第7話

「んな事、俺に言われてもな~……」


 あれから紫輝はそのままこの個室に隔離され、扉の外では見張りの兵士が一人立っている。


 出された食事を平らげ、コーヒーを啜りながら青史郎から聞いた話を頭の中で整理してこれからの事を考える。


「まあ、暗殺される前に助けてもらえたのは御の字か……」


 皇国軍や華族達に捕らわれていた死奴が救出された(凶悪犯罪者など一部を除く)タイミングでの紫輝の暗殺命令。

 しかも、暗殺時期は合衆国との艦隊決戦の最中。


 青史郎達にとっては紫輝を救出する絶好のチャンス。


 艦隊決戦中のドサクサに紛れて紫輝の戦死を装い、効力を失った呪具を紫輝が死んだ証拠として服部が提出すれば軍の上層部も疑う事はないだろう。


「でもな~……」


 家族が自分の窮地を救ってくれた事には感謝している。


 ただし、紫輝と家族とのわだかまりが解けたわけではない。


 幼い頃の記憶を思い出す。


 長男の青史郎せいしろうは教育と称して常に厳しくされた。


 次男の赤彦せきひこ夫婦めおとになる約束を交わした女性を奪った。


 三男の黄汰おうたには魔法の実験台にされて苦しめられた。


 母親の美世みよは何かに付けて自分のやる事に口出しして、特に自分の好きな鎧騎に関わる事を嫌い、禁じた。


 父親の銀星ぎんせいは自分に対してまるで他人のような喋り方で接する。


 そんな家族の中で物部本家の宗主で伯父の物部もののべ左近さこんは自分にとても優しく良くしてくれた。


 これにはそれぞれぞれの事情があり、その理由を青史郎から聞かされて知った今でもその事実を素直に受け入れられなかった。


「……取り敢えず、厠に行くか」


 コーヒーを飲んだ所為か、尿意をもようした紫輝は施錠された扉をノックして外にいる見張りの兵士に声を掛ける。


「あの~……、かわやに行きたいのですが……」


「ん? わかった、今開ける」


 鍵が解除され、扉が開けられる。

 外に出ると見張りの兵士が付き添いでトイレまで案内してくれた。


「……何か艦内が慌ただしくないですか?」


 潜水艦の狭い通路を数人の兵がせわしなく行き交う。

 静粛性を求められる潜水艦では人が発する音も抑えなければならないはずなのに今はそれを気にする様子がない。


「物部二等兵は捕虜でもないし……まあ、話しても構わないか……」


 そして兵士から驚くべき話を聞かされた。


 連邦国が突如不可侵条約を破棄し、皇国に宣戦布告。

 北方六島に侵攻して来たのだ。


「それって国際法違反では?」


「”勝てば官軍、負ければ賊軍”てな。戦争に勝てば条約違反を責められなくなるって腹積もりらしい。それに皇国も三十年前に王国相手に似たような事したし。他国の事は言えんさ」


 三十年前――皇国は連邦国の前身である帝皇国との戦争で戦費を賄う為に王国から莫大な金銭を借り受けた。


 代わりに王国は皇国が勝利した暁には領土紛争で戦争の切っ掛けとなった”空富島からふとう”で資源開発させろという要求を星皇は承諾したのだが、それを政府が星皇に無断で反故にし、借金を踏み倒したのだ。


「今はその対応のためにこの月読と大連合艦隊は急いで北方六島に向かっている最中だ。もしかしたら、”皇国の死鬼”の出番があるかもな」


「皇国の死鬼は死にました」


「ああ、そうだったな。そうなると……我らが南斗みなと皇子に頑張ってもらわねば」


 南斗皇子は星皇の次男で階級は少尉。

 星軍にて鎧騎乗りの操縦士として活躍している。


「先の戦いでも新型の鎧騎で凄まじい戦果を上げられた。ただ、新型の”無我むが”は性能が高い分、扱いが難しいらしいが」


(無我だって?) 


 紫輝は思わぬ所で自分が組み上げた鎧騎の名を聞いて驚く。


「……もしかして、陸軍兵器開発局から納入されたヤツですか?」


「ああ、そうだ。知ってるのか?」


「知ってるも何も――」


 紫輝は無我について説明した。


「驚いた。お前さんが無我を開発したのか……。じゃあ、今のままだと危険なのか?」


「無我は飛翔時の制御が難しい機体ですからね。常に気を張っておかないといけないし、油断したら墜落もありえます」


「わかった。この事は上に報告しておく」


 兵士は紫輝を再び個室に戻すと、自分の上司に報告に向かった。

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