第2話 種まき 1

 …ここはどこだろうか。さっきまで、ビル群の中にいたはずだ。霞がかった視界に映っているのは、おそらく女性だと思われる眩しい二人と、これまた眩しいおそらく花畑であろうもの。少し遠くにぼんやり見える、ぼやけたつまようじの先に同じくぼやけまくったマリモが付いているようなやつは多分樹木だろう。少なくとも、ここがさっきまでいた東京のビル群でも、搬送された病院でもないことは明らかだった。


 ぼやけた頭でのろのろと思考する私に、女性二人が近寄ってきて、何かを話しかけてくる。が、うまく聞き取れない。いや、聞き取れないどころではない。視界もぼやけて眩しく感じるし、聴覚も、触覚や嗅覚でさえ、さっきからずっと霧がかかったようでうまく情報が得られない。頭もふわふわしている。意識を失っていた影響かと思ったが、一向に良くならないあたり、原因はそこではないようだ。花畑や女性が輝いているのではなく、こっちの頭がおかしいのだろう。その姿をきちんと認識すらできていない左の女性が何故か猛烈に懐かしく感じるし。


 目をこすって首をかしげると、女性たちが顔を見合わせ、話し始めた。少しして、左にいる緑眼で白っぽい長髪の女性が何かに気づいたようだ。こちらに謝るようなしぐさを見せ、慌てた様子で、もう一人、金髪の女性に何かを話し始める。おぼろげながらも聞こえるその会話は、どうも日本語ではないようだ。ここはいったいどこなんだろう。


 そんなことを考えていると、金髪の人も説明を聞いて理解したのか、同じくこちらに謝るような動きをして、こちらに手をかざしてきた。 

 

 一瞬視界が白く塗りつぶされ、強く目を閉じる。恐る恐る目を開けると、信じがたい光景が視界に飛び込んできた。


 さっきまでが嘘のように視界が明瞭になっていた。じつは、ほかの感覚も回復していたのだが、その時の私は全く気付かずにいた。そんなことを気にする余裕は、目を開けた次の瞬間に吹き飛んでいたから。なぜなら。


 一面に広がる花畑は、少なくても私が知る花が1つも存在せず、この世のものとは思えないほど美しい花が咲き誇っていて。しかも目の前に、あの時と全く変わらない、私を助けてくれたお姉さんが居たのだから。


だと、、、久しぶり、かしら?」


「え?…えっ!? えぇ~~~~ッッ!?」


 妙に気になる言い回しだった彼女の声を聞き、頭が何とか状況を理解した直後、私の叫び声が美しい空に響いた。





「大丈夫~?はい、これお茶よ~。ただのハーブティーだから安心してね~。」


「あ、ありがとうございます、、、っ!! おいしい…それにこの味…」


 いつの間にか設置されていた椅子に三人で座り、テーブルを囲んで少し休ませてもらった。手ぶらなはずの金髪の女性がこれまたいつの間にか取り出した、美しいティーカップの中身を手渡しながらこちらを気遣う。とりあえずちょびっと、ほんのちょびっとだけ落ち着いたのでお礼を述べ、渡された琥珀色のハーブティーを一口飲んだ。今までに飲んだことのない味だ。芳醇な香りと、ほのかな甘み。でも奥に感じるこの風味は…私が最近お気に入りのブレンドティー?


 まるで心を読んだかのように、金髪の女性が上機嫌に説明してくれた。


「そうよ~。それはあなたのおうちのブレンドティーに、私の好きな茶葉を混ぜたものなの~。意外と合ったから、最近はこればっかり飲んでるわ~♪」


 …なぜ私の好きなお茶の種類を知っているのか、そもそもそのブレンドティーは私が作ったオリジナル品のはずなのになんで持っているのか。ストーカー?監視カメラ?うすら寒く思い、椅子から少し腰が浮く。というか、まずこれは現実だろうか。何かの夢で私は起きたら病院のベッドで寝ているのではないか。そう思っていたら、ずっと黙っていたお姉さんが口を開いた。


「何の説明もなくごめんなさいね、優花。これは夢でも何でもないし、そのお茶の味も本物。怖がらせる気もないわ。今から全部説明するから、ほら。」


 すべて見透かしたようにお姉さんにそう言われて、椅子から浮きかけていた腰を下ろした。やっぱりお姉さんの言葉は、安心する。


「まずは自己紹介といこうかしら。私はメルイア。豊穣と命、それから、、、いえ、神面の話はやめておきましょう。それからこっちは、セレネ。私たちはあなたたちが言うところの神ってやつね。」


「神様、、、ですか?」


「かみさまだよ~」


 話を聞くとにわかには信じがたいが、どうもお姉さんがメルイア様でもう一人、金髪のふわふわした話し方をする女性が、セレネ様という神様で、私はセレネ様が管理している世界で生きていたらしい。〈セレネ〉という名前、どこかで聞いたことがあると思ったら神話の神様の名前だった。同じ神様なのかと聞いたら、


「名前だけだよ~。管理者である神族は~、管理してる世界にあらゆる面から強い影響を与えるからね~。特に生き物は魂魄の底で私、、、というかこの世界にから~、無意識のうちに私を思い描いちゃうときがあるんだよ~。だから、たまーに書き物の中とかに私の名前が混じるんだ~。まぁ、この世界を作ったのは私だから、この世界の創造主とか最高神は私ってことになるね~。」


 とかえってきた。すっごくファンタジー。


 メルイア様は、隣の世界の管理者で、姉妹のような間柄らしい。確かに言われてみれば、似ているような似てないような、、、二人の顔を見比べていると、メルイア様が話し出した。


「話が逸れちゃったわね。それで、あなたのことについてよ。まずは現状の説明をするわ。」


 そう言って、こちらを見てきた。なぜだろう、少し表情が曇っている。


「まず、ここは管理者の領域よ。とか、神界とか、そういう場所の一部という理解で概ね大丈夫よ。」


 …待ってほしい。いま、すごく聞き捨てならないワードがあった気がする。


「えっと、天国って、あの天国ですか?死者が行く、あの?」


 私は、恐る恐る訪ねた。何かの冗談だと思いたいが、そんな私の願いは届かなかったらしい。メルイア様は、すごく申し訳なさそうな顔で、


「ええ。そうよ。あなたはあの外階段で、命を落としたわ。」


 といった。どうやら、私の人生は本当に終わってしまったらしい。




 

 ※

 こんにちは。二話目です。三話目に続きます。

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