第25話

 紫輝の救出に動き出した物部家。


 一家の大黒柱たる物部もののべ銀星ぎんせいは紫輝の救出を家族に任せ、自分は全ての元凶と睨んでる左近を徹底的に調べた。


 その過程で左近の息子――右近うこんが接触してきた。


 紫輝より二つ年上の彼は子供の頃に母と生まれたばかりの妹を失くし、家族は父しかいなかった。

 父に認められるよう頑張ってきたが、父は自分の甥の紫輝ばかり可愛がっていて紫輝への嫉妬と父の気を引く為に紫輝をいじめた。

 しかし、父は自分に自分に関心を持つどころか養育さえ人任せ。

 それでもいつか父が認めてくれる日がきっと来ると頑張った。


 あの時までは。


 【文才】くらいしか取り柄がない自分が父の事業を手伝うようになった頃、父が孤児を生贄に使ってヘンゲを召喚を目撃。

 その時、紫輝の才能を奪う為に父が母と生まれたばかりの妹を生贄にヘンゲを召喚した事を知った。

 そればかりか父は自分に関心が無く、なんなら紫輝を殺して才能を奪った後に優秀で見目麗しい女に跡継ぎを産ませれば良いと言い放った。


 そんな父に対して怒りと恐怖に怯えながら、それでも右近は父に従った。


 紫輝が鈴との一件で行方知れずになる前から左近が体調を崩すようになる。

 医者からは過労だろうと診断されたが、ずっと父を見てきた右近には判る。

 父の体型が少しずつ変形してきているのだ。

 右近は父の体の異常にもしかしたらヘンゲとの契約が影響しているかもしれないと推測した。

 父の所業を憎みながらもそれでも父が人外に成り果てる姿を見たくなかった右近は意を決して銀星に会いに行った。


「銀星叔父さん。父について話したい事があります」


「何の話しかな?」


「父の……犯した罪についてです……」


 右近は自分の知る左近の情報を全て銀製に話した。


「父さんがこれ以上人の道を踏み外すのは見たくない! けれど……、俺では父を止められない……叔父さん、どうか父を止めて下さい!!」


「……わかった。だけど、それには君も協力してくないと。その覚悟はできてる?」


「勿論です!」


 銀星は右近と協力して、まずは左近と親しい者や左近の味方を排除して左近を孤立させていく。

 それが完了すれば銀星は物部一族の長老衆を集め、右近と共に左近の犯した罪の数々を告発した。


「まさか、左近がそんな事を……」


「父は昔から銀星叔父さんと比べられて自分に何の才能が無いことに劣等感を持ってました。その所為で父は家族や一族のことよりも自分が才能や権力を手に入れる事にとても執着しています」


「しかも、兄の左近はかつて物部一族を追放した近衛一族に協力してこの国を乗っ取ろうとしています。それは星皇陛下も知るところです。かつて星皇家に仕えた物部の宗主たる者の――いや、もはや人の所業ではない。私は左近を宗主の座から排斥する事をここに提案します」


「止むを得んな……」


「それに否はない。だが、誰が宗主になるのだ?」


「宗主の跡継ぎとはいえ、外道に堕ちた左近の息子の右近では外聞が悪いし、皆が納得しないぞ」


「僭越ながら。兄左近の代わりに私が宗主を引き継ごうと思います」


「銀星が?」


「弟の鉄慈や右近君からも了承は得ています」


「若輩の自分よりも若くして本家から独立して一代で物部本家を上回る財を成した銀星叔父さんが相応しいと思います。鉄慈叔父さんも自分には向いていないと仰っていました」


「それしかないか……」


 銀星は左近の心の拠り所であった宗主の座を奪い取った。




 全ての準備を整えた銀星は左近の家に乗り込んで左近と対峙する。

 私服姿の星軍所属の部隊が左近を逃さないよう家の周囲を取り囲んだ。

 星皇は左近を捕縛するために密かに星軍を派遣したのだ。


「兄さん、あなたの罪は全て右近君から聞きました。せめて自首して下さい」


「おのれ右近め! よくも私を裏切ったな!」


「違います。右近君は兄さんを裏切ったのではなく、兄さんの凶行を止めようとしたのです」


「同じ事だ!」


「父さん! もうこんな事は止めてくれ! 自首して母さん達を殺した罪を償ってくれ!」


「ええい、煩い! ……こんな事もあろうかと用意しておいて正解だったな」


 全てが露見して追い詰められた左近は、自分が発明した姿隠しの外套――”隠れ蓑”を羽織って銀星達の前から姿を消す。


「なっ!? 姿が消えた!?」


「どこだ! どこに行った!」


 この外套は身に付けた者を通常空間とは別の隣り合う次元に移動し、姿だけでなく音や気配を消す事も可能な魔導具だ。


「……そこだ!」


 それにも関わらず、銀星は【心眼】で左近の居場所を探り当て、持っていた愛刀で左近のいる空間を斬りつける。


『おっと!?』


 危険を感知した左近は慌ててその場を飛び退き、銀星の一閃をギリギリで躱してみせる左近。

 銀星の斬りつけた場所には黒い一筋の線が浮かんでいた。


「なっ!? 躱された!?」


 外套に付いている頭巾をめくり、嫌味ったらしく銀星に顔だけ出して見せつける。


「危ない、危ない……相変わらず非常識な奴だなお前は。だが残念だったな、銀星! 今の私は何故か体調がすこぶる良い! 絶好調だ! お陰でお前の動きが手に取るように判るぞ!」


 再び頭巾を被ると今度は姿だけでなく、完全に気配と音を消して常人とは思えない脚力で駆けて行く。


『今度会う時は紫輝を殺してお前を超える時だ!』


 人の域を超えつつある身体能力に別次元に姿を隠せる魔導具を使っている左近に対し、探索手段が限られる銀星達では左近を探し出すことは困難を極め、ついには追跡を振り切られてしまった。

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