第1話 リトル・リトル・プリンセス

 初夏、スタッフォードシャー、ストーク・オン・トレント。

広大なカントリーハウス、ウェッジヒル邸の庭園は茶会で華やいだ雰囲気だった。ご婦人方のデイドレス、日傘、帽子、扇子、手袋。加えて優雅な色彩の茶器が色とりどりの花のように芝生の上に咲き乱れている。

同じ頃、邸宅の中では背が高くがっしりした体つき、赤みを帯びた茶色の髪、秀でた額に大きい耳、鼻、青い瞳の若い男性が、あちこちの部屋や廊下の隅を覗きこみ、何かを探していた。

大きな裁縫台とカーテン、壁の三者からなる隙間に幼い少女が小動物のように体を丸めて座り込んでいるのを見つけ、青年の口元が緩んだ。


 「見つけた、メアリ!そんな所でどうしたの?お母さんが探してたよ」

「チャールズおじさま」

少女は涙に濡れた目でチャールズと呼ぶ青年を見上げる。緩やかに波打つ栗色の髪、榛色の瞳、顔立ちがどことなく青年に似通っている。

「ヘンリーたちが意地悪するの。いつも本ばかり読んでる生意気チビって、ご本隠されちゃったの」

榛色の瞳からポロポロと涙がこぼれ、小さな手がスカートをギュッと握りしめる。こすったのか鼻が赤くなっていた。髪を飾る白いリボン、レース飾りが付いた水色のモスリンのワンピースが、少女の妖精めいた外見を一層強調していた。

「あー、そうなんだ……。ご本はおじさんが後で取り返してあげるから」

青年は若干気まずげに姪っ子の顔を覗き込む。


 多分気になる女の子に構ってほしいが故の意地悪だろうな、とチャールズは見当をつけた。彼自身も身に覚えがある。

しかし6歳の少女に幼稚で悪手な男心を説明しても通じるはずもない。

少女の叔父はガラッと話題を変えることにした。


 「メアリ、おじさん今度お船で南方へ探検に行くんだ。それで今日は君のお父さんに旅立ちのご挨拶に来たんだよ」

「えっ、そうなの⁉どこへ行くの?」

「一つじゃなく、たくさんの島や国を調査して回るんだ。カーボベルデ諸島、ブラジル、チリ、アフリカ……女王陛下を元首に頂くオーストラリアにも行くよ。太平洋を周る調査船に乗せてもらえることになったんだ。5年くらいかかるかな」

「そんなに長く?」

少女は目を丸くする。話にのめり込み、涙は完全に引っ込んでしまったようだ。

「ロドヴィーコは『海のように残忍な』って言ってたわ。船はずーっと海の上でしょう?大丈夫?チャールズおじさま」

「僕はまだ二十歳を過ぎたばかりだよ。主のご加護があれば『我が旅路の果て』にはならないさ」

チャールズは悪戯っぽく口角を上げ、返す。少女と青年は秘密を分かち合う者同士の微笑みを交わした。榛と青の瞳が喜びに輝く。


 チャールズは心の内で呟く。

ーー6歳で『オセロ』か!あの物語を貫く激情もまだ実感できないだろうに。

大人になった今なら分かる。このパンのみでは生きられない少女にとって、特別な人になるのは実は簡単なことなんだけどな、幼稚な男子諸君。

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