第10話
人形作家の工房は広い敷地に建っている古い洋館を改築したもので、事前に聞かされた人形作家の懐事情から、もっと小ぢんまりした家だと想像していた紫輝はとても驚いた。
「お金に困っている割には大きな屋敷に住んでるんですね」
「なんでも、実家が海外と取引をしている豪商で、亡くなられた祖父からこの屋敷を譲り受けたそうだよ」
工房に到着すると、数台の魔導者が駐車スペースに停っている。
それに屋敷の周りには黒いスーツを着ている男性達が周囲を警戒していた。
「護衛も雇ってるんですね。しかも、外国人を」
「いや、あれは……帝国の警備会社の
「帝国? 警備会社の警護人?」
「ああ。金持ちや政治家なんかを護る専門の人間を派遣する民間会社だ。国の政府機関でも手が足りない時は雇っているし、海外事情にも精通しているから海外での要人警護でも重宝されている」
「じゃあ、ここに帝国の偉い人が来てるんですか?」
「そのようだ。どこの誰かまでは俺にも判らないけどな」
紫輝と憂真が会話しなら屋敷の玄関に近付くと黒服の一人が声を掛けてきた。
「失礼、ここには何用ですか?」
流暢な皇国語で用件を尋ねる男。
「今日はこの富山人形工房に甥を連れて工房の見学と人形作りの体験に来ました。予約もしています」
「大蔵様と神薙様ですか?」
「そうです。身分証の提示が必要ですか? 生憎と名刺と運転免許証しか持っていないのですが」
「いえ、必要ありません。どうぞお通り下さい」
男は紫輝達の素性を確認すると離れていった。
だが男はまだこちらの様子を伺っている。
憂真はそれを気にせず、洋館の玄関に設置された呼び鈴を鳴らすと洋館の中から一人の女性が現れた。
女性は作業用の前掛けを付けて、長い髪をお下げにしていた。
年の頃は二十歳過ぎ。
顔には丸い眼鏡を掛けており、そして前掛けを付けている状態でも大きな膨らみがわかる驚異的な胸部の持ち主だった。
「見学と体験に来られた方ですね! どうぞ、中にお入り下さい!」
☆
女性の名前は
彼女が人形作家でこの洋館兼工房の主だ。
洋館の中は皇国のように靴を脱ぐのではなく、靴を履いたまま過ごすようになっている。
「すみません。今日、ちょっと急な来客がありまして……少々お待ち頂けますか?」
富山は申し訳無さそうな顔で簡単に事情を話す。
「はい、構いませんよ。紫輝君もいいよな?」
「はい、問題ないです」
憂真は特に詳しく事情を尋ねず、紫輝にも確認を取ってから富山の申し出を快諾した。
「本当にすみません……では、こちらの部屋でお待ち下さい」
案内されたのは一階の部屋で、少し古めかしいが、それが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
紫輝と憂真はテーブルに備え付けられた椅子に座る。
「紫輝君はこういう作りの家は初めてかい?」
「はい、初めてです(今世では)」
(外松先生の邸宅も洋式だったからそれで慣れてるけどね)
「じゃあ、帰りに洋食でも食べて帰るか?」
「洋食ですか!? 自分、エビフライが食べたいです!!」
紫輝は前世も含めて洋食料理のエビフライを食べた事がないので一度食べてみたいと思っていた。
「おおう!? えらい喰い付きだな……しかも、料理のメニューがピンポイントだ……。わかった、帰りに洋食店に寄ろう」
(大人っぽい喋り方や態度をする子だが、こういう所はやっぱり子供だな……)
憂真は紫輝の様子に苦笑いしながら答えた。
その時、扉がノックされて”失礼します”という掛け声と共に扉が開かれ、メイド服を着た等身大の人形が台車を押してお茶を運んで来た。
『お茶をお持ち致しました』
「傀儡?」
「いや、違う。これは【自動人形術】で作られた
【傀儡】の上位派生――【自動人形術】の才能は自我を持つ人形を作り出す事ができるとても希少な才能だ。
【自動人形術】は金属製の機械仕掛けのような人形も作れるが複雑な機構を必要としない。
