第8話 母として

 夜遅くまで紫輝が書庫に籠もって傀儡についての書物を読み読み耽けっていた時、輝が帰って来た。


 輝が書庫に灯りがついているのに気付いてやって来る。


「まだ起きていたのか? もう戌の刻――五つ半(夜九時)になるぞ」


「あ、母さん。お帰りなさい。宮中の仕事は終わったの?」


「ああ、今日終わったぞ。それで、だな……紫輝、お前にちょうど話しがあったんだ」


「話し? 何ですか?」


 少し、言い難そうに喋る輝に紫輝は首を傾げる。


 輝は今まで聞きたくても聞かなかった事を紫輝に尋ねる決心をした。

 いずれは紫輝本人か話してくれると思い聞かななかったがそうもいかない事情が出来た。


 紫輝の持つ才能――【駆動傀儡術】。


 今はまだその能力の全貌が不明だが、もし昔話や伝承の通りなら世の中にどんな影響を与えるか予測がつかない。


 最早、聞かないという選択肢は取れなかった。


「そろそろ、教えてもらえないだろうか? お前が何者なのかを」


「紫輝ですよ」


「やはり、教えてはくれぬか……残念だ」


(これは力尽くで聞くしかないな……)


 輝は何気なく書庫の扉を閉めると懐に忍ばせた札に手を掛ける。

 この札を貼り付けられた者は貼り付けた者の質問に答える【符術】の力を込められている美琴特製の札だ。


 書庫は邸宅の外にある土蔵作りの蔵の中にあり、少々暴れても音や声は漏れないから人に気付かれる心配もない。


「だから紫輝ですってば。前世も今世も同じ名前なんですよ」


「前世? 今世? ……まさか、輪廻転生――生まれ変わりとでも言うつもりか?」


「そうですが、何か?」


「どこの誰の生まれ変わりだというのだ? いや、待て……前世も、同じ名前?」


 輝の脳裏にとある本の題名とその本に登場する主役の名前が思い浮かぶ。


「……まさかっ!? ”紫輝物語”――物部紫輝かっ!?」


「正解です。だから言ったじゃないですか。紫輝だって」


「すると、【機動鎧騎術】の才能は前世から引き継がれたもので、【駆動傀儡術】は生まれ変わって得た才能なのか?」


 物部紫輝が【機動鎧騎術】の才能を持っていた事は有名な話しだ。


 しかし【駆動傀儡術】に関しては、”紫輝物語”でも物部紫輝が一度も使った描写がないので輝は【駆動傀儡術】を今世で得た才能だと当たりを付けた。


「生まれ変わりなんて初めての体験なんで自分も良くわかんないですけど。才能については多分その通りだと思います」


「前世を覚えている者などそうはいない。前世が視える者が言うには、前世の才能の引き継ぎはよくある事らしい」


「よくある……そうなんですか。あ、この事は姉さんには内緒で。”紫輝物語”について鈴さんとの恋愛話しで質問攻めにされたらたまったものじゃないんで」


「わかっている。しばらくは私の胸の内に留めて置こう」


「しばらく、ですか……」


「お前の【駆動傀儡術】の件もある。あまり長い間、秘密にはできないぞ」


「【駆動傀儡術】って、そんなに凄いんですか?」


「伝承の通りならな。しかし、自分について話してくれたという事は、私を――母を信じてくれたのか?」


 ”信じる”――その言葉に反応して紫輝の様子がガラリと変わり、不穏なものになる。

 死人のように瞳から光が失われ、顔から表情が無くなり、まるで能面のような顔。

 体からは怒気とも、悲哀とも、苦悶とも感じ取れる気が溢れ出す。 


 耀はあまりに強い負の気配に冷や汗を流す。


「紫輝?」


(紫輝の様子がおかしい……自分は何か失言をしたか?)


