第19話 モントークでの週末

 一週間後の週末に、梨花の家族とアリーナの家族はブルックリンのアトランティックアヴェニュー駅で待ち合わせて、ロングアイランドの祖父達の家まで電車で行った。

駅には梨花の祖父母が、ワゴン車で迎えに来てくれていた。

2人は、アリーナ一家を歓迎してくれた。

モントークはニューヨークの高級リゾート地ハンプトンの隣の街だ。


 宗介夫婦は15年前にブルックリンから引っ越してきたが、その頃は今よりも静かだった。

梨花は子供の頃から、毎年夏休みは遊びにきていたが、パンデミックの後来たのは初めてだ。

真と沙羅、真知子は食事の用意で家に残った。

アリーナの母親のサーシャと弟のアレクサンダー、梨花と海斗は海岸で砂遊びをしていた。

海斗とアレクサンダーは歳も近いので、すぐに仲良くなった。

 アリーナ父親のミハイルと宗介は釣りをしていた。

「上手だな、釣りの経験は?」


「はい、子供の頃は大好きで、近所の川でやっていました」


「ドニエプル川か?」


「よくご存知ですね」

釣りの話から、二人はすぐに打ち解けた。


「太平洋戦争中、両親は強制収容所に移されて、私はそこで生まれた」

 

「ええ、そんな事があったのですか」


「辛かったでしょうね」


「ああ、でもアメリカ人が悪いわけじゃない。すべて戦争のせいさ」


「そうですね、よくわかります」


「アメリカに住む日本人は敗戦で、国籍や市民権を剥奪されただけでなく、財産も取られた」


「酷い!」


「それでも、皆が政府に働きかけて大学に行く頃には、市民権も国籍も回復したよ。卒業してからは、日本の商社に勤めてアメリカ人相手に商売をした。日本人は2級市民と言われて、差別されたな」


「大変でしたね」

ミハイルは黙って宗介の話を聞いた。


「アメリカに残った日本人はまだいい方だ。強制送還された日系人は、空襲で焼け死んだり、原爆で被曝した者も多かった。私は社会に出てからは懸命に働き、結婚して子供ができてからは独立した。それが、15年前に真知子が乳癌になった」


「それで、ここに」

 

「あれには独立してから、苦労をさせた。会社と家は知り合いに売って、ここに引っ越してきた。それがせめてもの、罪滅ぼしのつもりだ」


「奥さんは、治ったのですか?」

「ああ、ここにきたことで癌は再発しなくなったよ」


「よかったですね」


「心配だと思うが、戦争もいつかは終わる。アンタは若いし健康だ。さあ、そろそろ戻ろう。食事の用意もできただろうし魚も取れた。これで寿司でも握ろう」


「お父さんが握るのですか?」


「いや、真さんだよ」


「ええ」


「彼は元は寿司職人だ」


「えー、それは凄い」

皆は、家に向かって歩いて行った。


庭でのバーベキューは賑やかだった。

真知子の自慢のガーデニングは、サーシャを喜ばせた。


「とても美しいところですね。お庭も素敵で感激しました」


「嬉しいわ、毎日手入れが楽しくて。このせいで癌も治ったのよ」

  真知子は、ここに越してきた理由を話した。


「ここにきて、本当によかったわ。お父さんのおかげよ」

そこへ、宗介達が戻ってきた。


「おーい、大漁だぞ」

  宗介は、魚篭(びく)を真知子に渡した。


「凄いわ。今お父さんの噂をしていたところ」


「何だ、悪口か?」


「違うわ、褒めていたの。ここはパラダイスだって」


「今まで苦労させてきたから、恩返しをしただけだよ」


「2人とも素晴らしい御夫婦ですね」


「いや、とんでもない。家族に恵まれたおかげだ。さあ食事にしよう」

 真知子は魚をキッチンにいる真に見せた。

  真はそれを受け取り、器用に裁き始めた。


「お父さんの言う通り、真さんはとても料理が上手ですね」


「サーシャ褒めてくれてありがとう。僕は売れない頃は、居酒屋で働いていたんだよ。そこでの仕入れは、お義父さんの店で賄っていた。そして、店を手伝っていた沙羅と知り合って結婚した。でも、暫くは沙羅が生活を支えてくれた。結婚してからも昼間はお父さんの店で働き、週末はライブハウスと働き詰めだった」


