第17話 追悼

事件後の広場には、たくさんの献花が置かれていた。

教会では日曜日に、この広場で先週の事件を悼み、ゴスペルを歌うことにした。

 伴奏は無く、アカペラだ。

 梨花達3人やこの広場で知り合った仲間も集まって参加することになった。


 午前9時になると広場で、合唱団のリーダーがソロで歌い始める。

 リーダの合図で皆が後に続いて歌い始めた。

『アメージングソング』は若すぎた一人の少年の死をさらに悲しくさせた。

 悲劇を思い出し、啜り泣きをする声が聞こえた。

 下を向く人、涙を堪えて歌う人、やがて合唱は終わった。

 

帰り道、3人で地下鉄の駅まで歩いているとマリアが言った。

「ねえ、宗教は人の心を救うことはできても命は救えないんだね。何だか悲しいな」


「でも、マリア。心が救われれば自殺や殺人も減るんじゃないかな? 」


リムの考えに、マリアは空を見上げて深くため息をついた。

「そうかな、なんの為に祈るのかわからなくなってきたのよ」

 

「そうね、宗教による差別もあるしね」

リムが悲しそうに呟いた。

その後の3人は地下鉄の中で、一言もしゃべらずに家路についた。

  

 

事件が起きてから、梨花の中で人種差別について改めて考える事が多くなった。

あの事件から、梨花はジェフとも疎遠になっていて、 広場には事件を思い出すから行くこともなくなった。

広場でのウィリーを抱えたジェフの姿と、父親の事件が頭から離れなくなっていた。

 ジェフは関係ないと、理屈ではわかっていても、もやもやした感情が頭の中に浮かんでくる。

 やはり、ニューヨーク・カーストは存在する。

 ホワイト、ブラック、イエローこの序列が現実だ

 ヒエラルキーは民族でなく、肌の色つまり人種で決まる。

 今回のパンデミックでそのことが、嫌と言うほど梨花には理解できた。

悲しいけどアジア系は、今は肩身が狭く不安な毎日を送っている。

梨花は日々、暗い気持ちで過ごしていた。

 

 この後、3年生が終わる2月末に、誰もが予期しないことが起きた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る