第26話

 潜水空母”月読つきよみ”で皇国に帰国した紫輝は皇都の病院に入院していた。


 【死中活性】を使った後、紫輝は度々体調を崩したので病院で精密検査を受ける事になったのだ。


 それで紫輝の体の状態が判明した。


 これまでの無茶な戦いで能力を何度も限界を超えて使い続け、その上、体を酷使し過ぎた所為で体中ありとあらゆる箇所が傷んでいた。


 このままではそれ程長くは生きられないと医者から余命宣告を受けたのだ。


 助かる方法は唯一つ。


 秘薬”エリクシル”


 死以外の全てを癒やし、不老長寿の薬として有名な万能薬。

 一瓶で国を買えるとまで言われる貴重品。

 それを服用するしか助かる方法はない。


「そんな物、手に入るわけ……」


「家にあるぞ!!」


「えっ!?」


「正確には”もう少しで完成する”だが」


 紫輝の体の事を知らされる前から銀星が万一に備え、紫輝のために物部商会の総力を挙げて素材を掻き集め、それを黄汰が錬金術で調合している最中だった。


 あと数日もすれば調合が完了する予定だ。


「……例え薬が手に入るとしても。もう、これ以上は家族の世話にはなりたくない。残りの人生は一人で生きて、好きな鎧騎をイジって静かに過ごしたいんだ」


 死奴から助けてくれた事には感謝している。

 だが今までの事があり 紫輝はどうしても家族を許す事が出来なかった。


「私を! 家族を許してくれなくてもかまわない! だけど! 紫輝には生きていて欲しいんだ! それが家族全員の願いなんだ! だからエリクシルを飲んで生きてくれ!」 


 医者や看護婦がいる前で人目も憚らず紫輝に五体投地して懇願する青史郎。


「頼む! この通りだ!」


「ちょっ!?」


 涙ながらに訴える青史郎の姿に紫輝は折れた。

 そしてエリクシルの完成時期に合わせて帰郷する事が決まったのだった。




 数日後、紫輝が入院している病院に嘗ての上司で自分と同じ死奴であった服部や百地が揃って訪ねて来た。


「百地さんっ!?」


「やあ、久しぶり。ガガ島以来だね」


「生きてたんですね……」


「君より先に死奴から解放されたんだよ。ガガ島で戦死を装ってね」


「久しぶり~、物部二等兵。体の事は聞いたよ。何とかなりそうで良かった」


「服部さんも生き延びましたか」


「何とかね~。それと、お見舞いついでに君に幾つか話しがあるんだ」


「話し?」




 服部の話しは以下の四つ。


 ・今まで支払われなかった給与や特別手当

 ・没収された収納箱

 ・司馬について

 ・特別報奨




 今までの戦功が公式に認められて階級が少尉となり、今まで不当であった給与や特別手当は紫輝が軍に徴兵された日から遡って少尉の階級で改めて支給される事が決まった。


「結構な額になるはずだよ。それから~……」


 服部は服の内ポケットから銀色に輝くカードサイズの金属板を取り出して紫輝に見せる。


「これ、お前さんのだろ?」


「あ、長官に取られた収納箱!」


 この収納箱は物部商会で雇っていた職人頭で本人も腕利きの職人だった左右甚五郎さゆう じんごろうから貰った物だ。

 甚五郎が若い頃に手にれたもので、物が腐敗や劣化を起こさず、許容量に限界が無い、とても貴重なものだった。

 紫輝が死奴にされた時、その収納箱を陸軍長官に没収されてしまったのだ。


「陸軍長官が長官室の隠し部屋に置いてあったよ~。中身は軍事費や軍事物資の横領した品目を記した書類、自分と対立していた人物の弱みの証拠、それに長官の”個人的な趣味”の物の保管に使われていたようだね~。無論、それらも含めて全てこちらで回収したけど」


