第17話

 紫輝が十五になった頃、とある少女と知り合った。


 その少女とは男女交際する仲にまで発展し、ゆくゆくは夫婦になる約束を交わした。

 相手は物部商会や外松侯爵家の取引先の羽黒はぐろ商会で働いていた武内たけうちすず

 周囲からは性格や器量が良いと評判の紫輝より一つ年上の少女だ。


 二人の関係が始まったのは外松侯爵家で鈴が落とした大事な財布を紫輝が拾ってあげたのが切っ掛けだった。


 だが最近、鈴が働いている羽黒商会の商会長の羽黒と番頭が見目麗しい鈴を使って物部商会の跡取りである赤彦を籠絡させて操ろうと企んだ。


「物部商会の赤彦が鈴に思いを寄せてるそうです。旦那様、これを利用してはどうでしょう?」


「赤彦を操り人形にして物部商会を乗っ取れと? 番頭、お主も悪よのう! しかし、商会主の物部銀星は【心眼】を持っているらしい。気取られないよう慎重に行動せねばな」


 その為には鈴と付き合っている紫輝の存在が邪魔だった。


 先ずは二人を別れさせようと鈴や紫輝の周囲の人間に働きかけた。

 鈴の両親は羽黒から赤彦との縁談を進められ、元々紫輝の事を良く思っていなかった二人はこれ幸いにと紫輝に別れるよう迫った。


「紫輝さん! どうか娘と別れてやってくれ! アンタじゃ鈴を幸せに出来ない!」


「娘の幸せの為にお願いします! 鈴の事を諦めて下さい!」


「……」


 実際のところ、羽黒の勧めもあったが、鈴の両親も何の取りもない紫輝に嫁ぐよりも物部商会を継ぐ赤彦に嫁がせた方が自分達も良い目が見れると算盤を弾いたからである。


「紫輝さん、平凡なアンタよりも赤彦さんに嫁いだ方が幸せになれるってぇもんだ!」


「あんな器量良し、アンタにはもったいないよ!」


 鈴の両親や赤彦との縁談を進める羽黒とその協力者の物部商会の奉公人達は紫輝に精神的圧力を加えてきた。

 何か反論しようにも彼等の言う通りなので反論できず、紫輝はただ耐えるしかなかった。


「それにアンタの両親の銀星さんや美世さんもアンタより赤彦さんの方が良いってよ!」


 嘘である。


 銀星と美世は何も知らないし聞いてない。


「協力、感謝するよ」


「いえいえ。その代わり約束はちゃんと守って下さいね」


「勿論だとも!」


 物部商会の奉公人達は、羽黒に協力する事でその見返りに物部商会での出世を約束していた。


「どうだい? この縁談?」


「あら、良いんじゃない?」


「そうだね。鈴さんのような気立ての良いお嬢さんは滅多にいないですからね」


 銀星と美世もこの縁談には乗り気だ。

 美世の【占術】でも良縁と出た。

 赤彦も満更ではなかったし、以前から鈴の事を思っていた赤彦としては寧ろ臨む所である。

 縁談の話はどんどん進み、鈴はいつの間にか赤彦と夫婦になる事が決まった。

 ここに至ってしまっては紫輝も鈴も強情を張る事など出来ない。


「別れよう……」


「うん……」


「赤彦兄さんならきっと鈴さんを幸せにしてくれるよ」


「うん……」


「さよなら、鈴さん……」


「さよなら、紫輝さん……」


 二人は自分達の心にけじめを付ける為、最後に言葉を交わして別れた。

 鈴と別れた後――紫輝は三日三晩泣き続け、そして四日目の朝。


「我が人生に伴侶は要らぬ! 鎧騎があれば……それで良いっ!」


 などと厨二病的な悟りを開き、生涯独身を貫く決心を固めた瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る