本編

第1話 そして、輪廻転生…

 ――世歴一九五一年 皇国 皇都 神薙神社


 世界中の国々を巻き込んだニ回目の大きな戦争が終戦して六年が過ぎた。


 その終戦の一年後に生まれた、今年五歳になる神薙神社の息子はちょっと変わっていた。


 彼には前世の記憶というものがあった。


 物心がついた頃、彼は自分がかつて物部もののべ紫輝しきと呼ばれた人物である事を理解した。


 物部 紫輝はその才能ゆえに幼い頃に父方の伯父に才能を奪われ、その影響でこれまで生きて来た記憶を失った。


 その後、家族とのすれ違いで家族から嫌われていると思い込んでいた紫輝は、十五の年で伯父の策略により軍の奴隷に堕とされて過酷な戦場に放り込まれた。


 だが彼は戦場で死ぬ事なく大戦を生き延びた。


 そして奴隷から解放され、故郷の実家に帰って来た直後――彼の不幸の元凶である伯父の手に掛かり、二十歳の若さでこの世を去った。


 紫輝は死の間際、死に逝く彼を思い、悲しみの涙を流す家族の姿を目にした瞬間――かつて失った記憶を取り戻し、家族から愛されている事を思い出して人生の幕を閉じた。


「――と、思ったのに……この世に戻って来てしまった………」


 しかも、自分の人生が上・中・下に別れた三冊の伝記小説になっていた。




 題名:紫輝物語


 著者:物部右近

 監修:物部青史郎

 協力:物部銀星・物部美世・物部赤彦・物部黄汰・物部鈴・左右甚五郎・左右トキ・左右次悟朗・外松正義・服部是空・百地三太郎




「何してくれてんの、この人達!? しかも鈴さんまで……。それに、この本に書かれてる話って……少し脚色されているけど、全部事実じゃん!!」


 自分の恥部を晒されて、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠す。


「……いつの日か、一冊残らずこの世から抹消してやる!」


 そう心に誓う紫輝であった。


「でも、自分の名前が前世と同じだなんて……」


 生まれ変わった今世の名前も同じ紫輝。

 これは父親が共産国の戦場で命を助けてもらった恩人でもある英雄から名前を貰ったと言っていた。

 その時に負った足の怪我が元で機敏な動きが出来なくなり、今は国立技術開発局で鎧騎や航空機の研究に携わっている。


「共産国のあの戦場で生き延びた人いたんだ……」


 学徒兵として徴兵されて初めて配属された部隊が戦場で全滅したと思っていたが、どうやら何人かは生き残り、増援として来た友軍に救出されたようだった。


「あの時は心神喪失状態で気が付いたら帰国する途中の艦の中だったからなあ……。全然覚えてないや」


 神薙かんなぎ紫輝しき――彼はかつて”皇国の死鬼”と呼ばれ、敵国から恐れられた英雄の生まれ変わりだった。


 神薙紫輝は普段から神官衣装に身を包んだ美しき神薙家当主――神薙かんなぎひかるとその夫――神薙かんなぎ総一朗そういちろうの長男として生まれた。




 神薙家は物部家と同じ、かつて星皇家に仕えていた一族だ。

 全国の神社を統括し、霊の浄化やヘンゲの調伏を担っていた。


 だが百年前に近衛一族の策謀により物部一族や他の家臣団と共に放逐された。


 しかし、近衛一族の国家乗っ取りの陰謀が露見して取り潰しとなり、華族制度の廃止に伴い人手と人材が足りなくなった。


 そこで星皇は今も才能や能力を保有し維持している家臣団の子孫に声を掛け、自分達の過ちを詫びて家臣に戻ってくれと懇願した。


 そして神薙一族は再び星皇家に仕える事になり、見事返り咲くことができたのだ。




 神薙は呪術に特化した一族で主に神職や退魔を生業とする。


 紫輝が五歳になった時、物の詳細や真偽を見定め、人の状態や才能が見える【鑑定眼】を持つ人物に才能を見てもらった。


 その結果――紫輝には退魔師に必要な才能が備わっていなかった。


 だからといって家族や一族から疎まれたり迫害される事はなく。


「才能がない? それなら修練して身に付ければ良い。それでも駄目なら、きっと紫輝には退魔師の才能なんて必要ないんだ。それならそれで今ある才能を伸ばせば良い。人の言う事など気にするな」


「そうだよ。紫輝は紫輝なんだから。それに僕だって退魔師の才能なんて持ってないしね。あ、でも、人に理不尽な事して悲しい思いをさせちゃ駄目だよ!」


「紫輝の分、お姉ちゃんが頑張るから。紫輝は一族に縛られなくて良い」




 そんな紫輝のスキルは二つ。


 前世で持っていた【機動鎧騎術きどうがいきじゅつ】と今世で得た【駆動傀儡術くどうかいらいじゅつ】。




「【駆動傀儡術】って何ですか?」


 こいう事に詳しそうな母の輝に尋ねた。


「我が神薙と同じく、星皇家に仕える形祓かたはら一族の始祖――形祓かたはら道楽どうらくが持っていた才能と聞いた事はあるが……私も詳しくは知らん。傀儡術かいらいじゅつなら人形を作って操り、動かす術というのが一般的に知られているな。力量にもよるが、人の死体や生きたまま人を操るような者もいるらしい」


「そんな事ができるんですか?」


「個人の技量による。だがしかし……出来たとしてもそんな外道に堕ちるなよ?」


「流石に人の尊厳を踏み躙るような真似は……必要に迫られない限りしません」


「”必要に迫られない限り”、か……。それにしても、紫輝はまだ五歳なのに大人みたいな考え方や喋り方をするのだな」


「ママ上! 僕、まだ五歳! お小遣いちょーだい!」


「ママ上と呼ぶなっ! 急に子供っぽくして誤魔化しても無駄だ! あと、小遣いはやらんぞ!」


「……じゃあ、せめて【駆動傀儡術】がどんな才能なのか調べて下さい」


「わかっている……ちょっと待て。【機動鎧騎術】は調べなくて良いのか?」


「あ、そっちは……ほら、”紫輝物語”の主人公が持っていた才能じゃないですか。それを参考にするからいいです」


 実は前世の自分が持っていた才能だから解るとは言えない。

 だからちょうど良い理由付けとして”紫輝物語”を話題に出した。


 (出来ればあの本の事は口にもしたくないけど……この際だ、仕方ない)


「お前、もう字が読めるのか?」


「父さんや姉さんが事あるごとにあの本の内容を話すから嫌でも覚えますよっ!」


 涙目で輝に訴える紫輝。


 ちなみに姉の沙夜さや(八歳)が一番好きな話しは紫輝と鈴の間で展開される甘酸っぱい恋愛部分だ。

 その部分は輝も大好きな話しで、実は輝こそが沙夜に本の内容を読み聞かせた張本人である。


 そんな恥ずかしい自分の話しを聞かされる本人にとっては拷問でしかない。


「そ、そうか……。だが、いつも言っているようにお前のその才能については私と四天王の三人以外には話すなよ。総一朗や沙夜にもな」


「わかってます」


(しかし、【駆動傀儡術】について知っていそうな形祓一族に聞いても自分達の才能に関わる秘事を素直に教えてくれるとは思えん。そうなると……あとは国立図書館か才能開発局で調べるしかないか……)


 才能開発局とは才能を鑑定したり、管理・研究・育成を目的とした国の公的機関で近年になって作られた。

 世界各地の才能を記した書庫があり、新しい才能が生まれれば新たに書き記される。


 輝は紫輝のために辻馬車に乗って才能開発局を訪れた。

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