「……長官の”個人的な趣味”に関しいては聞かない方が良いですか?」


 服部と百地は苦笑いして頷く。


「精神衛生的にその方がいい」


「中身は……流石に残ってないか……」


「何を入れてたんだい?」


「中に入れてた物は学費の百八十円、生活費に当てるつもりだった八十三円。文具に学校で貰った教材、それと着替えや自作した鎧騎の玩具ですね」


「十五歳でニ百六十三円も持ってたの!?」


 服部が思わず声に出して驚く。


 現代日本の価値に換算すると約ニ百六十三万円に相当する。


「外松先生の手伝いや左近伯父さんの工場で七年働いて貯めたんです」


「それでも凄い大金だよ……」


 百地が呟くように言う。


「その話しも星皇陛下に報告しておくよ。 ……それで相談なんだけど。この収納箱、ちょっとの間貸してくんない?」


「何に使うんですか?」


「機密情報の書類や貴重品を運ぶのに使いたいんだ。特に今はそういうの頻繁に扱うんでんね~。これがあると便利なんだよ」


「……無くさないで下さいよ?」


「勿論だよ!」


 紫輝に差し出していた収納箱を懐に仕舞う服部。


「それと~、司馬について君に報告するよう南斗皇子に頼まれんたんだ」


「”無我”についてですか?」


「それもあるけどね~。ちょ~と、お前さんには酷な話だけど……」


 服部は少し言い難そうに話を切り出し、紫輝が死奴になったのは伯父の物部左近が司馬に依頼したのが原因だった事を紫輝に伝える。

 服部は紫輝が左近を慕っていたのを知っていたので話しづらかったのだ。


「青史郎兄さんの言う通り、やっぱり伯父さんが……」


「南斗皇子が司馬を取り調べた時に本人がそう言ってたらしい。鎧騎の知識を搾り取れるから死奴にしてこき使ってね~って」


「そうですか……」


 行方を眩ませた左近は現在も捜索されているが手掛かりすら掴めていない。


「そうそう。南斗皇子が紫輝の体が治ったら、無我の整備を依頼したいと仰っていたよ。頼めるか?」


 無我の整備には紫輝にしか作れない専用部品もあるので他の技術者では完全な整備が出来ないでいた。


「月読で整備をしましたけど、あれは飽くまでも応急処置的なものですから。あの機体の状態だと無我には本格的な整備が必要ですね。予備部品の製作も含めて整備を引き受けますよ」


「それは助かる。南斗皇子に伝えておくよ」




 そして話しは最後の特別報奨に移る。


 これは今まで死奴にされた者達に賠償として望みを一つ可能な限り叶えるというものだった。

 ただし、死奴でも重犯罪者や人格破綻者は除かれる。

 死奴になった者には是空や百地、紫輝のように理不尽に自由と尊厳を奪われた者もいれば、凶悪犯罪を犯した者や自らの欲求を満たす為に納得した上で自ら死奴に堕ちた者もいる。

 流石にそういった者の望みを叶える事はいくら寛大な星皇でもはばかられた。


「服部さんや百地さんはもう決めたんですか?」


「僕も服部さんも既に叶えて貰ったよ。後は君だけだ」


「何か望みなんだい?」


「……じゃあ――」


 紫輝は鎧騎の部品や装備を要求した。


「まってまって! 覚えられないよ! 今、メモを取るからっ!」


「それにしても鎧騎の部品はともかくとして。鎧騎の装備を貰ってどうするんだい?」


 百地の疑問に紫輝はこれからの生き方について話す。


「退役した後は鎧騎高等専門学校に復学しようと思ってたんですけど、戸籍を抹消された時点で除籍されて無理なんですよね。もう一度入学試験を受けるのも年齢制限に引っかかって無理だと言われたし。それなら魔境界に渡って探索者や狩人になとうかと。そこでなら鎧騎を乗り回せるし、鎧騎に必要な部品や材料も手に入りやすいですしね」


「なる程ねぇ~。でも、それなら陛下に復学を要望すればいいんじゃないの? もしくは鎧騎の部品じゃなくて鎧騎そのものを要求するとか」 


 紫輝は服部の疑問に頭を横に振って答える。


「鎧騎を購入するのにいくらお金が必要か服部さんも知ってるでしょ? 鎧騎を個人で手に入れる機会なんて限られてるからそれを逃したくはないですね。だけど、今の時点で自分の求める鎧騎が存在しないんですよ。だから無我みたいに自分の手で組み上げようかと。それには今言った部品が必要なんです」


 鎧騎は戦闘用と作業用のニ種類があり、一番安くて戦闘用は一万円、作業用は千五百円。

 現代日本の貨幣価値に換算すると一万円は約一億円で千五百円は約千五百万円。

 この額は新品で武装や装備は含まれない。

 それを含めればもっと金が掛かる。


「相変わらず鎧騎大好きだね~。実に君らしい。わかった。陛下にはこのメモを渡してその話しを伝えておくよ」




 紫輝に伝えるべき要件は終わり。

 その後、雑談や思い出話に花を咲かせる三人。


「服部さん、紫輝君の体に障るといけないから僕達はそろそろ御暇しましょう」


「そうだね~。それじゃあ、物部二等兵……しゃなくて少尉。エリクシルを飲んで体が治ったら改めて星皇陛下との謁見があるからね。その時にまた会おう」


「はい、わかりました」


 しかしこの時、これが三人で会う最後の機会になるとは誰も思わなかった。

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