第5話

 香は床に屈むとサルボボから核を取り外すし、二つの核を自分の掌に置いて見比べる。


「二つの核に異常や不具合はどこにもない。作るのに失敗したわけじゃない。紫輝ちゃんの【駆動傀儡術】は普通の【傀儡術】と何が違うのかしら?」


 紫輝も香の掌の上にある二つの核を見比べる。

 特に核に浮かぶ模様――回路の部分を良く観察する。

 すると、今まで【機動鎧騎術】で培っていた経験と、【駆動傀儡術】の才能の働きによりある事に気付く。


(あ、原因わかったかも)


 紫輝は輝から貰った魔導石を取り出すと、香の目の前で傀儡の核を一瞬で作り上げた。


「えっ? えっ? 紫輝ちゃん、今どうやって傀儡の核を作ったの?」


「叔母さんがさっき教えてくれたじゃないですか」


「そ、そうだけど……。素人のあなたが直ぐに出来る事じゃないわよ」


(私でもちゃんとしたものを作れるようになるまで三ヶ月は掛かったのに……)


「多分、これでいけるはず……」


 紫輝は傀儡の核をサルボボの頭に乗せる。

 すると、今度はちゃんとくっついた。


「よしっ! いける! ”十歩走ってから跳躍して三回宙返りして着地”」


 サルボボは紫輝の命令に従い、その命令の通りに動く。


「え?」


「”香叔母さんに挨拶してから何か踊れ”」


 紫輝の命令でサルボボは香にお辞儀をすると、床の上で”どじょうすくい”を踊った。


「え? え?」


 今度は糸繰り人形のようにサルボボを操って見せる紫輝。


「ど、どうなっているの、紫輝ちゃん?」


「【駆動傀儡術】の傀儡には操作型と自律型、両方の回路が必要だったんだ」


 紫輝が作った傀儡の核の中には操作型と自律型の特徴を合わせた模様が浮かんでいる。


「わ、私も試してみてもいいかな?」


「いいですよ」


 紫輝は傀儡の核をサルボボから剥がして香に渡す。

 渡された核を【傀儡術】を使ってサルボボにくっつけようとする香。


「あ、あれ? くっつかない?」


 香は何度も試してみる。

 しかし、紫輝が作った傀儡の核はサルボボにくっつかない。

 紫輝が香の作った核を使えなかったように、香も紫輝の作った核が使えなかった。


「駄目ね。私の【傀儡術】では紫輝ちゃんが作った傀儡の核は使えないわ……」


 香は紫輝に核を返した。


(そういえば、職業や属性を付与出来るかもって母さんが言ってたな。”ものぐさ仙人”にもそんな事が書いてあったし……。そうだ! どうせなら……)


 紫輝は核に向かって念じた。


(属性”風”、職業”虫狩り”――付与!)


 すると、核に回路が追加され、模様が変わる。


 その核を再びサルボボの頭の上に乗せ【傀儡術】でくっつける。


「”風に乗って飛べ”」


 サルボボがふわりと宙に浮くと修練場の室内を風を起こして飛び回る。


「へ?」


 その光景に思わず間抜けな声が出た香。


「”生きたクワガタムシと死んだばかりのクワガタムシの死骸を一匹ずつ見つけてここに持って来い”」


 紫輝がそう命じると”さるぼぼ”は自分で扉を開け、風に乗ってどこかに飛んで行く。


「……」


 香は普通の傀儡ではありえない能力を発揮して扉の外へと飛び去る”さるぼぼ”の姿を見送った。


 しばらくして戻って来たサルボボは、生きの良いクワガタと完全な形を保ったクワガタの死骸を風を使って運んでいた。


 サルボボが持ってきたその虫をどうするのか疑問に思った香は紫輝に尋ねる。


「母さんが買ってくれた【駆動傀儡術】らしき話しが書かれてある本に”生き人形”や”死人形”は作れないって記述があったんです。それが本当に出来ないか確認のために試してみようかと」


「でも、虫の大きさに比べて核がちょっと大き過ぎるね。それに純度も高いし。このままだと生きてる方の虫は魔導力が強すぎて死んじゃうわ。それじゃあ可愛そうよ。でも、私の持ってる魔導石も魔導力が強すぎて駄目だし……」


「それなら、こうすればいい」


 紫輝は輝から貰ったもう一つの魔導石を取り出し、その魔導石から米粒くらいの大きさの魔導石に別けた。

 別けられた元の魔導石はその分少し小さくなった。


 その魔導石の純度を五%くらいまで落すと米粒からパチンコ玉くらいの大きさに膨張した。


「え?」


 紫輝が何をしたのか一瞬理解できなかった香。


(い、今、魔導石を操作して二つに別けた!?)


「よし、これで核を作って……う~ん、生きてるのと死んでるクワガタ、両方くっつかない。やっぱり、”生き人形”や”死人形”は出来ないや」


「し、紫輝ちゃん……紫輝ちゃんは魔導石を操れる才能でも持っているのかな?」


「いえ、持ってません。それが何か?」


「でも……今さっき、魔導石を二つに別けたよね?」


「ああ、これですか?」


 紫輝は確認のために作った傀儡の核――その核に刻んだ回路を消して魔導石に戻す。


「えっ!?」


 それを先ほど別けた大きい方の魔導石に融合して元に戻してみせた。


「なっ!?」


「どうせなら、こうしてっと……」


 さらに輝から貰った残りの魔導石を融合し、大きくなった魔導石を圧縮して体積を再びビー玉サイズに縮め、純度を一○○%まで高めた。


「嘘っ!?」


 呆気に取られる香。


 魔導石は魔導力が結晶化したものである。

 だから、【魔導力】の才能があれば魔導石を生成する事が可能だ。

 だが紫輝のように魔導石を扱う事は【魔導力】の才能を持つ者でも不可能だ。


 香は心を落ち着けて冷静に、普段の調子で紫輝に尋ねる。


「紫輝ちゃんどうしてそんな事が出来るのかな?」


「【傀儡術】って傀儡の”核”や”器”を、それを才能ですよね?」


「うん」


「【駆動傀儡術】もそれは同じなんです」


「うん」


「それで傀儡って、核に魔導石を使うじゃないですか」


「うん、そうね」


「【駆動傀儡術】を使えばこんな風に魔導石の加工も可能なんですよ」


「紫輝ちゃんのは加工っていう次元じゃないよ!?」


「ちなみに、【機動鎧騎術】でも同じ事ができます」


「紫輝ちゃんの才能おかしいよ!?」


(あ、これダメだ。本人の言う通り、紫輝ちゃんの才能は”特化型”だわ……)


 この後、紫輝は生きているクワガタを近くの森に逃がし、死んだクワガタの死骸は森の土に埋めて供養した。




 ………………

 …………

 ……




「これで【傀儡術】の基本は全てよ。私が教えられる事はもう無いわ。【傀儡術】の書物が本家――紫輝ちゃんの家の書庫にあるから。あとは自分で読んでみると良いわ」


「わかりました。ありがとう、叔母さん。 ……ちょっと待って下さい、叔母さん。その書物はいつの時代のものですか?」


「古いもので三百年は前のものかしら?」


「それって古語で書かれてますよね?」


「そうね」


「自分、現代語しかわからないです」


「書庫には辞書も置いてあるから。これも勉強だと思って頑張って」


「えぇ~、そんなあ……」


 紫輝は自分の才能をより深く理解するため、書庫にある傀儡について書かれた本を調べた。


「こんなの解るわけないよっ!」


 ミミズがのたくったような難解な文章を解読するのに辞書を片手に悪戦苦闘するのであった。

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