第6話 紫輝の才能と周囲の評価

 ――居酒屋 ”番外地ばんがいち


 座敷の個室にて四人の女性が卓上に並べられた酒と料理を前に歓談していた。


「ようやく宮中祭祀の手伝いが終わった……」


 神薙一族の当主――神薙かんなぎひかるが疲れ切った様子で徳利からお猪口に酒を注ぐ。


栗木くりのきの奴……人手が足りないからって、急に呼び出すのは勘弁して欲しいわ……。こっちにだって予定があるってのに」


 神薙家の分家の娘で当主である神薙かんなぎ美琴みことが愚痴る。


「口を慎め美琴。栗木殿は一応我々の上司で皇室の方でもあるのだぞ」


「わかってるわよ、輝」


「大変だったね、二人共。宮中祭祀なんて凄く気も使うだろうし。僕の方はヘンゲの出現は減ったけど、その分悪霊が増えたから悪霊退治で忙しかったよ……」


 三人が既婚を示す神職衣装を着ている中、一人だけ巫女装束を着た独身女性の神薙かんなぎ勇希ゆうき


「そうだな……大戦前後はヘンゲの出現が多かったが。今はどちらかといえば、人間霊や動物霊の悪霊が多いな」


「香姉はいいよね。神社でお祓いや退魔師の手配をするだけでいいんだから」


「私だって人手が足りない時は現場に出るわ。それに神薙神社がお祭の時は目が回るくらい忙しいし、人に気も使うのよ」


 眉をハの字にして勇希に反論する輝の妹の大蔵おおくらかおり


「香は私の代理だからな。香まで神社にいないと仕事が回らなくて私が困る」


 ここに居るのは神薙の主要人物の四人――神薙四天王と呼ばれている。

 神薙一族は女系で彼女達が一族を纏めている。


「祭祀も終わったし、やっと精進料理から開放される! 今日は食べるわよ!」


 美琴が刺し身に醤油をつけ、たっぷりのわさびを乗せて口の中に運ぶ。


 「うへぇ……良くそんなにわさびを乗っけて食べられよね、美琴姉は」


「あら? 美味しいわよ。あなたもどう?」


「僕はいいや」


 寄せ鍋に箸を伸ばし、煮えた鯛の切り身を食べる勇希。


 巫女や神職は基本食べらない食べ物はない(神社によっては食べてはいけない物がある)。

 ただし、神事や祭事ある時は食べられない期間があり、その時は僧侶のように精進料理を食する。


「ところで香。紫輝に関して大事な話があると聞いたが?」


 輝が香に話を振る。


「その前に……」


 香は座敷の内を【結界術】で覆った。

 これで外に話し声が漏れることはない。

 【結界術】は身を守るだけでなく、こうした防諜にも活用できるのだ。


「そこまでする事なのか?」


 耀は怪訝な顔をする。


「ここまでしなきゃ駄目な話しなの。議題は”紫輝ちゃんの才能について”よ」


 今日のこの食事会は神薙四天王の会合も兼ねていた。

 会合では仕事や一族について報告や情報交換が行われる。


「紫輝の才能がどうしたのさ?」


「確か紫輝君の才能は【駆動傀儡術】と【機動鎧騎術】だったわね?」


 美琴の確認に輝と香は頷く。

 紫輝の才能を鑑定したのは美琴だ。

 そして紫輝の才能はここに居る四人しか知らない。


「姉さん、【駆動傀儡術】について調べていたでしょう?」


「ああ。【駆動傀儡術】は形祓一族の始祖が持っていた才能で【傀儡術】の派生だと美琴に教えてもらったからな。だから【傀儡術】が使える香に指導を頼むよう紫輝に言っておいたが。何か問題でもあったか?」


