第5話 想い出(改稿)
父さんはただの一度も学校の行事に来てくれたことがなかった。
幼稚園の入園式も他の子どもは両親揃ってきていたのに。幼いながら、母さんに父さんがいないことへの文句を度々口にした。
「なんで父さんは来ないの?みんなの父さんは来ているのに」
「父さんはね、仕事が忙しいの。母さんがいるからいいじゃない」
僕は半べそをかきながら母さんに、このやり取りを繰り返しさせていた。
「母さんだけじゃ嫌だよ。僕は父さんにも来て欲しいんだもん」
この言葉は無意識のうちに母さんを傷つけているかもしれない。そう思い出したのは、小学校の卒業を間近に控えた最後の参観日だった。
今朝、母さんは何も言ってこなかったけれどどうせ来るんだろうなとややふてくされていた。というもの、この頃の僕は反抗期というやつがきていてとにかく親のことをうざい、うるさい、関わりたくないの三拍子で、家庭の中に不協和音が流れていた。
少し着飾った母さんの服装を見ると溜息が出た。もう学校来るんじゃねーよと言ったこともあった。
最後の参観日なんて特に来てほしくなかった。小学校最後だからと担任が『お父さん、お母さんに感謝の手紙を書いてそれをみんなの前で発表しましょう』なんて言い出してから憂鬱で仕方なかったのだ。
感謝はしてるけど、それを素直な気持ちで大勢の前で発表するなんてできるわけがない。 なんでこんなしょうもないことをやらせるんだと担任への不満も同時に募らせ参観日当日を迎えたのだった。
教室へ着くとみんなが浮足立っているのを肌で感じる。
「今日はパパがお休みをとってくれたの、だから私絶対手紙読みたいんだ」「俺は母ちゃんが美容室に行って髪を綺麗にしてきたんだって」
口々にクラスメイトは今日という日を楽しみにしていたことを語っていた。この年にもなって何が親だ、関係あるのかと毒づきたくなるのを抑え込んでへぇー楽しみだねなんて思ってもない感情を吐き出した。
親への手紙を読むのは五時間目。午後二時を過ぎたくらいから始まる。まだかまだかと心待ちにしている親たちを見ているとまたも気分が悪くなった。
「さぁみなさん今から親御さんたちへの手紙を読みましょう、我先にという人はいませんか?」
みんな次々に手をあげる。少し恥ずかしそうにしている子、鼻息を荒くして自信満々の子。僕は読みたくなかったから挙げなかった。 先生と視線がカチリと合う。
「橋本くん?どうした?いつも授業中は積極的に挙手しているのに。なんだ恥ずかしいのか?」
先生がおちょくってくる。みんな僕の方を向いてひそひそと話し始めていた。
「橋本くんいつも自信満々なのに。なんで」
「おい晴、何恥ずかしがってんだよ」
親友の涼太がにやつきながら言ってきた。今日はやけにムカつく。
「いいって、僕は。先生他の子を早く当ててください」
注目の的から外れたくてとっさに発言したが。その発言は無視された。
母さんがちょうど来たところだったらしく母さんにも保護者からの視線が降り注いでいた。
その時の母さんの顔を未だに僕は忘れられない。どこか寂しげで苦しそうなそんな顔だった。
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