第9話 ゴスペル
マリアは日曜日には、必ず教会に行った。
カトリック教徒は、ミサでは典礼聖歌を歌う。
アメリカはプロテスタントの国なので、カトリックの教会は少なくて、そのほとんどがマンハッタンに集中している。
マリアが住んでいるのは、ブルックリンのダンボ地区だ。
ここは以前は家賃が安かったので、多くの芸術家が住んでいた。
ブルックリンは今でこそ、オシャレな場所として注目されているが、昔は治安が悪くマンハッタンからタクシーで『ブルックリンまで』言うと乗車を拒否されることもあった。
今は観光スポットとして人気が出てきたので、その分家賃が高騰している。
カトリック教徒のマリアは、以前はマンハッタンの教会までミサに出かけていた。
でも、今はブルックリンの教会でゴスベル音楽にはまっている。
近所に住むキリスト教福音派の友人に、誘われたのが始まりだ。
何度か断ったが、神様は同じだから一緒に参加しようと言われ参加することにした。
マリアは子供の頃から教会の聖歌隊に入っていて、典礼聖歌を歌うのが好きだった。
でも今は、ゴスベルを歌う方が好きだ。
リズムに乗って体を揺らしながら地声で歌っていると、体の中からラテンの魂が騒ぐ気がする。
聖歌隊の歌う典礼聖歌は上品で清らかだが、ゴスベル程の連帯感はない。
ゴスベルの持つ独特の高揚感は、マリアを虜にした。
マリアは教会に毎週1人で通い、練習を重ねてきた。
このことはリムも梨花も知らない。
いつかここに二人を招待して浴衣着た時のお返しに、驚かせてやろうと考えていた。
ゴスペルとの出会いにより、マリアの宗教観も変化してきていた。
アリーナや梨花の宗教観を見て、多神教にも興味が出てきた。
メキシコにカトリック教徒が多いのは、スペインが植民地統治の為に無理やり信仰させたのが始まりだ。
土着の宗教は否定されて無くなってしまったが、風土に根付いた独特の教会文化がある。
マリアはキリスト教以外の民族的な宗教に、段々興味が湧いていた。
マリアはミサが終わって帰ろうとすると、広場で少年達がストリートバスケをやっているのに気がついた。
近づいてゲームを眺めていると、突然他の数人の少年が割り込んできた。
割り込まれた方の少年達は、黙っていなかった。
彼らはゲームを止め手、大声で抗議をし始めた。
少年たちはいつ殴り合いが始まってもおかしくないくらいに、危険な状態だった。
その時騒ぎを聞きつけた、黒人の牧師が来て仲裁に入った。
「お前達何回言ったらわかるんだ。きちんと時間を決めて、やるように言っただろ」
「違うよ。こいつらが、時間がきても場所を譲らないからだよ」
「違うって、お前ら先週も時間を守らなかっただろ」
双方の主張は食い違い、お互いを非難するばかりで、決して譲ろうとはしなかった。
神父は痺れを切らして、少年たちに言い放った。
「いい加減にしろ。揉めるなら、もうここでやらせないぞ」
「それは困るよ。俺たちには、もうここしかないんだ」
「だったら、仲良くしろ」
「絶対に嫌だね」
「俺たちもだ。なあ、そうだろ」
少年たちは、どちらも仲良くなる気がなかった。
「じゃあ、こうしよう。土日の毎週11時から、ここで試合をする。審判は私がやろう」
「ここで? 」
「そう、勝った方が、その平日の好きな時間にここを使う優先権を得られる。時間を守らない者達はここから出ていく」
「いいね、俺たちは必ず勝つぜ」
「それは、こっちのセリフだよ」
「特別なルールをこれから考える。それにしたがって試合をする。わかったな」
「ああ、俺たちが一番良い時間を占拠するぜ」
「おい、寝言を言うなよ」
「よし、これで決まりだ。今日は半分ずつここを使え。いいな」
2組の少年のグループは、仕方なく諦めたようにゲームを始めた。
「ああ、了解したよ」
数人のギャングと呼ばれる黒人の少年達は、渋々そこを離れた。
残りの少年達がゲームを始めた。
その中の一人はひときわ背も高く、素人とは思えない程のうまさで皆を圧倒した。
マリアはプレーをする彼を見て、以前にここで声をかけられた少年だと思い出した。
「おい、ジェフ少しは手加減しろよ」
「ダン、それは無理だな。やっとゲームができるんだから、思い切りやらないと」
「そうか、来週は絶対勝つからな」
「ああ、楽しみにしてるぜ」
マリアは、騒ぎが収まったのでしばらく、ここでゲームを見て行くことにした。
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