第10話 スリーオン・ゲーム

マリアとリムと梨花の3人は、いつものようにカフェテリアでランチを食べながら、日曜の予定を話していた。

「ねえ、2人で一緒にミサにこない」


「だって私はイスラムよ」


「マリア、私は構わないけど讃美歌でも歌うの」


「そう、新しい讃美歌のお披露目かな。ねえ、お願いだから、2人共一緒にきてよ」

  マリアは2人に必死に懇願した。

 

「そうねえ、バカラオトルタをご馳走してくれるなら」

  リムがマリアに、おねだりをした。


「明日のランチはそれがいいな」

 梨花も、同じくおねだりをした。


「お安い御用よ。2人のためなら」

こうして2人は、マリアの誘いを受けてミサに行くことにした。

 

日曜日の朝早く、リムと梨花とマリアは教会に行くために、近くの駅で待ち合わせをした。

2人共いつもとは、違い少しきちんとした服を着ていた。

デニムやジャージでなく、ブラウスと膝丈のスカート着て足元はスニーカでなく、フラットシューズを履いていた。


「何だかいつもと勝手が違って、変な感じがするわ」

  リムは自分の着ている服を見た。


「うん、でも仕方ないよ」


「そうね、ミサだからね」


「イスラムの時はどうするの」


「一般の人は長袖でロング丈のガウンのような服を着て、肌をみせないのよ」


「まあ、それよりはましか」

2人は顔を見合わせた。


「ハーイー、お待たせ」

マリアは2人を見て目を見開いて、ニヤニヤしながら下を向いた。

「笑ったわね」


「いや。意外と似合っているなと思ったの」


「それより早く行こうよ」


「そうね」


マリアに案内された教会は、広くて天井が高くまるで劇場のようだった。

前方にスクリーン付きの舞台と、オーケストラボックスとDJルームもある壮大な建物だった。

リムと梨花が席に座ると、マリアは舞台に向かって歩いていった。


時間になるとミサが始まり、後半にはゴスペル音楽と合唱が始まった。


そこで歌うマリアは、梨花とリムの知らない姿だった。

リズムに合わせて身体をスイングさせ、高揚感に満ちたマリアの目は輝き魂が弾けていた。


2人もいつの間にか立ち上がり、手を叩いて一緒に歌っていた。

体でリズムを取りながら、皆と合わせる合唱は、1人で歌うのとは違って一体感を味わう楽しみがあった。

歌っていると、あっという間に時間が過ぎて、いつの間にかマリアが戻ってきていた。


「梨花、リム2人共、楽しめた? 」


「とっても、それよりいつからゴスペルを始めたの? 」


「ハイスクールに入る前の夏休みから」


「1人で始めたの」


「ううん、近所に住む福音派の人に誘われたの」


「福音派?」


「そう、キリスト教でイエスの生涯とその死と復活を通して啓示された救いの教えがゴスペルで、カトリックも同じ神様だから参加して見ないかってね」


「マリア、福音はギリシャ語でエバンゲリオンってことよね」

梨花は、マリアに質問をした。


「ええ〜、それって日本のアニメじゃないの?」


「リム、その通り」


「ちょっと。2人共、茶化さないでよ」


「だってマリアは、クリスチャンなのに、どうしてゴスペルを歌うの」


「断りきれなかったからかな。創作讃美歌自体は教派を問わないから、一度来て見ないかって。キリストの教えは分かっていたけど、歌うことでより深く理解ができた気がするの」


