第16話
紫輝は七歳の頃に一度死にかけた事がある。
当時の紫輝は生まれながらに六つの才能を持ち、その内三つはどれも破格の能力でどれか一つでも持っていれば”千年に一人の天才”と呼ばれるものだった。
ある日の事、邪悪なヘンゲがその才能を狙って紫輝に襲い掛かった。
ヘンゲとは悪霊、怨霊、生霊、妖怪、魔物などの事を総称して言う。
「てめぇ!! 紫輝に何してくれてんだオラァ!!」
物部一族きっての問題児だった紫輝の兄で三男の
自分の大切な家族を傷付けられて怒り狂った黄汰はヘンゲを嬲り殺しにするが、ヘンゲは死の間際に最後の力を振り絞って紫輝に死の呪いを掛けた。
その呪いはとても強力で紫輝と黄汰の母である
呪いの解呪に成功はしたけれど、紫輝の身体と魂は不安定で弱っていた。
このままでは命の危険がある。
そこで美世は黄汰の【魔法】で紫輝の身体と魂を活性化させられないか、そして失われた記憶と才能を取り戻せないかと手探りで色々試してみた。
「痛いっ!? 痛いよーっ!!」
「辛いだろうけど我慢してね紫輝……」
「紫輝、これはお前の為なんだ!」
その甲斐あって紫輝の身体と魂は安定し、人並みの健康を取り戻した。
代わりに美世と黄汰の二人は紫輝から嫌悪の対象とみなされ、避けられるようになった。
健康は取り戻せたものの紫輝の記憶は取り戻せず、才能も依然として失われたまま。
紫輝がスキルを失った事が周囲に知れ渡ると今まで紫輝を神童と言って持ち上げていた者達は一転して紫輝を馬鹿にし蔑んだ。
長男の青史郎はそんな紫輝の状況を憂い、少しでも紫輝の為になるようにと母の美世や父の銀星が止めるのも聞かず、紫輝に半ば無理やりに自分が得意な【学問】や【武術】を叩き込んだ。
「紫輝! 九九を間違えずに唱えながら素手でこの石を砕けるようになるんだ! コツは呼吸だ!」
そう言うと、青史郎は紫輝に実演して見せる。
「インイチが一! インニがニ!――」
青史郎が九九を唱えながら地面に並べた石を次々と砕いていく。
「――クク八十一! ……ふうっ! これが出来るまでご飯はお預けだ!」
「うわぁ~んっ! こんなの無理だよぅ!!」
「諦めるな、紫輝! ”何事も為せば成る”、だ!」
しかし、それらは紫輝には合わないようで身に付かなかった。
青史郎はその事で紫輝にとって恐怖の対象になってしまい彼は凹んだ。
家族や兄弟の紫輝に対する対応の不味さを見かねた次男の
「紫輝、外に遊びに行こう!」
ある日、いつものように赤彦と連れ立って街へ出掛けると広場に人集りが出来ており、その中心には人の背丈よりも高く、全身金属で造られた人型の乗り物――”鎧騎”があった。
それが紫輝と鎧騎との運命の出会いであった。
鎧騎は広場を縦横無尽に駆け巡り、人が到底持てないような重量物を持ち上げて見せた。
その光景を憧憬を持って見ていた紫輝はその後も鎧騎が忘れられず、鎧騎に対する思いを募らせていった。
「鎧騎……乗ってみたい! 自分で作ってみたい!」
紫輝は鎧騎の事を知りたくて、知ってそうな人物――兄の青史郎と黄汰に尋ねる事にした。
これには相当な覚悟が必要だった。
何せ、二人は自分の事を嫌っている。
そんな自分の質問に素直に答えてくれるとは思わなかったから。
「あのぅ……青史郎兄さん、黄汰兄さん。鎧騎の事、知ってたら教えて下さい………」
紫輝は二人に消え入りそうな声で尋ねた。
「え? 鎧騎?」
「つい最近、この領地を治めてる華族のオッサンが発明した人型の乗り物の事か?」
二人も鎧騎については噂程度しか知らなかった。
だが、それよりも――
((紫輝が……紫輝が昔のように自分を頼ってくれたっ!!!!))
