第27話
魔導列車が大勢の乗客を乗せて線路の上をひた走る。
列車の窓から見える外の景色は長閑な田んぼや畑などの農地が途切れることなく延々と続いていた。
時折、遠くの方に見える山々が少しだけ海に変わるくらいしか景色に変化はない。
皇国の都市部は発展著しいが、それでも一歩郊外に出ると農地や牧場が広がっている状況だ。
地方にもなれば都市部以上に発展途上で、国内にはこうした豊かな自然がまだまだ多く残っている。
魔導列車がとある街中にある停車駅に近付くと減速し、やがて規定の場所で停車する。
停車した列車からは乗降する乗客に紛れて軍服姿の二人の青年――紫輝と青史郎が降りて来る。
二人は駅の改札を潜り抜けて駅の外に出た。
紫輝は街並みを感慨深げに見回す。
街を出たあの頃には無かった軒を連ねた商店街や舗装された道を大勢の人が行き交う光景に少し驚く。
(もう、戻って来ないつもりだったけど……)
紫輝は生まれ故郷の街に戻って来た。
黄汰からエリクシルが完成したと連絡を受けての帰郷だ。
健康に問題なさそうに見える紫輝だが、残された命の時間は残り少ない。
「紫輝、体調は大丈夫か?」
側には青史郎が付き添っている。
「ああ、大丈夫だよ。今日は体の調子良いんだ」
青史郎は紫輝の体を気遣い、心配そうに紫輝を見る。
(こんな顔も出来るんだな……)
紫輝の記憶にあるのはいつもしかめっ面をした青史郎の顔だった。
実は青史郎のしかめっ面は紫輝を甘やかしたいのを必死に自制している時の顔だったのだ。
「家から魔導車で迎えが来ているはずだが……」
「おう! 青史郎、こっちだ!」
丁度その時、作務衣姿で無精髭を生やした中年男性が青史郎に声を掛けてきた。
「
迎えに来ていたのは物部商会の職人頭の
「待ちきれなくてな。運転手を代わってもらったんだ」
「ご無沙汰しています、次悟朗さん」
「……久しぶりだな、紫輝……。生きててくれて……、本当に良かった……」
紫輝に歩み寄ると紫輝の両肩を掴み、俯いて涙ぐむ次悟朗。
「話しは聞いてる! 先ずは屋敷に行こう! そんで薬を飲んで体を治せ!」
「はい……」
三人は魔導車に乗り込んで物部家の屋敷に向かった。
――紫輝の実家 物部家の屋敷
物部家の居間では紫輝の帰りをまだかまだかと待ちわびる家族の姿があった。
「親父、落ち着け」
「黄汰君も落ち着いてないじゃないか。貧乏ゆすりがこちらまで伝わって来ますよ」
「お袋ほどじゃないよ」
美世は紫輝の好物である食事や甘味をこれでもかと大量に作って待っていた。
「仕方ないじゃない! 今まで紫輝に避けられてからこれくらいしか思いつかないのよ!」
「俺も色々やり過ぎて紫輝に嫌われたからなあ……」
「けど、家族の中で黄汰が一番マシじゃないですか。私なんて実の父親とすら認識されてなかったんですよ……。”母親と再婚した義理の父親”ってどんな物語の設定ですか。この口調や人との接し方は性分なんだから仕方ないじゃないですか。幾ら昔の記憶を無いとは言えあんまりです!」
「僕なんて鈴との仲を裂いてしまったんだ! 紫輝に一番嫌われてる僕からしたら黄汰が羨ましいよ!」
「そう言えば鈴の姿が見えないけど……どうしたんだ?」
「以前、死奴になった紫輝に会った事があるようで、その時に紫輝から逃げたらしい……。だから紫輝に合わせる顔がないって言って……今は子供達と一緒に実家に戻ってる。落ち着いたら両親と一緒に紫輝に謝りに来るって言ってた」
「そうか……」
鈴は死奴になった紫輝と皇都で偶然出会っていた。
それに気付いた紫輝は鈴に声を掛けようとした。
せめて一言だけでも言葉を交わしたかった。
彼女の声を聞きたかっただけだった。
だけど、鈴に声を掛けることは躊躇われた。
今の自分が彼女に再開すれば迷惑が掛かる。
だから紫輝は他人を装い、道を尋ねる振りをして話し掛けようとしたのだが。
しかし、それは叶わなかった。