「勘違いしないで下さい。自分は――俺は人が信じられない。それは、俺を生んでくれたあんたも変わらない」


 紫輝の言葉遣いも少し乱暴なものになっている。

 これは紫輝本来の素が出ていた。


「……」


「皇国軍の死奴に――奴隷にされて戦場に放り込まれた時、俺は見た。そして知った。人の欲望は醜く悍ましい。人は自分勝手で浅ましい」


「ああ……そうだな」


 仕事柄、霊的なものとよく接する。

 霊達の多くは剥き出しの負の感情を力に変えてぶつけてくる。

 それとよく似ていた。


「嫌な部分を上げればキリがない」


 この言葉を口にした後、紫輝は目を瞑り口を閉ざした。


「その気持は……少しは理解できる……」


 輝も幼い頃に祖父が人に騙されて抱えた借金の所為で苦境に喘ぎ、何度もそう思った。

 もし、救いの手が――総一朗が現れければ輝は闇に堕ちていただろう。


 しばしの沈黙が続く。


「だけど――」


 紫輝が沈黙を破り、再び口を開いた。


「人の愛は美しく素晴らしい。そして――とても尊い。俺はそれも知っている」


 紫輝の口からその言葉が出ると、紫輝の体から溢れ出ていた負の気配が霧散して消え去った。


「っ!?」


 瞳の光を取り戻し、顔の表情もいつもの紫輝に戻った。


「難しいですよね、人って……」


 輝に向けて苦笑する紫輝。


「そうだな……。でも、どうして前世の話をする気になった? 今までのように恍ける事だって出来たはずだ」


「聞かれたからですが?」


「……もしかして、普通に尋ねたら教えてくれたのか?」


「そうですよ。まあ、生まれ変わりなんて普通なら信じないでしょうが。でも、隠し通すことも無理だろうと思っていました。神薙は霊的なものを相手にする一族なんで、いずれ誰かにバレるだろうと。それに――」


「それに?」


「本当の自分に誰も気付いてくれない、なんて……寂しいじゃないですか」


「そう、か……そうだな、お前の言う通だ」


(この子を一人にしてはいけない。今のままだと危うい。美琴の言う通り、そばで支えてくれる誰かが必要だ)


「だが、今はその秘密は隠せ。少なくとも、自分の身は自分で守れるくらいになるまでは」


「話す相手は選んでるつもりです」


 輝は思う。


 やはり、紫輝は矛盾していると。

 人を信じないと言いつつ、人を信じる事を捨ててはいないのだから。


「でも、前世で自分がヘンゲに襲われる前まで持っていた才能に比べたら可愛いものですよ?」


 今の才能を”可愛いもの”と評する紫輝が前世で持っていた才能に興味を持った輝は尋ねてみた。


 紫輝が失った才能は紫輝の人生が書かれた”紫輝物語”でも記述されていなかった。

 いや、ぼかされていたと言っても良い。

 だから知りたくて聞いてみた。


 紫輝は輝の質問に素直に答え、それを聞いた輝は唖然となった。


「……それは、本当か?」


「はい、本当です。ね? 可愛いものでしょう?」


「可愛いという次元を超えてるぞっ!?」


 紫輝が持っていた才能は六つ。

 そのうち三つは神や仏、聖人や仙人が持っていたとされるもの。

 伝説級の才能である。


「どれか一つでも持っていたら世界が大騒ぎになる! それを三つも……」


「物部一族が全力で隠蔽してましたからね」


(よ、良かった……才能が変わってくれて……。もし、紫輝の才能がそのままだったら私では完全に手に負えなかった……)


「一気に疲れた……」


「なら、早く休んだ方が良いですよ」


「一体誰の所為だと……というか、お前も休め。今のお前は子供なんだからな」


「わかってます。そろそろ切り上げようと思ってましたから」


 読んでいた傀儡の書物と辞書を仕舞い、書庫から出る。

 輝は紫輝が出るのを確認してから証明の魔導具を消した。


「そうそう、沙夜が落ち込んでいたぞ。”自分より勉強が出来るから紫輝に教えられない”って」


 思い出したように沙夜の話題を口にした輝は苦笑いしながら困ったよう顔をする。


「ええぇ……それじゃあ、社会や歴史について教えて貰うとします。その辺の知識はからっきし駄目なんで」


「沙夜はそういうの得意だからな。ぜひ、そうしてくれ」


「それとママ上、ご相談が」


「だからママ上と……もういい。で、何だ?」


「傀儡を作りたいんで魔導石とお小遣いを下さい!」


「今日は疲れたからその話しは明日にしてくれ……」

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