紫輝の目の前にある自動人形は陶器で作られており、どちらかと言え傀儡に近かった。
その人形がソーサーに乗せたティーカップを二人の前に置くとティーポットから紅茶を注いでくれる。
『どうぞ、ごゆっくり』
人形はそう言うと台車を押して部屋を退出した。
(これって、形祓一族に目を付けられそうな才能だな……)
輝から聞いた話によると形祓一族は人形師の一族。
神薙一族同様、百年前に近衛一族によって星皇家から追放され、再び呼び戻された。
それ以降は皇室関係の魔祓いや護衛、諜報活動などを司る。
それから十五分ほど経つと、富山が部屋にやって来た。
富山の来客も彼女がこの部屋に来る前に警護の男達と共に車で帰って行った。
「お待たせしました。どうぞこちらの工房の方へお越し下さい。まずは人形について説明しますね」
工房になっている部屋の室内には作業用の机に所狭しとビスクドールやぬいぐるみ、動物模型の作りかけが置かれ、棚には人形に創りに使う道具や素材が置かれていた。
完成品は敷地の塀をくり抜くように建てられた直売所で販売されていると彼女は話した。
富山からビスクドールやぬいぐるみの歴史、それらに使われる素材、作り方の説明を聞く紫輝と憂真。
紫輝は富山からビスクドールやぬいぐるみの作り方を実際に作りながら教えて貰う。
「ぬいぐるみの材料はフェルトなんかの布地を使って作ります。布地を縫い合わせて中に綿やそば殻を詰めたりしますね」
簡単にフェルトを使って猫のマスコット人形を作って見せる。
「ビスクドール作りはまず最初に粘土で原型を作り、その型を使って石膏で型を作ります」
木片や木の棒に粘土を貼り付けてそれで石膏に型を取る。
なぜ木に粘土を貼り付けるかというと、全部を粘土で作ると重くなり過ぎて、上手く型取り出来ないからだ。
「そこに液体の粘土を流し込み、それを乾燥させて二度焼きします。一度目の素焼きの後に磨きという作業をした後に本焼きします」
石膏で型取りして乾燥させたもの、素焼き、本焼成したものを見せられる。
陶磁器製なので力を加えて割れたりしないのかと思った紫輝は富山に質問してみたが、強度は十分あるので問題ないらしい。
「これに色を付けて焼き付けます。これを数回繰り返して色付は完成です。後は頭部の中からまつげと瞳をくっつけて、ゴムで関節を繋げたら頭に蓋をして、人毛で作ったカツラを被せます」
頭部は頭の中が空洞で頭頂部が蓋のような作りになっている。
カツラの構造や作り方も見せてもらったが、作るには中々に根気がいる作業だと紫輝は思った。
「最後に作った服を着せれば完成です。どうですか?」
「うん! 原型作りや色付けなんか結構繊細な作業が必要なんで難しそうです!」
「……え~と、そう言われても……説得力が無いんですけど……」
富山と憂真は紫輝を見て唖然とした。
紫輝は【駆動傀儡術】を使い、特殊な空間を作り出していた。
その空間の中では傀儡の
完成した紫輝のビスクドールは細身の体型で現代日本のキャラクタードールに似ている。
(私の【自動人形術】の能力でもこんな事できない……羨ましい……)
しかし、ビスクドールを作ったは良いけれど、このビスクドールに合う服や靴がなく、作ろうにも紫輝は服や靴の作り方を知らないので上手くイメージできずに作れなかった。
(う~ん……いくら人形でも素っ裸は見た目が悪いし……。こういうのも作れるようになっておかないと駄目だな……)
紫輝から見た富山幸子という人物は、人形作りの技術が高い上にとてもわかり易く丁寧に指導してくれる。
それに自分の【駆動傀儡術】の才能と近しい【自動人形術】を持っているので相談もしやすい。
なので、人形教室に入門して人形の作り方を本格的に教わる事に決めた。
ちなみに紫輝が優真に連れられて帰りに立ち寄った洋食店のエビフライは大変美味しかったらしい。
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