「紫輝ちゃんの才能は”特化型”よ」


「何だと?」


「【傀儡術】を教えたら、紫輝ちゃんの傀儡は普通ではあり得ない性能や能力を発揮したわ」


「そりゃあ、純度の高い魔導石を使ったからじゃないの?」


「確かに純度三割ぐらいの魔導石を渡したが。だが、大きささはビー玉くらいだぞ?」


「輝、その大きさでも三割は十分過ぎるわよ……」


 輝に呆れる美琴。


 美琴から現在の魔導石の取引価格を聞いて驚く輝。

 ”昔はもっと安かったのに……”と、遠い目をして呟く。


 香が話を続ける。


「傀儡の核に使う魔導石の純度が高ければ確かに傀儡の性能は上がるわ。だけど――」


 神妙な顔になる香。


「風を操れる傀儡なんて作るのは不可能よ」


「は? 風を操る傀儡?」


 すとんきょうな声を上げる勇希。


「ありえないわ。 香、夢でも見ていたんじゃないの?」


 香の正気を疑う美琴。


「いいえ、確かにこの目でみたわ」


「その傀儡の核はどうした?」


 傀儡の核は【傀儡術】が使えれば作った本人でなくても使えるので、誰かと共有したり、もしくは誰かに譲ったりする事が可能だ。

 防犯のためにも紫輝に注意を促し、傀儡の核のある場所を確認しておく必要がある。


「紫輝ちゃんが核の回路を消去して魔導石に戻したわ」


「そうか……回路を消去?」


 輝は香の何気ない話からスルーしそうになったが、聞き逃がせない重要な言葉に気付く。


「うわっ、もったいない! そんな傀儡、もう二度と作れないかもしれないのに!」


「問題はそこじゃないわ! 魔導回路は壊すことは出来ても消すことなんて普通は無理よ!」


 美琴が声を荒げて言う。


 魔導回路を魔導石や魔導具に一度でも付与すると、魔導回路は消去できなくなる。

 これは魔導回路の回路線は入れ墨のようなものだから、その回路部分を削って除去する事はできても元の回路が付与される状態には戻せないと考えられていた。


「紫輝ちゃんにそれをどうやったのか話を聞いたわ」


 紫輝は香の質問にこう答えた。


 ”魔導回路は溝を掘ってそこに絵の具の色を流し込んだようなもの”

 ”だから、回路の流れに沿って色を押し出すように魔導力を流し込んで魔導石で埋めるように想像イメージすれば出来る”――と。


 話を聞いた美琴はまた声を荒げて叫んだ。


「そんな事、魔導力使いでも出来ないわよ!」


「私もそう思って試してみたんだけど……出来たわ。しかも、鑑定してもらったら、【魔道力】の才能が開花してた」


「なんですって!?」


「じゃ、じゃあ、皆で試してみようよ! 出来なかったら、紫輝や香姉が変人って事で納得しよう!」


「誰が変人よ!」


「紫輝は変人ではないぞ!」


 輝と香は心外だと抗議の声を上げる。


「じゃあ、私が傀儡の核を作って渡すから、三人でやってみてよ」


 自分の名誉のためにも彼女達には是非にでも成功させて欲しい。

 その一心で香はやり方を懇切丁寧に指導した。


 ――その結果。


「う、嘘……」


「ははっ、出来ちゃった……。小さい頃から【魔導力】を修練してたけど、全然才能が開花しなかったから諦めてたのに……」


 【魔導力】の才能は、持っていれば体内の魔導力を操れるだけでなく、周囲の魔導力を体内に取り込んで魔導力の回復が図れるので、特に魔導力の消費が激しい能力を使う者にとっては喉から手が出るほど欲しい才能の一つである。


「……少しだが魔導石の生成も出来るようになった。これは多分、【魔導力】の才能が開花したな」


 勇希が自分で作り出した魔導石を見つめながら三人に話す。


「これって魔導力を会得する効率的な修練方法にならないかな?」


「会得できたのがここに居る四人だけだから何とも言えないわ」


「しかし、もし他の人間にも会得できたなら……十分なるだろう」


 後日、輝達は口外無用という条件でこの方法を伝授した者達は全員が【魔導力】の才能に目覚めた。

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