バーリントンで遺言を
楢原由紀子
プロローグ
1882年春、ロンドン、ピカデリー・サーカス。
厚く毛の長い絨毯、大理石で囲まれた暖炉。壁面の大きな鏡と真鍮の燭台が明かりを反射し部屋を照らす。マホガニー材、オーク材の家具は艶めかしく磨き込まれ、優美な布張りのローズウッドの椅子が整然と並べられている。
その場所に喪服姿の男女が肩を並べて静かに座っていた。
老弁護士はフロックコートの懐から懐中時計を取り出し、徐に時間を確認した。後頭部に僅かに残る髪以外、禿げあがった頭を傾け、眼鏡の奥の眼を見開き、一文字たりと見落とすまいとばかりに手元の書面を睨み、年齢の割に驚くほど通る声で淡々と遺言状を読み上げる。
室内の男女はその内容に耳を澄ませていた。
――我が蔵書を親しき友、親愛なる姪、ライエル夫妻に贈る。保有を望まず、売却または他者への譲渡とするも妨げない。判断は一任する。加えて派生する必要経費に備え、200ポンドを遺贈する――
その一節を耳にした時、一人の壮年男性が椅子から跳ねるように身を乗り出し、大きく息を呑んだ。
長身で痩せぎす、やや猫背。銀髪に頬髭、灰色がかった知的な瞳と鷲鼻、意志の強さが窺える真一文字の唇とがっしりした顎からなる容貌。
骨ばった長い指が手元の杖を強く握りしめる。その杖の柄には「T・ライエル」と刻印されていた。
遺言状の検認がおわり、紳士淑女が言葉を交わしながら部屋を出ていく。
最後尾を歩くライエルの口から、長い吐息が洩れた。
「サー・ベントレー。最後まで、貴方という人は……」
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