第15話 母さんのぬくもり(改稿)

おかえりーと母さんの声が聞こえる。まともに返事をしないままで自室までの階段をさっさと上った。

母さんが階下からこちらに視線を向けているのを感じる。でも変に慰められるのも嫌だし、優しさを求めてはいない。一階へ行きそうな自分の足をたたいてドアを開けた。

辛い、つらい、ツライ。今の心情は“なんかつらい”だった。色んなつらいの文字が頭をめぐる。

部屋にこもったきり、シーンとして、物音を一切立てなかった。

母さんの視線はいつのまにか感じなくなった。


おそらく何かを察してくれたのだ。晩御飯までの一時間、料理ができるまではひとりにしてくれた。

落ちる。何度も何度も水滴が手の甲に当たっては消えていく。

先生の貰った写真を見ては泣き、机の引き出しにしまおうとしてもまた泣き、涙が止まらなかった。

僕はとうとう泣き疲れて、次の朝まで眠りこけてしまったらしい。部屋の前には冷え切った夕食のハンバーグの載った皿が置いてあった。

ハンバーグと言えば落ち込んだことがあるといつも作ってくれる、僕の一番好きな母さんの手料理だ。

つなぎなしの百パーセント牛肉で、これまたお手製のデミグラスソースが本当に絶品だ。ファミレスなんかで食べるよりずっと美味し

いと思う。

 小さい時はよく母さんの横でハンバーグを作るのを見ていた。

「母さん、これどうやってやるの?」

「晴にはまだ早いから、もうちょっと大きくなったら一緒に作ろうね」

「えー僕も作りたい!」

「じゃあそこに立って」

そういうと母さんは僕の手を握って、一緒に成型をしてくれた。

 懐かしい。同級生に泣かされた時も、先生に怒られた時もいつも作ってくれた想い出のハンバーグ。

 いつもリクエストしなくてもなぜか嫌なことがあった日は、事前に誰かに確認したみたいに決まってハンバーグが夕食に出された。

 母さんは何でも知ってるんだな。ひとりごちにつぶやいて部屋の外にある冷えたハンバーグに手を伸ばした。

温め直して、朝食にしよう。母さんには悪いことをしてしまった。ずっと何か喋りたそうにしている母さんを無視しして、部屋にこもったのだから。

今日朝ごはんはいいから。ハンバーグありがとうと精一杯のお礼を述べるだけで、昨日のことには触れなかった。食べ終えると、もう出る時間まであと数分となっていた。母さんの顔をまともに見ることもできないまま早急に洗面台へと向かう。歯ブラシに歯磨き粉をつけすぎて少しむせた。母さんが心配そうに駆け寄ってきたけれど、大丈夫だから、もう行くからとまた顔を見られないままおざなりな対応をしてしまった。






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