第10話

 紫輝が潜水空母”月読つきよみ”に収容されてから三日が過ぎた。


 目的地である北方六島に到着するまで最低でもあと四日は掛かる。


 南斗達は無我と共に自身が所属する空母”天照あまてらす”に帰還した。


  無我の一件で問題を起こす事はないと判断された紫輝は、兄である青史郎少尉が監督する事を条件に月読艦内をある程度自由に移動できる許可が下りた。


 紫輝はここでは個室で閉じ籠もっているだでやる事も無いだろうと、南斗みなとの計らいで飛天の整備の様子を見学させてもらえる事になった。


 「……これが飛天の内部構造か。やっぱり、量産機だけあって整備されやすいよう構造が簡素化されてますね」


「陸軍の飛翔型鎧騎”烈空れっくう”に比べりゃあ性能も控えめで作りも簡素だが、その分性能のバランスと整備性にゃあ優れてるぜ!」


「陸軍の機体は陸軍本部のお偉いさんの考えで高性能を追い求める傾向にありますからね。その分、魔導力燃料の消費が激しくて稼働時間が短いし、整備性も良くない。自分は飛天の方が好みですね」


 月読の整備責任者――せき孫六まごろく伍長と鎧騎談義に花を咲かせる紫輝。


「しっかし、ここ三年で技術の進化が凄まじいぜ! 鎧騎が空を飛ぶなんて思いもしなかったからな! 俺達整備兵も技術に追い付くのに難儀するわ!」


皇都大学こうとだいがくの外松教授と陸軍技術開発局の司馬局長のお陰ですね」


 外松そとまつ義正よしまさ――侯爵の爵位を持つ華族で世界にその名を轟かせ発明の天才で、世間では”発明の父”とも呼ばれている。


 そして青史郎と黄汰、それに紫輝の師匠で現在は皇国の首都――皇都こうとにある皇都大学で様々な研究と後進の育成を行っている。


「ああ! 華族でありながら平民にも分け隔てなく接して人望も厚い! 同じ華族でも司馬局長とは大違いだぜ!」


 司馬しば玄人くろとは外松の弟子の一人で紫輝とは面識はないが兄弟子に当たる。


 子爵の爵位を持ち、鎧騎を含めて今まで様々な兵器を短期間で設計・開発してきた天才だが、尊大で自分本位な性格なので人から嫌われている。


「ここだけの話しだが。”司馬局長は他人のアイデアや発明をパクってる”なんて黒い噂がある。一応、飛翔装置の発明は司馬局長になってるが、それも誰かからパクったんじゃないかって疑惑を持たれてるんだ」


 関が紫輝に小声で耳打ちする。


「案外、物部二等兵のアイデアや発明もパクられてるかもな。無我みたいに」


「ははっ、まさか!」


(まあ、鎧騎を民間に普及してくれるならパクってくれてかまわないけどね。何せ鎧騎はまだまだ目玉が飛び出るくらい値段が高いし)


 関の話に心当たりがなくもないが、証拠もないしここで話す事でもないのでその場は冗談として笑って済ませた。


「話しは変わるが……物部二等兵は戦争が終わったらどうする? 実家に帰るのか?」


「自分は本来は学徒兵ですからね。できれば皇都こうとにある鎧騎専門学校に復学したいんですが……難しいでしょうね」


「そうさなぁ……お前さん、死んだ事にされて戸籍も抹消されてるからなあ……。学校の方も除籍になってるだろうし。そこは兄貴の物部特務少尉に相談したら良いんじゃないか?」


「……できれば、兄には頼りたくはないんです。俺は兄に嫌われているので……。それに家族ともあまり仲が良くないので……実家にも帰り辛いですし……」


 少し言い難そうにして兄や家族の事を話す紫輝に対して不思議そうな顔をする関。


「そうか? とてもそんな風には見えなかったぞ? ここにお前さんを連れて来る時だって、南斗皇子に”飛天を見せてやって欲しい”って頼み込んでたし。俺にだって事前に”鎧騎の話を聞かせてやってくれ”って、わざわざ頭を下げて頼んで来たしよ」


「えっ?」


「お前さんの話をする時なんて、そりゃあもう嬉しそうな顔してたぞ。本当に嫌ってる相手ならそんな顔しないって」


「……」


「お節介かもしれんが、兄貴や家族と一度じっくり話し合ったほうが良いぞ。でないと、後で後悔するかもしれんからな。俺も息子がいるんで他人事とは思えんのよ」


 家族の紫輝に対する接し方についてそれぞれの事情を既に青史郎から聞いてはいた。

 紫輝も子供ではない。

 頭では理解できる。

 だがそれでも心の整理がつかないし、未だ納得できない部分もある。


「……考えておきます」


 関の忠告に今は言葉を濁して答える事しか出来ない紫輝であった。 

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