第14話

 ――時は御前会議より少し遡る。


 陸軍本部では御前会議に出席している陸軍長官以外の幹部や将校達が集まって終戦祝の酒宴が開かれていた。


 会議室では仕出しの会席料理が並べられ、どんちゃん騒ぎだ。


 その緩んだ空気に下士官や警護の衛兵まで浮足立っていた。


「どうせなら芸者を呼んでは? ほら、最近売り出して人気の芸者――紗幸さゆきなんかどうですか?」


「そうしたいのは山々だが、場所が遠すぎると断られたのだ……」


「なあに、今度軍令部で祝賀会が開かれます。紗幸も呼ばれるそうなので、その時までの楽しみに取って置きましょうぞ!」


「そうだな」


「それにしても、今回の戦争でまた我々の階級が上がりそうですな!」


「これも”皇国の死鬼”様々ですな~!」


 軍の上層部は通常戦力を投入したとしても任務達成率や生存率が低い任務を今まで死奴に押し付けていた。

 そんな状況で紫輝は【機動鎧騎術きどうがいきじゅつ】と運だけで任務を完遂し、生き抜いて英雄と呼ばれまでに至った。

 彼等はそんな紫輝の功績を我がものとして出世の糧にしてきたのだ。


「英雄の死で市井はその正体を知りたがっている。が、それは永遠に叶わん」


「英雄の正体が世に知られたら我等のやってきた事が世間にバレて身の破滅ですからな~」


 呪具はタグ型で、奴隷紋の呪術の効力が有効であるならば死奴の名前が刻まれたその下に呪術による文字が浮かび、その文字が消失した場合は死奴が死んだ証となる。

 まさか術を解く方法があるとは思わずに服部が持ってきた紫輝に使われていた呪具の効力消失を確認して幹部達は安心しきっていた。


「世界情勢が落ち着いたら次は服部だな」


「そうなれば次の死奴を仕入れる準備をしなくては」


「まあ、革命が成功すればその時は堂々と仕入れられる」


「今度は美女の死奴が良いですな~!」


「いやいや! 美少女も捨て難い!」


「そうですぞ! 若さには敵わない! やはり幼女が一番!」


『えっ!? それはちょっと……』


「何を言う! 熟女こそ最高! 熟女こそ至宝!」


「そうだぞ! 女は六十を過ぎてからが盛りぞ!」


『いや、それもちょっと……』


 そんな幹部達の嘆かわしいやり取りが交わさる陸軍本部の建物の様子を遠くから伺う集団がいた。


「呑気なもんだね~。ここにまで浮かれ具合が伝わるくらい気が緩んでる。これだけの部隊が近づいているのに気付きもしない。軍人失格だよね~」


 移動する車両の中でかつて陸軍の死奴であった服部は独りごちる。

 その服部の後ろには星皇直属の軍――皇軍の陸兵部隊が控えている。

 服部は星皇の勅命により、陸軍本部の制圧という重要な任務を任されていた。


「あれで良く大戦を勝利できたものだ。彼等を見ていると服部隊長や物部君の働きが大きいと実感させられます」


 服部は隷属紋から解放された時に今までの功績を認められ、星皇より直々に星軍で少佐の階級を承っていた。


「死んで逝った皇国の英霊達の働きも忘れてはいけないよ、百地ももち少尉」


「そうですね……口が過ぎました。申し訳ありません、服部


 百地三太郎ももち さんたろうも元は死奴であったが紫輝よりも先に救われ、表立って動けない服部の代わりに皇軍の諜報員として裏で密かに活動していた。


「それじゃあ、百地副長は本部の制圧をよろしく~。俺は罪人達の捕縛に行くから~」


「了解しました」


 百地は部隊を率いて陸軍本部の警護の兵士の無力化と建物内の制圧を開始。

 星皇と皇国に対する反逆と国家乗っ取りを企む華族達の持つ戦力の完全無力化を行う。


 この制圧作戦は同時並行で行われていた。