鈴は紫輝に気付いて紫輝から逃げた。
鈴は夫の赤彦を通じて紫輝の事情を知っていた。
だから紫輝に関わる事を避け、家族を――子供を守るために逃げた。
後になってその時の自分の行動を鈴は酷く後悔した。
「そう言えば、紫輝はもう誰とも所帯を持つ気はないと青兄が言ってたんだけど……やっぱり鈴との事が尾を引いてんのかな?」
「多分ね……」
黄汰の疑問に赤彦は曖昧に言葉を濁したが、実のところそれだけではない。
敵国の人間とは言え、自分が生き延びるために戦争で大勢の人間を殺してきた。
そんな自分が誰かを幸せに出来るとは紫輝にはとうてい思えなかった。
それに死奴にされた時に欲深い人の業を嫌と言うほど沢山見てきた。
それ故に他人との間に壁を作り、人との関わりを避けるようになった。
今の紫輝にとって鎧騎がだけが唯一の心の拠り所なのだ。
「紫輝の心を救ってくれる人が現れれば良いのだけれど……」
「今は戦争で傷付いた体と心をゆっくり休ませよう」
黄汰は普段の顔から真剣なものに変わる。
「……親父、紫輝の事も大事だけど。逃げた伯父貴の行方はわかったのか?」
左近が野放しなっていては紫輝に再び災いをもたらすのは目に見えている。
直ぐにでも確保――可能なら……しておきたいのが黄汰の本音だ。
その黄汰の問に対して銀製は頭を横に振って答える。
「いや、分からない。今も捜索は続けているけどね。美世さんの【占術】でも手掛かりが掴めない状況なんだ」
「というよりも、占えないの。逃げたあの頃ならまだ占えたけど今では完全に無理ね。こうなると死んでるか……それとも――人の理を外れたかのどちらかね」
右近の証言から左近がヘンゲと契約して、体もなんらかの変化を起こしている事を知った美世は二つの予測を立てた。
それは左近がヘンゲに変化したか、もしくは体が変化に耐えきれずに既に死んだか。
しかしその予測が当たっているかは実際に左近を見なければ分からない。
「ふ~ん……それじゃあ、もうとっくにどこかで野垂れ死んでるかも?」
「或いは――紫輝の事を聞き付けて、近くに潜んでるかもね……」
「赤兄、怖いこと言うなよ……」
「……もうそろそろ紫輝が家に到着する頃ね。話しの続きはまた後で。皆で紫輝を迎えましょう」
「そうだね、美世さん」
紫輝を出迎えるべく家族は揃って屋敷の外に出た。
そこへ丁度、車が門の外に到着し、中から紫輝と青史郎が降りてくる。
こちらを見る紫輝の表情は少し気不味そうにしている。
それでも紫輝は家族が居る屋敷の玄関に向かって歩いて行く。
家族が見守るの中、紫輝が門を潜ろうとしたその時――紫輝と青史郎の後ろに忍び寄る影が。
「ッ!?」
紫輝の後ろにいた青史郎が何かに不意を突かれて突き飛ばされて地面に倒れた。
「うおっ!?」
それに驚く次悟朗。
異変に気付いた紫輝が後ろを振り向いた瞬間。
――ドス
紫輝の胸に何かが当たり、遅れて激痛が走る。
「かはっ!?」
「紫輝っ!!?」
青史郎が素早く起き上がり、倒れ掛けた紫輝を庇うように抱き支える。
「ヤった……やったゾ! コれでヨうやく完全な力が手ニ入ル! 手っ取り早くこウすレば良かっタ!」
紫輝の後ろには紫輝の人生を狂わせ、不幸に陥れた張本人――
紫輝が家に帰って来る話を聞き付けた左近は、魔導具”隠れ蓑”を羽織って別次元に身を潜め、紫輝を殺す機会を伺っていた。
そうして左近は紫輝を守ろうとする家族を出し抜き、紫輝の胸を貫手で刺し貫いたのだ。
その左近の容姿はまるで獣のような姿で全身を毛に覆われていた。
あの日――銀星から逃げた左近は人里離れた山奥に引き籠もり、その山の中で獣や自分より弱いヘンゲを殺して喰らい、約五年の歳月を生き延びた。
左近の体はヘンゲと結んだ契約の呪術が履行されず、長い間呪術の源であるヘンゲの力が体に滞留した影響で左近の心身は人の理から外れたヘンゲになりつつあった。
その上、ヘンゲを貪り喰らい続けた結果――今や完全なヘンゲに成り果てた。
