第12話

 紫輝は目を閉じると能力を使用した。


(【駆動傀儡術くどうかいらいじゅつ】――”機構同調きこうどうちょう”)


 ”機構同調”とは【駆動傀儡術】と【機動鎧騎術】で使える能力で、傀儡や鎧騎に対して使うと術者の感覚と同調し、自在に操る事ができる。さらには傀儡や鎧騎に魔導力を注ぐ事で性能を上げる事も出来るのだ。


 ただし、機構同調できるのは紫輝が【駆動傀儡術】で作り出した傀儡か、【機動鎧騎術きどうがいきじゅつ】で直接接触した鎧騎に限られる。




 宇迦と同調した紫輝に宇迦の視覚情報が流れ込む。

 コメートに向かって駆けて行く宇迦の見ている映像が瞼の裏に映る。


(ぶっつけ本番で出来るかどうかわらないけど、宇迦を通じてコメートに接触する! それで、【機動鎧騎術】の機構同調でコメートの魔導エンジンを強制停止させる! もし、出来なかったら……操縦士を操縦席から引きずり出して鎧騎をどこか安全な場所に移動して自爆させる! 方法はこの二つしか無い!)


 エンジンを壊す方法も考えたが、下手をするとその時点で爆発する恐れもある。

 今の紫輝が取れる手段は限られていた。




 紫輝がコメートの爆発を止めるようとしてるのは別に慈善でやるわけではない。


 屋敷には富山がいる。

 ここで富山が死んだら傀儡作りに必要な技術が手に入る機会を失う。

 もしそうなれば、次にいつ人形作りを学べる機会が訪れるかわからない。


 そして操縦士を助けるのは、警察が操縦士から事件の情報を引き出せるようにするためだ。




 屋敷に向けてニ丁の短機関銃を発砲し続けたコメートはあっという間に弾切れをおこした。

 弾倉の弾が無くなったコメートは、今度は屋敷に向かってぎこちなく歩いて行く。


 そのコメートに気付かれないよう足元まで近付いた宇迦。


(今だ! 【機動鎧騎術】――”機構同調”)


 その瞬間、宇迦との同調が切れてコメートと同調した。


(よし! 上手く行った! これで……なっ!?)


 コメートを強制停止できる――そう思ったが、事はそう簡単ではなかった。

 動力炉に搭載された動力核に細工がしてあり、一度起動すれば動力核からの魔導力の放出を止められなくなっていた。


 それに――


『………………っ!!!!』


(……何だよ、それっ!? くそっ!!)


 操縦席いる操縦士の置かれている状況を知った紫輝は、意地でも操縦士を助ける事を決意する。


(ちょっと荒っぽいけど、死ぬよりましだから大人しくしてくれよ……)


 紫輝はコメートの制御を奪い、操縦席の装甲を引き剥がして操縦士を両手で掴み、地面に降ろした。


 その光景に呆然とする涙と鼻水まみれの顔の操縦士と黒服の警護人達。


 紫輝は再び能力を使い、宇迦と同調すると宇迦が背負っている盾を左腕に装備。

 盾から結界を発生させてコメートを宇迦ごと結界の内側に閉じ込める。

 紫輝は可能な限り魔導力を宇迦に注ぎ込み、宇迦を限界ギリギリまで強化した。


(耐えてくれ、宇迦!)


 それから程なくしてコメートの動力炉の内部圧力が限界に達し、漏れ出ている魔導力の分も相まって凄まじ爆発を結界内で起こした。


 爆発した後に一拍遅れて周囲一帯に爆音が鳴り響く。


 紫輝は何とか爆発を結界内に閉じ込める事に成功した。


(ふぅ……ギリギリ、だった……けど――)


 そこで一旦、瞑っていた目を開ける紫輝。


「叔父さん、コメートの爆発は何とか抑えました」


「大丈夫か? かなり疲れてるようだけど……」


 疲れた様子の紫輝を心配する憂真。


「大丈夫です。それにまだやることがあるんでこのまま人形工房に行ってく下さい」


「やる事?」


「あのコメートの操縦士――そこの新聞に書かれてあった誘拐された人です。どうやら誘拐犯に隷属の呪術――隷属紋の所為であんな事させられたようです」


「隷属紋だと!? そりゃ確かなのか!?」


「はい。無線で犯人と思われる人物が言ってました。”お前には隷属紋を刻んである。ローゼンリエットを殺してここで死ね。我々、”黒百合”の為に死ねる事を光栄に思うがいい”――って」


