第13話

――世歴一九四五年 八月


 季節は夏。


 暑さと大量に湧いたセミによる大合唱に辟易へきえきする中。


 六年の長きに渡る戦争が終り、平和が訪れた事で皇国民は安堵した。


 共産国の皇国侵攻から始まった戦争は、最終的には共産国を裏で操っていた合衆国と卑怯な手で皇国の領土を奪おうとした連邦国を打ち破り、勝利という形で終戦を迎えられた。


 その共産国は終戦後も革命軍と戦いに明け暮れ、合衆国と連邦国では魔導核爆弾で首都にあった中央政府が消滅した所為で国内の統率が取れず未だ混乱が続いたまま。


 それに加えて魔導核爆弾を使用した影響で化け物に変じた人間や動植物や次元の狭間から湧き出す異形の獣の対処に国民は悩まされた。


 そんな敗戦国の状況を尻目に皇国では閣僚や幕僚が集められ、終戦後初となる御前会議が開かれていた。


「長い戦争もようやく終わりましたな……」


「今回の戦争は規模が大きかったですからな~」


「共産国と合衆国に挟まれた時にはヒヤリとしましたぞ!」


 和やかな雰囲気で始まる会議。 

 首脳陣はこれから行われる戦後処理について話し合われる。

 各項目毎にお互いに情報交換しながら話し合い、時に星皇の意見を求めて会議は進む。

 だが、出席する首脳陣の中で誰一人としてこの会議の違和感に気づく者はいない。


「……」


 その様子を黙して見守る星皇。


 時折、皇太子の近習である物部青史郎が星皇に何事かを知らせに来る。


「問題は共産国・合衆国・連邦国に対して我が皇国が要求する賠償ですな」


「それと軍縮だな。早々に軍備増強されて再び皇国に牙を向けられたらたまらん。……まあ、今の状況ならその心配も少ないだろうが念の為」


「共産国はまだ政府が健在だが、いつ現政権が革命軍に倒されるかわからん。早めに賠償金をせしめねば」


「あいつ等、領土で払うと言っておるぞ。しかもその場所は魔導爆弾の爆心地だ」


「何もかも吹き飛んで更地だろうに。巫山戯た話だ……」


「反乱軍が勝ったら条約が反故にされかねんし、領土など貰っても魔導爆弾の影響が大き過ぎる。金が無いなら金銀宝石等の財物で良いだろう」


「合衆国と連邦国の賠償もそれで行きましょう」


「それと王国から帝皇国戦争で貸した金を返せと請求が来ております」


「今頃か? 今更だな。もう返済する必要は――」


「それについては私が対処


 今まで黙っていた星皇が口を開く。


「星皇陛下が?」


「そもそも帝皇国との戦争時に王国から金を借りる条件として提示された空富当からふとうの開発を私が許可したにも関わらず、当時の政権が私に無断で取り消した。例え国民からの反発があろうと国際間での大事な取り決めを破るなど言語道断である。よって王国側に借用していた金銭を、今までの利子を含めて空富当からふとうの割譲で返済


「いっ、今何とっ!?」


「例え星皇陛下といえど、それは流石に勝手が過ぎますぞっ!!」


「どうか御考え直しを!!」


「くどい。それに私はと言ったはず。もう既に譲渡は済んでいる」


「そんな……」


「当時の政権のように現政権のお前達に勝手をされては堪らんのでな。内密に事を進めさせてもらった」


「それは国民に対して背信行為ですぞっ!」


 立場をわきまえず、あろう事か自分達が仕えている主君である星皇に対して罵詈雑言の暴言を吐く首脳陣達。


 そんな彼等の様子に心の内で呆れれる星皇。


「……良く口が回るものだな。流石は主君であるはずの私に弓引くだけはある」


「えっ……?」


「私が何も知らぬとでも思っていたか? 残念だったな。全て調べがついている。議会や立法会、軍部を独占しているお前達――伯爵以上の上級華族が星皇家に取って代わり、この皇国を支配しようと計画していた事はな」


 出席している首脳陣の企みを暴露する星皇。

 星皇の彼等に向ける視線はとても冷たい。


 だが彼等は罪状を突きつけられてもそれを認めず素っ恍ける。


「いっ、一体何の事ですかな?」


「……どうやら星皇陛下はお疲れのようだ。会議は一旦中止にして後日、日を改めて会議を開きましょう」


「誰かっ! 近習頭きんじゅうがしら近衛このえ殿を呼んで来い!」


 首脳陣は星皇が乱心した体を装い、自分達の助けとなる人物を呼び寄せてこの場を切り抜けようとした。


 しかし――


「首謀者である近衛このえあきらはもういないぞ。既に私の手で処罰したからな。議会や皇国軍司令部、陸・海軍本部は星軍がたった今制圧が完了した。他の主だった華族も捕縛した。後はこの場にいるお前達だけだ」


「なっ!?」


「お前達、まだ気付かないのか? 星軍関係者がこの会議に出席していない事に」


「っ!? そ、そういえば……西條さいじょう長官や海本うみもと大将達がいない……」


「そ、そんな……」


 この会議の違和感――それは本来出席して然るべき人物が欠席している事だった。

 それを星皇に指摘されて漸く気付く出席者達。


「幼少のみぎりより仕えていた近衛が良からぬ事を企んでいるとは思っていたが……まさかそのような大それた事を計画していたとはな。それも一族挙げて百年前からの策略とは恐れ入る。獅子身中の虫とはまさにこの事よ。それと――この血判状を見よ!」


 星皇が青史郎の持つ盆に載せられた書状を手に取り、首脳陣の眼の前にある机の上に書状を広げて見せつける。


「子爵以下の大勢の華族より陳情が来ておる! お前達上級華族に搾取され、国に収める税が払えぬとな! お前達は華族を何だと思っているのだ!」


 今を生きる華族達は勘違いしていた。


 先祖の犯した過ちで得たものを当然の権利と思い込んでいたのだ。


 華族とは言わば一種の職業であり、階級は役職である。


 それに相応しい人格と能力を持つ者を国政を担う政治家と華族達が推薦して星皇が任命する。

 そして星皇家に仕えてこれを助け、領地を収めて国や国民に奉仕するのが仕事だ。


 その華族が引退すれば別の人物が再び選ばれ、それを引き継ぐ一代限りのもの。

 だが、いつの頃からか任命した華族の一族が代々継承するようになってしまった。


 法が変わってそうなった訳ではない。

 時の流れの中でいつの間にか慣習としてそうなったのだ。


 私心に囚われ、本来の役割を忘れた今の華族は皇国にとって害悪でしかない。

 このままでは皇国は近々きんきん滅んでしまう。


 その歪みと間違いを今こそ正す時と星皇は決断を下した。


「私は今ここに華族制度の廃止を宣言する!」

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