第18話

 赤彦は所帯を持つにあたり、鈴と一緒に暮らす為に実家の敷地に離れを建てた。

 赤彦と鈴が実家の大きな屋敷で婚礼を挙げ、新居の離れで初夜を迎えた翌日。


(……そう言えば、紫輝は婚礼の席で欠席していたな。他の家族と顔を合わせたくないからだろうけど。それなら昨日はあんまり食べてないだろうし、朝も家族みんなが揃うから朝餉あさfげも抜くだろう。それなら紫輝の部屋に昨日の料理の残りでも持って行ってやろう)


 赤彦は眠ている鈴を起こさないようそっと起きると、紫輝に持って行く差し入れを手に入れようと母屋の台所に向かう。

 赤彦はそこで物部家で雇っている女中の立ち話を盗み聞きしてしまった。


「――にしても、鈴さんったら上手い事やって羨ましいわよね~」


「紫輝様と二股かけてたんでしょ?」


「紫輝様じゃあね……。私も二人を比べたら赤彦様を選ぶわよ」


「……今の話、詳しく聞かせてもらえないかな?」


「え?」


「赤彦様っ!?」


 女中から詳しく話を聞いた赤彦は急いで銀星と美世の部屋に向かう。


「父さん! 母さん! 大変だっ!!」


「どうしたんですか、赤彦君。朝早くから騒々しいですよ」


「そうよ。新婚早々そんなんじゃ鈴さんに愛想尽かされるわよ」


「それどころじゃないんだよっ!!!!」


 赤彦から話を聞いた銀星と美世は大いに慌てた。


 知らなかったとはいえ紫輝と鈴がお互いに思い合い、夫婦になる約束まで交わした二人の仲を自分達が引き裂いたのだから。


 特に美世はただでさえ紫輝から嫌われ、避けられている現状なのに、今回の一件で決定的な亀裂を生んでしまった。


甚五郎じんごろうの親方に婚礼の時に中止するよう無茶を言われましたが。詳しい理由を聞こうとしたら、他の人の邪魔が入って聞きそびれてしまって……。親方の話はこれだったんですね……」


「私もおトキさんに鈴さんについて話があるって言われたけど同じように邪魔が入って……。それに婚礼の準備で忙しかったし……」


「僕もです。職人頭の次悟郎じごろうさんが大事な話があるって僕の所に来たけれど、招待客との会話を優先してそのまま忘れてしまって……。父さん、紫輝に付けている【折り神】は?」


 赤彦の質問に首を横に振って答える銀星。


 銀星には折り紙で折ったものを実物にする【折り神】の才能がある。

 折り紙で動物を折り、それを実物にして使役し、紫輝の護衛として密かに付けていた。

 これには欠点もあるが、銀星はこの才能を使って商売を成功に導いたのだ。


「最近、紫輝君に折り紙の存在を知られてしまって……。その上、左近兄さんが折り神を封じる何らかの魔導具を発明したようで、紫輝君や左近兄さんに折り神が近づけなくました。その所為で紫輝と鈴さんの事も知りませんでしたし……。今、その対策を考えていた途中だったんです。人を雇いもしましたが、その人が行方知れずになったり、途中で仕事を放棄されたりして……。どうやら兄さんが裏で手を回しているようで、今では誰も依頼を受けてくれなくなりました。なので、私にも紫輝君の居所はわかりません……」


「そんな……」


 真相を知った三人はこの婚礼に激しく後悔した。


 赤彦は鈴を呼び出し、彼女を激しく責めた。


「何でそんな大事な事を黙っていたんだ! 知ってたら僕は君と祝言なんて挙げなかった! 紫輝との仲だって祝福したのに!」


「私達二人は赤彦様や旦那様、奥様は私と紫輝様との仲を知っていると言われました。その上で……紫輝様よりも赤彦様との縁談を臨んでいると言われたんです」


「紫輝はどうして君を守らなかったんだ! 本当に君が大事なら、駆け落ちでも何でも出来たはずだ!」


 赤彦の怒りの矛先が今度は紫輝に向かう。


「紫輝さんを悪く言うのはやめて下さい! 紫輝さんは物部商会の人達から圧力を掛けられてました! 私の両親にも私と別れるよう迫られました! 紫輝さんよりもあなたに嫁ぐ方が幸せになると……それが私や、ひいては紫輝さんの為になると! それでも紫輝さんは耐えてくれてました! でもっ! 旦那様、奥様の力が加われば私達では逆らえない、もう無理だと判断したんです!! だから私達は別れました!!! 今更……今更知らなかったなんて言われても手遅れよ!!!!」


 床にへたり込み、号泣する鈴。

 鈴のその姿に我に返る赤彦。


「それは……すまなかった……」


 鈴や紫輝に怒りをぶつける事は単なる八つ当たりに過ぎない。

 そう気付いた赤彦は居たたまれなくなり、鈴に謝罪するとその場から逃げるように離れた。


 今度は紫輝と話し合おうと部屋を尋ねるが、そこに紫輝の姿はなかった。

 一日経っても紫輝は戻って来なかったので皆で手分けして探す事に。




 先ずは紫輝の動向を知っていそうな人物――紫輝が懐いていた銀星の兄の物部もののべ左近さこんを訪ねた。


「さあ……知らないねぇ。何も聞いてないよ。赤彦君の婚礼の時も紫輝に会ってないし……。最近、体の調子を崩していてね。それで紫輝も気を使って私に相談できなかっかたのかもしれない。紫輝には悪い事しをたねぇ……」


 確かに本人の言う通り左近の顔色は悪く、体調がすぐれない感じだった。


「いえ、休んでいる所をすみませんでした。お大事に」


「紫輝について何か判ったら知らせておくれ」


「はい、必ず」




 次に訪ねたのは紫輝が幼い頃から面倒をよく見てくれた物部商会の元職人の老夫婦やその跡を継いだ老夫婦の息子を訪ねた。


「私達も紫輝坊っちゃんがお付き合いしていた相手が鈴さんだと知ったのは婚礼の当日でしたからねぇ……」


「いやね。オイラ達が赤彦坊ちゃんと鈴の婚礼に出席するのに物部家に向かう途中でね。服が泥だらけでボロボロの紫輝坊っちゃんと会ったんでさぁ。尋常じゃない様子だったんで、その場で無理やり事情を聞きだして知ったんでさぁ。紫輝坊っちゃんが鈴さんと付き合ってた事を……。それで、肝心の紫輝坊っちゃんの居所についてですが……あっし達も皆目見当がつきやせん。すいやせん……」


「親父達と一緒に紫輝を見つけて事情を聞き出した後に、紫輝を連れて物部の屋敷に行ったんだが……ちょっと目を離した隙にいなくなったんだ。お前に事情を話そうとしたけど、他の招待客の相手をするのに忙しそうだったし。それにこの縁談に関わってた奉公人の奴らに邪魔されてな……。それで俺達だけで紫輝を探したんだが……見つからなかった。これからもう一度、職人達を集めて紫輝の行方を探す所だったんだ」


「そうですか……すみません。ご迷惑をお掛けします」


「良いって事よ。紫輝は俺にとっても息子のようなもんだからな」


 紫輝の家族は知り合いの手を借りて紫輝の居所を探し回ったが、結局見つける事は出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る