「ミュージシャンとして成功してよかったですね」


「おかげさまで、怪我も治ったしね」


「あの事件は、とても残念でした」


  梨花は、その話を聞いて俯いた。


「ミハイルさんはウクライナ人だ。奥さんはロシア人でお互いの祖国が戦っているが、2人はまだいいほうだ。戦争中の日本人は、強制収容所に入れられた。ドイツ人やイタリア人には、そんなことはしなかったのに。しかも日系2世の若者は過酷なヨーロッパ戦線に生かされて、アメリカの為に戦って何人も死んだ」


「僕たちはまだ、ましですね。アメリカで普通に生活ができています」


「2人のご両親はどこにいる?」


「今はロシアにいます」


「戦争は国を破壊するだけで、苦しむのは国民だ」


「だから、やってはいけないのですね」


「その通りだ」


「裏では金を儲けている人間が必ずいる」


「政治家は国の名誉だとか嘘を言って、自分の権力維持をする為に戦争をする。今度の戦争もそうですね」


「戦争で金儲けをする人間がいる限り、戦争は無くならない。私や真さんの時代には世界平和が実現できなかった。梨花、お前達Z世代ならそれができる」

 

「グランパ、私たちにそんなことが本当にできるかしら?」


「できるさ、梨花は17歳でこれからの人生だ。がんばれ、諦めちゃダメだ」

宗介が梨花をアリーナを励ました。

  

その時、真が刺身と、寿司を持ってきた。

「世界平和の為に、何かできないかな? 」

梨花と、アリーナの二人は考えた。


「パパ達みたいにライブをやってみたらどうだ?」


「そうだ梨花、広場でダンスパフォーマンスをやろうよ」

ここにきても元気のなかった、アリーナが突然言い出した。


「それっていいかも。でも、お金がないわ」


「梨花、パパが力になるよ。クラウドファンディングとライブで集めたお金を使おう。いつか社会貢献の為に取っておいたお金だ」


「ありがとうパパ」

  資金は確保したが、スタッフはどうしたらいいかわからなかった。


「どんな風にやるの?」


「私が演出を考えるわ、ねえパパ達も協力をしてよ」

アリーナの提案にミハイルとサーシャは頷いた。


「ああ、もちろんだよ。バレエ団の皆にも協力をして貰えるか聞いてみるよ」


「じゃあ私は、衣装を考えるわ」


「そうね、日時を決めて広場の仲間にSNSで、知らせるのよ。練習する日と時間を決めて、振り付けはイヴォンヌにも手伝って貰いましょう」


「そうだ、マリアに頼んで教会の人にも、ゴスペルを歌ってもらうようにしましょう」


「うまく行きそうだな。集まった投げ銭は、ユニセフに寄付しなさい。ウクライナに寄付すると兵器になってしまうからな」

  真は社会経験の少ない2人に、アドバイスをした

「分かった」

「パパ、グランパありがとう」


「梨花、世界平和の為に頑張ろうね」

 2人は手を取り、成功を誓った。


「さあ、乾杯しよう」

 皆はグラスを持ち上げた。

 

食事の後は、真のサックスで真知子が『You be so nice to come home』を歌った。

真知子は、若い頃ジャズクラブで歌ってたこともあった。

邦題では『帰ってくれたら嬉しいわ』だが、本当の意味は『あなたの元に帰りたい』という訳で、作曲されたのは第二次世界大戦中だった。

兵士たちには戦争に勝つことよりも、早く家族の元に帰りたいという思いでこの歌を聞いていたと。

それはウクライナやロシアの兵隊も、同じで今も変わらない。

その後真が、サックスで『黒い瞳』を演奏した。

それに合わせて、ミハイルとサーシャが踊り出した。

 皆も手拍子で歓迎した。

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