対して自ら進んで協力を申し出る。

 こうする事で皇女の印象を良くし、自分のこれまでの行動や才能の事を黙認してくれるかもと期待したからだ。


「おぬしが? 一体どうやって?」


「今見せます。富山さん、その人形をお借りしますね」


「あ、はい」


 紫輝は説明するよりも実際に見せた方が早いと思い、襲撃者の破壊から免れた販売所に人形を取りに行っていた富山も自動人形から人形を受け取ると実演してみせる。


 紫輝が富山に頼んでいたのは適当な大きさの五体の人形をここに持って来てもらう事だった。


「でも、人形でどうするの?」


「こうするんです」


(属性”命”、職業”治癒術師”――付与x5)


 紫輝は懐から五つの魔導石で傀儡の核を作りだす。


「”怪我人の治療に当たれ”」


 富山が持ってきた五体の人形を今しがた作った傀儡核で傀儡を生み出し、紫輝は傀儡は怪我人の治療に向かわせる。


「流石に死んだ人間を生き返らせる事は出来なけど、応急手当てくらいは出来るでしょう」


 だが、紫輝の傀儡は予想に反してそれ以上の活躍をしてみせた。

 傀儡は治癒術を行使して軽傷・重症関係なく負傷者を瞬く間に癒やして完治させた。

 紫輝の作り出した傀儡の能力と性能に呆気に取られる魔術師と傀儡師。


(あっ、不味い。やり過ぎた……)


「怪我人の治療をしてくれて感謝するのじゃ!」


 その奇妙で不可思議な光景にローゼンリエットは紫輝に礼を言う。

 このような状況に陥れば普通の子供なら、取り乱して泣き叫ぶだろう。

 しかし彼女は子供とはいえ帝国の皇女。

 冷静に状況を見極めて自分に出来ることをこなしている。

 だがその顔には流石に疲労が滲み出ていた。


「出来るのにしなかったら、後でそこの魔術師さんにグチグチ文句を言われそうなんで」


 散々こちらを疑い、銃口を突きつけて怒鳴り散らしていた魔術師に対して嫌味を込めて答える紫輝。


「ウッ!」


 図星を突かれて思わず小さく呻く魔術師。


((確かに言うな。この男なら))


 皇女と傀儡師は苦笑いしながら心の中で紫輝に同意する。


 警官や皇女の警護人には命が危ぶまれた重症者もいたが、幸いまだ死者は出ていなかった。

 その死にかけの重症者も紫輝の傀儡が癒やしたので死者を出さずに済んだ。


 だが魔術師は傀儡のある行動に眉をひそめて短く抗議の声を上げる。


「おい、あれ」


 傀儡が襲撃者達まで治療を施すので紫輝を咎めた。


「あ、しまった。でも、生き残ったあの人達から情報引き出す必要があるんでしょ? それに折角生き残ったんだし、彼等には罪を償わせて反省させて下さい」


「はぁ……まあいい。情報を聞きだしたら生きていた事を後悔させてやる」


 紫輝の意見に魔術師は軽く溜息を吐いて答えた。

 その瞳には剣呑な光を宿している。


「そう言えば……あの人達も隷属させられてないんですか?」


 紫輝は警官に連行される襲撃者を見ながら傀儡師に尋ねた。

 もしいるのなら、彼らに対しても関のように対処せねばならない。


 傀儡師は肩を竦めて紫輝の疑問に答える。


「”ヒャッハー! 害獣はこれでミンチだーっ!”とか言って、嬉々として機関銃を撃ちまくりながら襲って来た連中が隷属させられたと思うか?」


「確かに」


 紫輝は傀儡師のその一言で納得した。


「それにあいつ等、明らかに皇国の人間じゃない。お前の話しが本当なら、あいつ等も黒百合のテロリストだろう」


 傀儡師が襲撃者の死体を横目で見ながら言う。


 しばらくすると屋敷の周辺には警察の応援や皇国軍、それに星軍が駆けつけた。


 皇国軍はテロリストが国内に機関銃や軍用鎧騎を持ち込んで騒ぎを起こした事で、星軍は狙われたのが帝国の皇女だったので駆けつけたのだ。


 消防車や救急車の隊員は周辺住民に被害が出てないか調べたり、怪我人の救出や搬送を行っている。


 その様子を見ながら紫輝は自分が逃げる機会を伺っていた。

 憂真は警察や軍関係者の事情聴取に応じていて身動きできない状態だ。

 

 紫輝は逃げるなら憂真を置いて自分一人で逃げるしかない。

 憂真には後で傀儡を使って知らせれば良いと考えた。


 怪我人の治療が完了した傀儡が戻って来ると今度は”修復師”に変更してテロリストの襲撃で壊された建物や物を修復する仕事をを命じる、


「終わったら富山さんの屋敷で待機」


 傀儡に指示を出し終わると、近くで紫輝の様子を伺っていた傀儡師に言った。


「今日は色々と取り込んでいるみたいだし、富山さんに人形作りを教えてもらうどころじゃなさそうです。というわけで……自分はこれで失礼しますね」


 もう手遅れだと思うが、出来ればこれ以上面倒事に巻き込まれたくない紫輝はそそくさとこの場から離れようとする。

 その紫輝の両肩に両手を置いて逃がすものかとガッチリ肩を掴む傀儡師。


「まあ、待て。お前さんにも色々聞きたい事があるんだ。取り調べに付き合って貰うぞ」


「あ、やっぱり?」


(チッ! 逃げそびれた!)


 紫輝は心の中で舌打ちした。

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