真っ当全う
小狸
短編
――成し遂げなければ。
――成果物を上げなければ。
そう思い、僕は頭を掻き毟った。
そうしたところで、何かができる訳でも、何かを成し遂げられる訳でも、何か成果物を提出することができるわけでもないというのに。
僕は、社会不適合者である。
就職一年目に、職場から強いハラスメントと性的暴力を受けた。
それはもう、思い出したくない、思い出すだけで両手が痙攣する程の記憶である。
統合失調症を発症し、仕事を辞した。
一時は相手を訴えようかとも考えたけれど、当時は今ほどに「男性から男性に対する性的暴行」への理解が薄かった時代であった。何度か無料相談をした弁護士からは鼻で笑われた。
そこから仕事ができないまま、実家に引きこもっているという塩梅である。
「ああああ、くそ、くそ、くそ――」
極力スマホやパソコンの類は見ないようにしている。
引きこもりの無職で、尚且つ過激な思想を持つ人間にはなりたくなかったからである。
令和の今、誰でも何でも発信できる時代である。
やろうと思えば、希死念慮をも投稿できる。
それは駄目だと、歯止めが掛かった。
ただ、僕を襲うのは、何も成し遂げられていない、何も遂行できていない自分への自責であった。
「なんで、なんで、なんで、なんで僕はこうなんだよっ」
隣の妹の部屋に聞こえないように、声を殺して、苛立ちを枕にぶつけた。
実家の、自分の部屋での話である。
もう数年、一緒に暮らしている両親とはまともに会話をしていない。
最初は一緒に食事していたけれど、徐々に距離が置かれるようになり、今は食事の時間は部屋の前にお盆と共に置かれるようになった。
妹には、露骨に嫌悪こそしないものの、忌避されていたように思う。
妹が仕事から帰って来る時間には、僕はもう寝入っていた。極力音を出さないようにしているが、最近はいびきがうるさいと言われた。まあ、引きこもりの無職が兄だなんて、妹からすれば、抹消したい家族なのだろうなと思う。
誰も僕に期待していない。
誰も僕に強制していない。
それが、とても歯痒い。
期待して欲しい。
強制して欲しい。
その通りに頑張るから。
言われた通り以上に頑張ることができる、それこそが、それだけが、僕の長所だと信じて疑わなかった。
一応、二週に一度、病院に通院している。
家から十五分ほど歩いた所にある、心療内科と精神科が併設されたクリニックである。
そこで僕は数年前、統合失調症と診断された。
最初は信じられなかった。
今でも信じることができていない。
どうして僕が、こんな目に遭わなければならないのだろう。
僕はただ、人の役に立ちたかったのだ。
誰かの何かに、なりたかったのだ。
なのに――何一つ叶わず、こうして部屋に引きこもっている。
何かをしようという気が、そもそも起きない。
ゲームや漫画、小説も、最初は読んでいたけれど、本当にすぐに飽きてしまうのだ。
どうでも良くなってしまう。
というか、仕事をしなければと思ってしまう。
仕事をしなければ。
なぜなら、皆がそうしているからだ。
皆がしていることだから、それは正しい。
26歳にもなって、仕事もせず、家に引きこもり、毎日ゴミのように生きているなんて、真っ当とは言えない。
恋人は、
これに関しては、いなくて良かったと思う。
僕と一緒にいると、絶対にその人を不幸にしてしまうと思ったからである。
それよりも、まずはきちんと仕事をして、ちゃんと職務を全うして、土台を固めてから、そういうことを考えるべきだろうと考えたからである。
精神病の者と共に生きるということが綺麗事だけでは済まないというのは、当事者の僕が一番分かっている。
それでも、せめて。
両親に迷惑をかけたくない、妹を不快にさせたくない、立派に仕事をしたい、そう思いながら、無理をしてハローワークに行ってみようとしたものの、主治医に止められた。
後々調べたところ、たとい障害者雇用であっても、精神病の者を雇用する企業は、かなり限られるということが分かった。
時々思う。
どうしてまだ、自分は生きているのだろうと。
今のところ、統合失調症とパニック障害を除き、大きな病気は発症していない。
しかし三十を過ぎれば、一気に今まで無茶をしてきたツケが回って来る。そうでなくとも、両親が二人共健在であるとは限らない。我が家の不良債権として、いつまでも生き続けるわけにはいかないのだ。
頑張らなければいけない。
真っ当にならなければいけない。
ちゃんとしなければいけない。
しかし、駄目なのである。
何度薬を貰おうとも、外出する時には大汗をかき、未だに男性が近くにいると緊張し背中が攣る。まともに呂律が回らなくなり、最悪の場合、そこで失神する。だから家で安静、というのが、両親と先生の共同の見解であった。
それでも。
時折どうしても、「ニートは甘え」「引きこもりは全員自殺するべき」「迷惑をかけず一人で死ね」という世論を目にしてしまう。
その度に。
自分が世界の足を引っ張っているように思えて。
とても
ごめんなさい。
《The proper way to live》 is the END.
真っ当全う 小狸 @segen_gen
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