第8話 対峙(改稿)

帰宅すると母さんはまだパートから帰ってきていなかった。とりあえず一安心。帰宅が遅くなった理由を考えないで済む。

時計に目をやると、短い針が6を指していた。なんだ母さんが帰ってくるまであと一時間もあったのか。日が落ちるのがだんだん早くなってきている。

あと一時間にしようと思っていたことがある。それは探し物を見つけることだ。

”家のどこかに生みの親に関する資料があるはず”という先生の言葉を信じて僕は家の棚という棚の中を探し始めた。

キッチンにある食器棚、電話台の引き出し、父さんの部屋の本棚そして母さんの部屋の鏡台の引き出し。

中に入っているモノをひっくり返してみたけれど、それらしきものは見つからない。

きっとあるはずと信じながら探し続けた。

ない。どこにもない。

ふとこんな考えがよぎった。

母さんが隠し持っているのでは?僕に見つけてほしくなくて肌身離さず持っていたとしたら?玄関からガチャガチャっと鍵を開ける音がした。

母さんが帰ってきた。様変わりした家の中を見て顔をこわばらせながらなにこれ、どうしてこんなに散らかっているのと僕に聞く。 僕は正直に言った。

「僕は探してたんだ。本当の親のことが知りたくて。ずっと探していたんだ」

涙が溢れそうになるのを必死に我慢する。母さんはそのことを知っていて覚悟したのかやっと口を開いた。

「そう、そうなの。やっぱりこのままってわけにはいかないのね」

何か納得してカバンの中から一枚の封筒を取り出した。水色に小鳥のシールで縁取られた可愛らしい封筒だ。

これ、と母さんが差し出してくる。僕は手を震わせながら、中身を開けた。

「この人が、僕の母さん?」

「そう、この人が晴を生んでくれた人」

これは生まれたばかりの僕だろうか。写真に写る女の人が赤ん坊をだっこして微笑んでいる。長い黒髪に切れ長の瞳が印象的などこにでもいる平凡な女の人だ。

「これはいつ撮ったの?」

「母さんも良く知らないけど生んだ病院で看護師の人が撮ってくれたみたい。これが唯一の残っている写真よ」

じっくりと写真を見つめる。全くこの人の記憶はないけれどどこか懐かしい気持ちになる。ほんのりこの人の香りがする。ラベンダーの香りだ。香水をつけて写真を送ったのか。

この香りは僕を心地よくさせた。

改めて封筒を覗き込むと、一枚の便せんが入っていた。母さんの顔を見るとうなずいて僕に読むように勧めてきた。


晴君へ

こんにちは。君はいま何歳だろうか。もう話し出しておしゃべりができる年ごろにはなったかな。それとももっと大きくなって大人になっているかもしれません。私は晴君を生んだ人です。突然こんなこと言われても困るよね。

本当は君のことを育てたかったけれどある事情でそれを断念して今の晴君のお母さんに託しました。

身勝手だと思うことでしょう。なんでこんな勝手に生んどいてって恨めしく思うでしょう。でも私があなたを身ごもったとき本当に温かい気持ちになって嬉しかったの。どうしても生みたかった。それだけは本当です。信じてください。

いつか私のことを知って会いたくなったら連絡してください。待っています。

潮崎 実久


住所 長野県××市 グランパレス二〇一

電話番号 090❘4390❘××××


たった一枚の便せんに僕を生んでくれた人の情報が少しだけれどちりばめられていた。


“生みたかった”


僕を生んでくれた人は決して僕を捨てたわけではない。育てたかったという思いを知れただけでも嬉しくなったと同時になぜ早くこれを見せてくれなかったのかという母さんを責めたくなる気持ちも芽生えた。

「どうして、今なの。もっと早く見せてくれれば僕は会えたかもしれないのに。もっと話せたかもしれないのに」

「ごめんなさい。晴がとられてしまうと勝手に思い込んでしまったの。私は実の親ではないし、もし仮に交流を持って仲良くなって一緒に住みたいなんて言われたら耐えられなかった」

「でも、僕の母さんは母さんだし。この人のこと良く知らないけれど僕を母さんたちと引き合わせてくれた人なんでしょ。感謝の気持ちくらい言いたい。お願い会わせて」

母さんの顔が曇る。

「実は、もういないの。亡くなってしまったのよ。ちょうど一年前くらいに電話がかかってきて。『私はもう長くはありません。がんが見つかってあと三ヶ月の命なんです。どうか晴君をよろしくお願いします』って電話があったのよ。母さんもそれっきりよ」

「本当かどうか確かめなかったの?」

母さんは首を縦に振った。死んだ?どうして僕に何も言わず、僕はまだあなたのことをほんの少し知ることができただけ。会いたい。会ってみたい。

「養子縁組のあっせん団体の名前教えてくれる?僕が確認する」

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