第14話 最後のメッセージ(改稿)

「失礼します。先生早く、話を」

「橋本君、待ってたわ。見てほしいものがあるの」

写真を一枚差し出しきた。そこには二人の女性が映っていて今より少し若い先生の姿と今の僕と同じくらいだろうか。僕のお母さんらしき人の姿があった。

「これは?」

「若いでしょ?今から一〇年くらい前かな。私が大学生で実久が高校一年生くらいの時の写真。私は東京の大学に行っていたからこれは夏休みに帰ってきたときに祖母の家の畑で写真を撮ったの」

「実久さん…。お母さんとはどういう?」

「私の妹よ」

「妹!?」

似ても似つかない二人の容姿に驚きはしたものの、眼前には救いの女神がいるように思えた。やっと、やっと、求めていた答えを教えてくれる人が現れた。

「妹はね蝶よ花よと育てられた子だった。まぁ正直美人ではないけれどね。私は半ば反抗する形で家を出たからそのせいもあるの。まあ箱入り娘ってやつかな。特に母は家から出て行かないように必死につなぎとめていたわ。妹も妹で反抗する態度すら見せていなかった。すべて母の思い通りに動く、聞き分けの良い子。でも私から見れば意志がない、操り人形みたいだった。私は田舎が嫌だったし、早く家から出たかったから。こんなところで人生終わらせてやるもんかって。だから私にも原因はあるの。あんなくそみたいな人と結婚までしちゃって。二〇歳くらいでお嫁に行ってから音信不通だったんだけど、まだ東京で学生をやっていた私に珍しく電話がかかってきたの。お姉ちゃん、私妊娠したって。でもその声は震えていたから、感づいたの。旦那の子ではないんだって。訳を問い詰めたら全部話してくれた。私も急いでこっそり地元に帰って、一緒に探したの。旦那にバレずに生むことのできる方法。それであの団体を見つけてね。出産には立ち会えなかったけれど、橋本君が持っていたあの写真が送られてきた。それを見て一安心していたけどね。実久は産んだ後、旦那さんと離婚して一人暮らしをしてるっていうから私も家に行ったけれども実久はいなかった。それで大家さんに尋ねると入院してるって、事情を話すと病院を教えてくれて急いで向かったわ。するとあの子の姿を見て驚いた。痩せて、生気のない感じがして。でもほんの少し微笑みかけてくれて、お姉ちゃん、ってか細い声で呼んでくれた。主治医の先生にはもう長くない。もって一か月だって言われた。私は絶望した。なぜ私を頼ってくれなかったのか。でも実久を責めることはできない。私はこのことを両親に知らせようとしたけど、実久は止めた。もうあの人達とは縁を切ったのなんて言い張るもんだから。私しかいないんだと思って毎日病院に通ったけれど最期はあっけなかった」

一粒、また一粒と涙がこぼれ落ちていく。

お母さんの人生って何だったんだろう。初めて団体の事務所に行ったときも同じことを思った。

何よりもうお母さんに会えないことが悔しい。もうお母さんはこの世にはいない。会いたかった。すごく恋しかった。

「橋本君、ありがとう。どこかに里子に出したとは聞いていたけれどあなただったのね」

「先生、でも僕お母さんに会いたかったんだ」

 子どもみたいにわんわん泣きわめく僕を背中をさすりながら慰めてくれた。

 姉妹だからなのか、記憶の奥底に眠っているお母の温もりを感じた。

「これを」

先生はもう一枚写真を差し出してきた。それは僕が生まれた時の写真で僕の他には誰も映っていない。

「裏を見て」

そこにはこんなメッセージが添えられていた。


晴君へ

これを見つけたっていうことは私の姉と出会えたのね。ありがとう。私のことを探しに来てくれたのはとっても嬉しい。でも、ごめんね。一度も会えなかったし、なんでなんだと君は言うかもしれないけど、私は時々あなたのことを見ていたの。君のお母さんが学校の行事の度に連絡をくれて、運動会や文化祭はこっそり観に行ってたのよ。でも、ここ二年は病気が悪化してね。ごめんなさい。会って話をしたかったのだけれど、私はあなたに会ってはいけない。合わせる顔がないってそう思って生きてきてきたらついに会って話もできなかった。私のことは引きずらないで、どうか前を向いて生きていってください。いつかまた、天国で君と会えたら”お母さん”って呼んでくれたらうれしいな。

あなたの母より


はがきほどの大きさの写真の裏はびっしりと文字で埋められていた。あの手紙のとは違う細くて弱弱しい文字だったけれど“あなたの母”という言葉が頭から離れなかった。

「今、戸惑っていると思う。すごく。私はあなたに出会えてうれしいけれど、橋本君は実久に結局会えずじまいだったものね」

「先生、僕どうしらいいか分かりません。このメッセージをどう受け止めるべきなのか。でも一人で考えなくちゃいけないことだと思います。きっと」

保健室を出て、僕はひとりで家路へと向かった。いつも一人で歩いている道なはずなのに今日は一層孤独に感じる。空を見上げるともうオレンジ色に染まりきっていた。どれだけの時間話していたのかも忘れていたので、急ぎ早に歩く。帰りが遅すぎると母さんが心配するからだ。僕は歩くのをやめて、走り出した。


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