「死ねっ! 早くシねっ! そシて私の力ノ糧となレ! ……え?」
左近の目の前にはいつの間にか鬼の形相で左近を睨み付けている銀星が立っていた。
その直後、左近の視界が反転する。
トスッと、左近の体から地面に落ちた左近の頭部。
銀星が青史郎の腰に佩いていた軍刀を使い、左近の首を一瞬で跳ねたのだ。
銀製は持っていた軍刀を地面に投げ捨てると紫輝のもとに駆けつける。
紫輝の傷はとても深く、心臓にまで達していた。
黄汰が【魔法】で治療を施すが、傷口が塞がらない。
血が――止まらない。
紫輝の身体はもはや黄汰の魔法でも回復不能な状態だった。
「……そうよ! エリクシルよ! アレなら紫輝を助けられるはず!」
「僕が取ってく来る!」
家の中へと急いで駆けて行く赤彦。
周りの状況を虚ろな瞳で見つめる紫輝。
自分のために涙を流す家族の顔が見える。
その光景を見た瞬間――紫輝は思い出した。
失われた記憶の全てを。
記憶を失う以前の――幼い頃、家族と過ごした幸せな時間を。
親愛の情の表れで、自分を抱きしめては鬱陶しいぐらいに自分の頬に頬ずりする青史郎。
一緒に野山を駆け回っては美味しい木の実や魚を焼いて食べさせてくれた赤彦。
【魔法】で幻想的な幻影を見せて楽しませてくれた黄汰。
”好き嫌いは駄目!”と言いながらも自分の好きな料理をよく作ってくれた美世。
忙しい仕事の合間を縫ってチャンバラや【折神】で動物を作って遊んでくれた銀星。
蘇った記憶から自分は家族から嫌われてなどおらず、愛されていたのだと知ることが出来た。
命が失われつつある中、心が幸福で満たされていく。
(自分の人生は苦難に満ちたものだったけど……もう良い。もう、十分だ……)
目の端に涙を浮かべ、家族に向かって弱々しく感謝の言葉を紡ぐ。
「……みぃ、…んん…なぁ……ぁ、あ、あぃ……あり、ぃ…が、とぉ………う………………」
言葉を言い終えたと同時に紫輝の瞳から光が失われ、体の力が抜け落ちた。
「紫輝? しきっ!? しぃぃきィィィーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
青史郎の絶叫が空に向かって虚しく響き渡った。
☆
………………
…………
……オンギャアァァ! オンギャアァァァ!
紫輝が命を落とした翌年。
紫輝の命日に合わせるように新たな命が誕生した。
「生まれた! 生まれましたよ! 元気な
産婆を努めた女性が母親に告げる。
母親は出産で体力を消耗して体がぐったりしながらも、生まれたばかりの我が子に向かって微笑んでいる。
しばらくすると若くどこか頼りなさげな母親の夫で赤子の父親が息を切らせて出産を終えたばかりの部屋に入って来た。
父親は左足が悪いようで少し足を引きずるように母子に近付く。
「……あなた」
「ハア、ハア……ッ! ごめんっ! 仕事で問題が起きて……駆けつけるのが遅れた!」
母親の横に寝かせられた赤子を愛おしそうに見つめる赤子の父親。
産婆から赤子の性別を知らされる。
「男の子か……」
「それで、この子の名は何と?」
「以前から考えていたんだ。もし、男の子が生まれたらこの名前にしようって……」
目を瞑り、思い浮かべる。
父親は今でこそ皇国の技術開機関で研究員として働いているが、かつては皇国軍で鎧騎の操縦士をしていた。
共産国の撤退戦で死を覚悟したその時、自分の部隊に配属された学徒兵がたった一機の作業用鎧騎で僚機もいない中、撤退中の友軍に迫る敵の軍勢を大太刀一本で全て斬り伏せた。
大破して潰れた装甲の隙間から見たその光景は未だに忘れられない。
父親が瞑っていた目を開けた時、妻に向かって宣言するように言い放つ。
「この子の名前は
※これにてプロローグ編は終了です。
次から本編が始まります。
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