 皇国軍司令部は西條長官が、海軍本部は海本十六夜うみもと いざよい大将が制圧。


 議会の議員達は北斗皇子が、その他の見逃せない人物は西條長官が捕縛に向かった。


 今回、このを企んだ全ての元凶である華族達の首魁――近衛晃このえ あきらは既に星皇が自らの手で直々に処断した。


 そして、服部達が今から皇軍の陸兵部隊を率いて陸軍本部を制圧する。


「どうも~! こ~んに~ちわ~っ!」「


 陸軍の幹部達が集う部屋の扉を勢いよく開いて中に入る服部。


「ん? 服部?」


「貴様、何故本部にいる?」


「我らはこれから終戦祝の酒宴で忙しいのだ! 可及かきゅうの用事でなければ後にしろ!」


「ちょっと待て。その制服は何だ? それにその後ろにいる奴らは?」


「あ、酒宴は中止で。それと、今の自分は星軍の大佐なんで。そこんトコよろしく~」


「貴様が星軍の大佐だとっ!?」


「どういう事だ!?」


「平たく言えば、星皇陛下はアンタ達の企みは最初から全てお見通しだって事。自分はその星皇陛下と”皇国の死鬼”の家族に救われましてね~……。その恩返しとてめぇらに仕返しする為に星皇陛下の星軍に入ったんですよ~。あ、そうそう。命が惜しければ大人しくしておいた方が身の為ですよ~」


(まあ、大人しく捕まってもここに居る時点で全員極刑確定なんだけどねぇ……)


 幹部の一人がこっそりと金庫の中から服部を縛る呪具を取り出し、それを通して命令を発動する。

 その様子を冷えた視線で見ている服部。


「あ、それ、無駄なんで。もう隷属紋の呪術を解呪してるんで」


「うるさい! 死ねっ、服部っ! ……なぜ死なん?」


「だから~、人の話を聞けよカス! それに良く見ろよ~! その呪具の効力、消失してるだろううが!」


「なっ!? そんなっ!?」


 素早く拳銃を引き抜き、服部は呪具を発動しようとした将校の額を撃ち抜く!


「星皇陛下から抵抗するならその場で処断して構わないと御指示が出ている。良く考えてから行動しろよ」


 ドスの効いた声で恫喝する服部。


「こ、ここでそんな事をすれば、衛兵が……」


「ここに俺達がいる時点で無駄だと悟れよ」


 そこへ百地が報告へやって来る。


「隊長! 陸軍本部の無力化及び制圧完了しました!」


「ご苦労さん、百地副長。ついでに彼等の捕縛もお願い」


「了解しました!」


 そこで百地の名前を聞いた幹部の一人が反応する。


「百地、だと? もしかして……子爵家の跡取りだった百地ももち三太郎さんたろうか?」


「馬鹿な!? 貴様はガガ島で戦死したはず! まさか、貴様も……っ!」


「あははっ! 取るに足りない死奴の名前を覚えてくれていましたか! それは光栄ですね! では、その御礼に優しく捕縛して差し上げましょう!」


 そう言うと百地はたった一人でこの場にいる全員を瞬く間に気絶させた。


「百地副長、お手柔らか……早っ!? もう気絶させちゃったの!?」


「はい! これなら手荒な真似をせず”優しく捕縛”出来ますからね!」


 死奴に堕とされるだけあり百地は優秀で、身体能力と戦技の才能に至っては超人の域に達していた。


 百地はこの日一番の良い笑顔で服部に返答すると、部下に命じて気絶させた陸軍の幹部や将校達は拘束具を付て車両で星軍本部に連行し、それ以外は本部内にある密室に閉じ込めた。


「それじゃあ、後は陸軍が隠匿している不正や犯罪の証拠なんかを回収しますか~。何が出るか楽しみだね~……」


 服部はそう言うと鼻歌を歌いながら部下達を連れて陸軍長官室に向かい、棚に隠された隠し部屋の中に入って行った。

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