「マリアは、新しい発見をしたってことよね」


「あんなに弾けたマリアを見たのは初めてかもね」


「でも、冗談抜きで楽しかったよね。梨花」


「マリア、この讃美歌は歌っていると凄く盛り上がれるよ」    


「目の前で映画の『天使にラブ・ソング』を見ていたよう」


「でしょう。よかったらまた来てね」

マリアは、皆のいるところへ戻っていった。


「梨花、私も何か見つけようかな」

リムは、マリアが羨ましかったようだ。


帰り道の教会のそばの広場では、ストリートバスケをやっていた。

楽しそうなので、リムと梨花は見学をすることにした。

そこへ、ジェフがやってきた。

「やあ、梨花この前とは随分違う格好だね。わからなかったよ」


「ああこれ、二人で一緒に礼拝にいってきたの。ねえリム」


「そうなの。今教会で、ゴスベル歌ってきたの」


「へー、2人とも楽しかったかい?」


「ええっ、とっても」

梨花とリムはお互いを顔を見合って、相槌を打った。


「じゃあ、俺たちのゲームを見てってくれよ。かなりカッコイイから」


「本当かな、あの人達は友達?」


「そう仲間さ」


「ヤバイ、ギャングなの」


「いや、もう足を洗ったからクリーンだよ」


「そうは見えないけど」


「今はみんなで、NBAを目指しているのさ」


「うわー、凄すぎる冗談ね」

梨花が呆れて言い放つと、リムもうなづいた。


「本気さ、プレイを見たら分かるさ」


「期待しないわよ」

ジェフは二人に手を振りコートへ向かった。


 ホイッスルが鳴り、ゲームが始まった。

 選手は全員赤と青ゼッケンをつけてチームが分かるようになっている。

 コートに戻ったジェフはゲームに参加せずに、周りで皆に声をかけていた。

本来ストリートバスケにはルールはなく、カッコよさを見せるだけでファウルもない。

でも、ここではバスケットのルールを用いている。

それ以外にも、独自のルールがあるようだ。

通常のバスケットのルールは、選手が4クォーターずっと出ることが可能だ。

選手交代も何回もできる。

しかしここでは、1ゲームに1クォーターしか出場できない。

怪我でもない限り選手交代はない。

つまり、一つの試合を20人以上で戦うルールだ。

ゲームには、必ずチーム全員が出場すること。

それは出場チームの連帯感を高めるのが目的で、勝つことではないからだ。

その為に主審と副審スコアラー以外にも、選手のチェックをする人がいる。

そして、ゲームの前には必ずお祈りをする。

彼らはキリスト教徒ではないが、参加するにはそれがルールとなっている。

つまり、牧師達の狙いは皆で仲良くこの広場を共有することだ。

参加資格は、10代の男子で人種は問わない。

今エントリーしているのは、エスニックと言われるアジア系、中南米のヒスパニック系、それとギャングと呼ばれる黒人系の3チームだ。

今ゲームをしているのは、アジア系と黒人系のチームだ。

圧倒的に身体能力が強い黒人が有利だが、

小柄なアジア系のチームは、スピードの速さで対抗している。

第2クォーターが終わりスコアは、黒人チームが圧倒している。

第3クォーターからのゲームに全力を注ぐアジア系チームは、選手がウォーミングアップをしていた。


ハーフタイムには各チームを応援するラッパー達が、MCバトルを始めた。

軽妙なやりとりが面白くて、いつの間にかギャラリーが増えてきた。

気がつくと人垣ができていたが、時間切れでプレイが再開された。

ギャラリーはそのまま、バスケの見学を続けていた。

小柄なアジア系のチームが、シュートを決める度に観客がどよめき、大きな歓声が上がった。

 梨花とリムも同じ仲間なので、アジア系チームを応援していた。

しかし、黒人の身体能力の高さには叶わず、僅差で負けた。

全勝の黒人チームが、平日の広場の使用する時間を、最初に選べる権利を得た。

後のチームは勝ち点が同じなら、総合得点の多い方が次の時間を選べて、最後に余った時間を残りチームが使うことになる。

来週の土曜日の11時からは、アジア系対ヒスパニックの試合がある。

翌日の日曜日の11時からは、ヒスパニック対黒人チームの試合が始まる。

そして、平日の使用時間が決まる。


ゲームを繰り返しているうちに、週末になるとギャラリーが段々増えてきた。

すると、ゲームを始まる前とハーフタイムに応援をするラッパーや、ダンスを踊る人達やブレイキンも集ってきた。

いつの間にかその場所が、週末のパフォーマンスの名所となった。

ハームタイムは15分から20分となり、パフォーマンスを披露する時間となった。

 順番は揉めないように、牧師と相談して決めた。

公平を保つ為にパフォーマンをする順番は、前の週の試合が終わった後にくじ引きで決めた。

時間は1グループ2分間で、10組が予定された。

参加する組が多い場合は、翌週に繰り越された。

この事がSNSにもアップされ、今では遠くから見に来る人たちも増えて賑わっていた。

 

牧師の狙い通りに、ストリートバスケをする子達の意識が変わり始めた。

喧嘩はなくなり、仲間意識ができていた。

試合が終わればお互いを称え合うような関係もでき始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る