「おいおい……”黒百合”って、シアロ連邦国のテロ組織だぞ!」




 シアロ連邦国――連邦国が崩壊した後に建国された国である。

 連邦国の体制と国土を引き継でいるが、支配地域が離反して独立したことで領土は以前の三分の一以下にまで縮小。

 敗戦後の莫大な賠償金の支払いと魔導核爆弾の汚染の影響により戦後復興が上手くいっていない。


 黒百合はそのシアロ連邦国で発足された組織で、帝国や皇国に対して犯罪や破壊活動を行う国際犯罪組織だ。


 その構成員は連邦国だけでなく、王国、公国、共産国、合衆国の四カ国に跨って大勢存在する。




「その辺の事情は自分子供なんで良くわかりません。とにかく、あそこにいる人達に事情を説明しないと」


「ああ、そうだな!」


 紫輝と憂真が急いで襲撃された人形工房に向かうと、そこにはコメートの操縦士だった人物が警官に取り押さえられた姿があった。


「ち、ちが!? 俺は犯人じゃない!!」


「はぁ!? 馬鹿言え! じゃあなんであの鎧騎に乗っていた!」


「命令されて、体が勝手に動いて……逆らえなかったんだ!!」


 警官に取り押さえられて、涙と鼻水まみれの顔で魔術師に懸命に訴える操縦士。


 そこで先程、襲撃者に対して獅子奮迅の活躍をしていた黒服の魔術師が操縦士に向かって拳銃を突きつける。


「どけ! そいつは帝国の尊き血筋である皇女様の命を狙った不届き者! ここで殺す!」


「待てっ! そいつを殺すな! 大事な生き証人だぞ!」


 傀儡使いの男が魔術師の肩を掴んで制止する。


「うるさい! 邪魔するな!」


 ――と、ここで紫輝と憂真が車で到着し、車から急いで降りて憂真が操縦士と警護の黒服の男の間に割って入る。


「やめろ! その男は数日前に誘拐された魔機連協会会長令息のせき兼光かねみつだ!」


「貴様……何者だ!?」


 魔術師が憂真に誰何しながら拳銃の銃口を向けたその時、憂真の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。


「憂真っ! 憂真ではないか!」


 ボロボロで今にも崩れそうな洋館の玄関から警護の男達に囲まれながら皇女――ローゼンリエットがホコリで汚れた姿で出て来た。


 警護の男達の後ろに続いて自動人形に体を支えられて富山も出て来る。


「リエット様!? お待ち下さい!! まだ危険です!!」


 侍女が声を上げて皇女の後を慌てて追いかける。


「ご無沙汰です、ロゼット様」


 憂真は魔術師を無視してローゼンリエットに礼を取りながら丁寧な言葉遣いと口調で話し掛ける。


「久しいのう、憂真! どうしてここに?」


「私の甥がこちらの人形工房で人形作りを習い始めたのでその送り迎えに。それより、リゼット様こそどうしてここに?」


「妾はおじ――お父様から頂いた大事な人形が壊れてしまってのう……。それで、その人形を作った人形師の弟子がここに居ると聞いて直して貰いに来たのじゃ」


「そうでしたか……」


「それよりお前! どうしてこの男の事を知っている!」


 魔術師は憂真を睨みつけながら怒鳴る。


「よさぬか! 妾の友人に無礼は許さぬぞ!」


「例えそうだとしてもこの者が怪しい事に変わりはありません! それにリエット様を守るのが私の務め! 御身の安全の為にもこの者を詳しく調べなけれなりません!」


 魔術師の言い分は皇女を護る者として当然の事と言えよう。


(はあ……、面倒臭い……)


 紫輝は盛大に溜息を吐くと、近くにいた富山にあることを頼んでから関に話し掛けた。


「ええっと……関さん?で、良いんですよね? 上着を捲って胸を見せてくれますか」


「あ、ああ……」


 操縦士の男――関は服を捲って胸を見せた。

 すると胸の心臓がある辺りに禍々しい文様が刻まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る