第11話

  俺はじいの治療を受けて立ちあがる。

 兵士が声をあげた。


「無理をしてはいけない! 攻撃を受けすぎたんだ」

「そうだ、モンスターは本来一人で立ち向かうものではない」

「弱いゴブリンでも集団となれば脅威となりえる」


 来た来た来た来た!

 あのセリフを言うコンボが完成した。


「早く行かないと、学園の試験に遅れます」

「後で受ければいい、王や私達も見ていた。事情を説明すれば分かって貰える!」


「それでも、俺は前に進まなきゃいけないんだ! 俺は才能が無かった。だから無理を言ってじいにゼロの紋章を付けて貰った、それでもまだ芽が出ていない。もう俺には努力しか出来る事は無いんだ!! キリ!」

 

 言えた!

 自然な流れで言えた!

 この時をいつも伺っていた。

 遂に言えた。

 俺は快感に包まれた。


「話は分かったぞい、ワシのバイクに、子供の頃のようにワシの背中で運んでやるでの」

「アルクラ殿! あなたの孫はボロボロに傷ついています! あなたが言えばライ殿も聞いてくれるかもしれません! 休ませましょう!」

「そうです! 無理をさせてはいけない!」

「孫が可愛くないのですか!?」


「孫が可愛くないかと聞いたな? 可愛くないと思っているのかの?」


 じいがキッと兵士を睨んだ。

 あの言葉も始まる。

 2人で想定して用意してきたあの言葉が。

 俺がボロボロになってそれでもなおじいは俺を休ませず俺の意思を尊重した。

 そこに兵士の説得、条件はすべて整った。

 じいは涙を浮かべて兵士を睨んだ。


「ライの体が傷ついているのはとっくに分かっておる! ワシが守ろとしておるのはライの心じゃ!」


 兵士が衝撃を受けたように何も言わず棒立ちになった。


「ライ、お前はもっと強くなれる。諦める必要はない! ライの努力を見てきたワシだからわかるんじゃ! 前を向くんじゃ! 自信を持つんじゃ! ライなら出来るんじゃ!」


 じいが泣いた後無理に笑ったような演技で兵士の心を揺さぶった。

 決まった。


 俺は兵士の哀れみを一身に浴びた。


 ……エムルが近づいてきた。


 なんだ?


 嫌な予感がする。


 あの笑顔の奥に邪悪な何かを感じる。


 エムルが俺の近距離にまで歩いて止まった。


 距離が近い。


 歩き方も笑顔もきれいではある。

 

 だがどこか不気味だ。


 俺に抱き着いた。

 そして耳元で囁く。


「ライ、君は凄いね!」

「不器用でも努力で何とか処理できた」


 俺の魂が警戒を発する。

 エムル、こいつは危険だ。


「そして面白いね。圧倒的な力」


 ガシ!

 俺はエムルの突き放して口を鷲づかみにした。


 左手でギリギリと顔を締め付けているはずなのにエムルは更に口角を釣り上げた。


 ざわざわざわざわ!


「お、おい、今の動き、見えたか?」

「角度的によく見えなかったけど、音速を超える音がしたような……」

「え、エムルが宙に浮いてね?」


 俺は慌ててエムルを地面に下ろそうとするがエムルは足を曲げて浮いている事をアピールして来ようとしたため咄嗟に手を離した。


 俺は頭をフル回転させた。

 エムル、こいつまさか!

 

『西のエムル』『西の厄災』『ドMのエムル』様々な名前で呼ばれて両親ですら扱いに困り家から追い出したあのエムルだ!


 都市伝説かと思っていたし美人だから嫉妬でネットで晒されているだけかとも思っていた。

 前見た時はそこまで胸が無かったが前の情報が古かった、そう言えば顔立ちが大人に成長している。

 だがさっきの動きで確信した。


 こいつはドMプレイを貰うために種まきをしている。

 長期視点で今の得より未来の果実を育てるタイプだ!


 そして俺の強さを見抜いている。

 目が光っている時点で気が付くべきだった。

 いつもサーチの魔法を使っている!

 修行脳になっている俺はサーチを使い続ける修行は普通だと思ってしまっていた。


 いま改めて見ればあの光る目はまるで悪魔だ。

 エムルの言葉には気を付ける必要がある。


「はあ、はあ、はあ、はあ、ライ、僕の思った通りだ。君は素晴らしいよ」

「あ、ああ、不器用でも努力で何とか勝利できた」

「はあ、はあ、やっぱりそうなんだね。うん」

「な、なんだ?」


「はあ、はあ、はあ、はあ」

「な、なんだ?」


 エムルが口角を釣り上げた。

 何か言う。


「ライ、君は本当はつよ」


 ドゴン!

 俺はエムルを素早く足払いして片手で地面に投げ飛ばして言葉を止めた。


 ざわざわざわざわ!

 兵士が動揺している。

 このままでは俺が投げ飛ばしたように見えてしまう。


「え、エムル! お前西の厄災だな! や、やめてくれ、俺が投げ飛ばしたみたいに自分で飛んで投げられたみたいなふざけた遊びはやめてくれ! お前の事は知っているぞ! そうやって人をおちょくっていつも怒らせて両親にすら見切りを付けられたんだろ!? や、やめろってそういうの!!」


 ざわざわざわざわ!

 兵士が話しだした。


「これが西の厄災か、可愛いと思っていたのに段々怖くなってきた」

「俺は気づいていた。目が光っている点とあの紫のショートカット、西では有名だ」

「だからお前、いつもより後ろに下がっていたのか?」

「当然だろ、エムルは危ない」


 エムルを見るとはあはあと吐息が荒い。


「はあ、はあ、はあ、はあ、僕はライの背中に運んでもらうよ」

「はあ! じいと俺、エムルで乗ったら3人になるだろ!」


 エムルは口角を釣り上げて何も言わずに俺を見た。

 こいつ、俺を脅している。

 周りの兵士を見ると危機回避の為バイクに乗り込んでいる。

 王は「くくくく」と腹に手を当てて笑っている。


 この状況でエムルを解き放つのは危険だ。


「早く行くぞ。早く家を出たのに学園の試験に遅れてしまう」


 バイクで移動している間エムルの体が熱い。


 耳からはエムルの荒い吐息が聞こえてくる。


 こいつは、俺に投げ飛ばしてもらうために、攻撃を貰うために何かを仕掛けてくるだろう。


 ドMのエムル。


 俺は大きな爆弾を背負いこんでしまったようだ。

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