記憶とスキルを失った紫輝のためにと思って自分達なりに紫輝に尽くしてきたつもりが、その紫輝に嫌われてしまい、ちょっと――いや、かなり凹んでいた二人は可愛い弟の為に張り切った。
二人はほうぼうを駆け回り、鎧騎の情報や資料を掻き集め、果ては鎧騎を作った本人である
外松は侯爵家の当主であるが、領地運営の全てを有能な妻にぶん投げて、自分は大好きな発明や研究に勤しむ奇人として有名だった。
「「鎧騎について教えて下さいっ!!!!」」
「え? 何なの君達?」
突然、二人の子供がやって来たと思ったら地に伏して土下座された。
『ヒソヒソ……』
こちらをチラ見しながら通り過ぎる通行人達。
このままでは侯爵家に悪い噂が立ちかねない。
外松は仕方なく二人を自分の屋敷に招いて適当に相手して帰すつもりだった。
だがしかし、二人と話してみると専門家も舌を巻く知識量と理解力を持っていたではないか。
(ふむ……この二人、中々の逸材だね……)
「君達、僕の弟子になりなさい。そしたら、僕が直接君達の弟君に鎧騎について教えてあげるよ」
「「ホントですかっ!? ありがとうございます!!」」
外松の言葉に感激した青史郎と黄汰の二人は床に額を付けて感謝の土下座をおこなった。
「いや、もう土下座は良いから……ところで、君達の名前はなんてーの?」
「あ、名前も名乗らず無作法をお許し下さい。私は物部青史郎と申します」
「俺は物部黄汰! 青史郎兄貴の弟だ!」
「物部? 君達、物部さんちの子だったの? なるほど、道理で……」
二人は侯爵家の所有する魔導車で外松と一緒に帰宅する。
「この子達、僕の弟子にしたいのだけど」
父の銀星と母の美世は商売のお得意様で領主の外松の登場に驚き、事情を知った二人は青史郎と黄汰を叱った。
外松は適当な所で両親と子供達の間を取り成し、青史郎と黄汰を弟子にしたいと申し出た。
外松の事を良く知る銀星と美世は少し考えると二人の意志を確認してからその場で弟子になる許可を出した。
銀星と美世から子供達を弟子にする許可を得た外松はもう一つの用事――青史郎と黄汰の二人と交わした約束通り紫輝に会った。
初対面の外松に初めは尻込みしていたものの、鎧騎の話を始めると紫輝は目を輝かせ聞き入った。
紫輝の鎧騎に対する熱意に不思議に思った赤彦は自分が持つ能力の一つ――【鑑定眼】で紫輝を調べた。
「紫輝……お前、才能が生えてるぞ!?」
紫輝のその強い思いが切っ掛けとなったのか、紫輝の中に新たな才能――【
博識である外松も聞いた事がない才能。
そもそも鎧騎はこの世に誕生してまだ間もない。
人に才能が芽生える程の時間は経っていないのだ。
外松と黄汰の二人が持つ能力――【解析眼】で紫輝を調べた結果、恐らく紫輝の中にあった失われた能力の残滓が紫輝の強い思いに感応し、寄り集まって【機動鎧騎術】という才能を形作ったのだろうと結論に至った。
「ふむ……君も中々おもしろいねえ。君も私の弟子になりなさい。そしたら、鎧騎の事をもっと教えてあげるよ」
「ホントに? だったら、弟子になるぅ!」
紫輝に興味を惹かれた外松は紫輝に弟子になることを提案。
紫輝はそれを
それから時々、紫輝は外松の屋敷で鎧騎の仕組みについて教えを受けたり、乗せてもらったりしていた。
だがある日突然、美世が紫輝に鎧騎に関わる事を禁じた。
「外松様、申し訳ありませんが紫輝を鎧騎に関わらせないで下さい」
「急にどうしたんだい?」
「それは――」
美世には【呪術】の他にもう一つ、【占術】の才能を持っていた。
美世の占術は的中率八割以上で皇国ではトップクラス。
この【占術】で商売の先行きを占い、銀星の物部商会を助けていた。
その【占術】で紫輝が十五歳になるまでに鎧騎に関わると二十歳まで生きられないとの結果が出たからだ。
「なら鎧騎ではなく、魔動機械について教えてあげるのはどうかな? 紫輝君はかつて【
「……それは、確かに。ですが、約束して下さい。十六になるまで紫輝を鎧騎に関わらせないと」
「うん、わかった。約束するよ」
青史郎には【学問】を。
黄汰には【錬金術】を。
外松はそれぞれの得意分野を伸ばすように教え導く。
その一方で外松は紫輝に魔動機械の知識・技術を教えた。
「僕の推測では紫輝君は二度と【魔機術】を身に付けることはないだろう。けど、魔動機械の知識やそれを学んだ経験は【機動鎧騎術】を使う助けになる。何せ僕は【魔機術】で鎧騎を作ったのだから」
「なら、私は紫輝が鎧騎を乗りこなせるよう紫輝の身体を鍛えます!」
「兄貴! 俺も手伝うぜ!」
「「紫輝! あの山を十分で往復するんだ! こんな風に!!」」
屋敷の裏にある高さ一◯mの断崖絶壁を駆け上る青史郎と黄汰。
「ひぃーっ!? だからそんなの僕には無理だよぅ!!」
「それ、普通に危ないからやめなさい」
青史郎と黄汰は紫輝のためにと張り切り過ぎてまた暴走。
二人は再び紫輝に避けられるよになって凹んだ。
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