第16話 新たな出会い (追加)

“flower shop さくら”は、この町で長年営業している唯一の花屋さんだ。

花屋さんに「さくら」なんて名前をつけるなんてナンセンスだと思っていたけれど、店主の恋人が好きな花だったみたいだ。話を聞いてからは素敵な名前だなと思う。

 この花屋に足を運ぶのは実は二度目だ。一度目は幼稚園の頃、父さんと母の日にやってきた。母さんにカーネーションをあげたいんだと張り切っていたらしい。幼稚園の先生から

『母の日はね、お母さんにお花をあげる日なの。お母さんありがとうって気持ちを伝えるのよ』と教えてもらったことを父さんに話したらしい。

早速行こうということになり、向かったのだった。カーネーションという花の存在をこの時初めて知り、色鮮やかなピンクの花が妙に気に入り、店にあるだけ買って行ったという話を父さんから母の日の度に聞いていた。 大きくなってきてからは花をあげるのが照れ臭く、特に何もすることはなかったけれど、父さんも母さんもその時の話を嬉しそうにするものだからもう一度行ってみるかと思い立ったのだった。

今の店主は二代目で先代の頃は“さくら”でなはなく、“みかみ”だった。おそらく名字をそのまま店名にしていたのだと思う。幼稚園の頃のかすかな記憶だが、平仮名を読めるようになっていた僕は「みかみ」だとはっきり読んだ覚えがあった。

もう一度店主に話を聞くと思いがけない話を聞くこととなった。

「そうそう、みかみだった。でも先代には子どもがいなくて継ぐ人がいなかったから当時アルバイトで働いていた僕が継ぐことになったんだ。その時の僕は学生だったけれど特にやりたいこともなかったし継いでもいいかと軽い気持ちだったんだけどね。それで店名を変えたいなと思って、許可を得て今の名前で営業しているんだよ」

「確か、恋人が好きな花なんですよね」

「正確には好きだった花かな」

「どういことですか」

「アルバイトをしている時に出会った人でね。その人はとにかく働かせてくれって感じでこの店に来たんだよ。今時こんな必死に働かせてくれなんて変わった人だなーっていう印象だった。でもいざ一緒に働いてみると本当に熱心だったし、お客さんにも好かれてた。僕はいつのまにか惹かれていって付き合うことになったんだけど、数か月後に黙って辞めちゃったんだ。でも僕はずっと恋してるんだよ。だからいつか戻ってくれるんじゃないかって待ってたらあるとき電話がかかってきたんだ。覚えてる?ってその人だったんだよ。なんで今までって怒りたかったけれどあのころとは違う声色に気づいて怒れなかった。『晴斗くん、私ね。もうすぐ死ぬの、会いたい』って言われて、僕はすぐ会いに行った。病床の彼女を見るとなんでもっと早く教えてくれなかったんだという思いともっと彼女と一緒にいたいという気持ちが同時に湧いてきて。泣き崩れて・・・」

「まって、おにいさん。おにいさんのその話僕も聞いたことがあるんだけど」

胸の鼓動が早まる。おにいさんはもしかしたら僕のお父さんかもしれない。お父さんと呼ぶには若い彼の姿に驚きを隠せなかったが、

通学バッグから急いで写真を取り出し見せた。

「なぜ、君がこれを?」

「これ、僕のお母さんなんです。正確には産んでくれた人というべきなのだと思います。お母さんは僕を産んで、病気で亡くなったと聞きました」

「君が、晴なのか。僕はずっと後悔していたんだ。彼女に会いに行ったとき君の話を聞いて、君に会いたかったんだけれど彼女にダメよと制止された。あの子は今幸せなの。邪魔したくない。邪魔してはいけないって」

おにいさんは僕を抱きしめて泣き出した。おにいさんはお母さんより年下だったのでまだ若く、見た目は青年そのものだった。

「ごめん、取り乱して。彼女が亡くなってしまった手前、連絡先も分からないし会うことはあきらめていたんだ。どこかで幸せに生きていてくれたらってそれだけで十分だって思てったんだ」

「お父さん?でいいんですよね。僕のお父さんこんなに若かったんだって正直今驚いてるんだけど」

 正直に言ってみる。だって顔に出てたはずだ。“こんな若い人が父親なのか”という驚いた顔を。

お父さんは嬉しそうに笑った。それで今日は何で花を?と聞かれたので母さんに謝りたくっていうとカーネーションを見繕ってこれで謝れ!がんばれ息子よとさっきまで泣いていたおにいさんはお父さんになって送り出してくれた。

「晴君、僕は今正直動揺して変な感じだよ。また落ち着いたら連絡する。だからこのアドレス持っていて。実久のお墓参りに行こう。嫌じゃなければ」

僕は大きくうなずいて家へと走り出した。ドアをけるとおかえりーという声が聞こえてきた。

「ごめんなさい」と謝った。手を震わせながら花を渡す僕を見て母さんはくすりと笑った・

「なんでこんな柄にもないことを。おかしくて笑っちゃった」

「もう。母さん真剣なんだよこっちは。笑わないでくれよ」

「はいはい。ごめんね。ありがとう」

いつもの穏やかで優しい顔に変わった。


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