第1話・どうも、色々思い出したヒロイン(多分)です。
今日は青空いい天気。
全く以ての洗濯日和の日。
私はあの日の母がそうしていた様に洗ったばかりのシーツを洗濯紐にかけて、パンッと思い切り伸ばした。
シャツやタオルにシーツに枕カバー、エプロン、三角巾に包帯。
両親と娘一人の三人家族だけで使うにはいささか数の多いそれらは、我が家の大切な商売道具だ。
「お母さーん、洗濯物全部干せたよー」
家の方を振り返って大声で言うと「ありがとー」と声だけが返って来る。
「お父さんが往診から帰ったらお昼にしようかねー」
そう続く声に「判ったー」と返事をした。
あの声からして畑の方にいるのかな。
朝食の席で少なくなってきた薬があるとか言ってたから、薬草を摘んでいるのかも知れない。
そんな事を考えながら洗濯物の間に見える青空を眺め、私は自分の事を振り返る。
私の名前は、リィナ・アシュトン。
この世界に七つある国のひとつ、ヒゥムディーラ辺境の町ハタンで町医者をしている両親の一人娘として生まれた。
その私に4歳のあの日に起きた事は2つ。
この世界では稀少な聖属性魔法の能力に目覚めた、という事。
そして(私としてはこっちの方が遥かに大事件だったのだが)それと同時に『前世の記憶』に目覚めてしまった、という事だった。
今から思い出すと、その前から違和感っぽいのはあるにはあった。
この世界にない『何か』がはっきりとしたイメージを伴って思い浮かんだりとか、そういうのだ。
例えばこうだ。
この国の神殿は、町の高台に建てられる事が多い。
そして町の人々は家内安全やら無病息災やらを込めた御参りをしに、神殿に続く長い石段を登っていく。
私は二歳の時に両親に連れられて、初めて神殿に来た時にこう言ったらしい。
『ここ、まえもきたね』と。
多分、私はその時、前世で見た景色を初めて見る神殿のそれと思ったのだろう。
両親は大層驚いたそうだが、まあその時は『誰かに聞いたのを勘違いしてるのかな』くらいに思い直したと言う。
だが、その二年後に私が聖属性魔法の能力に目覚めたもんだから、まあ『あの時のあれは神様からの啓示だったんじゃないか』と驚く事、騒ぐ事。
とはいえ『神の啓示』も希少な魔法の素質も、受けたのも目覚めたのも所詮は子ども。
それが突如として品行方正になる訳でもなければ、聖人君子になる訳でもなく。
悪戯で割った花瓶や泥の手で触った洗濯物に落書きした父の本、果てはつまみ食いをして半分になったパイを回復魔法で何とか直して誤魔化せないかとか、阿呆な悪用をしようとしては失敗して怒られる。
そんな事が繰り返されて、やれ神の啓示だなんだと喜んでいた両親の認識が『怪我が治せるだけの普通(ややアホ)の子』という物に代わるのにそうは時間はかからなかった。
15歳になった今でさえ、それらの失敗をネタにされている始末だ。
『神様も御声をかける相手を間違えたんじゃないのかねぇ』だって。
……実際、あの神殿の一件だって『神の啓示』なんて有り難い物じゃなくて、前世の記憶、それも21世紀の日本人の記憶の中にあった『近所の神社』のそれに似てたからって訳だし。
そう、私の前世は日本人の女子大生だった。
大学入学してすぐに難病を患って入院、卒業を目前にして病院で世を去った。
『ここ』を知ったのはその短い人生の中でだった。
『ここ』は私が好きな乙女ゲーム『七国の聖女』シリーズ、通称『しちこく』の世界。
小学4年生の頃に第一作が家庭用ゲーム機でリリースされ、1~2年に一作のペースで新作が出ていた。
七つの種族と七つの国がある世界、そのいずれかの国に『聖女』が誕生して沢山のキャラクターと関わり合いながら歴史を動かしていく、というのがこのゲームの基本設定。乙女ゲーなのでキャラは基本イケメン、関わりのメインは『恋愛』だったりするのだけれど、まあ、そこはそれという事で。
前作で敵対していた国が新作では同盟を結んでいたり、属国だったのが独立してたりという『聖女』が関わった歴史の変遷もしっかり描写されているので、私みたいにシリーズ通してのファンも多い人気シリーズだ。
公式としては『乙女ゲーム』というジャンルではあるがRPGパートがあり、攻略キャラによってはSLGや音ゲー等のミニゲームもあり、それらはストーリーに絡みつつも難しすぎずヌル過ぎず、設定による難易度調整も可能。
やり込み要素もあって、会話で好感度上げる系のゲームが苦手な人でもとっつきやすい神仕様だ。
あともう一つの共通点としては、ラスボスの設定が毎回毎回『重い』という事。
それこそ『製作者は人の心ないんか?』というくらいに。
第一作は遠い昔に生贄にされて死んだ子供。
前作では近しい者の陰謀によって、王位継承権を剥奪された王子だった。
そういうラスボスを救うのもまた『聖女』の使命なので
『制作者は人の心ないんかー!!』
と毎回叫び、テキストを読んでは
『……でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ……(ヒロイン名)』
と血涙を流しながら、
まあ、毎回ちゃんとラスボスも救われてるからいいんだけどね。
そうやって叫ぶのもまた、楽しみの内だしね。うん。
SNSでも新作が出る度にコアなファン層による
『製作者には人の心がない(だがそこがいい)』
『甘々乙女ゲーの皮を被ったハバネロ鬱ゲー(いいぞ、もっとやれ)』
という阿鼻叫喚であふれていたものである。
私も病院のベッドの上で、スマホアプリとしてリリースした最新作をプレイしては何度、叫んだ事か。
見舞いに来た友人や家族にその醜態を見られては呆れられた事も、一度や二度や三度や四度や(以下略)ではない。
一度など個室をいい事に叫び回ってるからだよ、と言われたが。
いいじゃん、大部屋で叫んでないんだもん。
…………とまあ、そんな私が『しちこく』の世界に転生してしまった訳なのだ。
多分、希少な聖属性魔法が使えるヒロイン(だと思う)として。
それとヒロイン(多分)に転生して前世の記憶を思い出したにも関わらず『回復魔法でやってた事はただのアホの子』な件については、きちんとした理由がある。
前世の記憶を思い出したからといって、いきなり4歳の脳が成長しまくって女子大生のそれになる訳じゃない。
少なくとも私の場合は『なんかよくわかんないけどおもしろいことがいっぱいおもいうかんで、たのしーなあ』程度でしかなかった。
例えるなら、絵や写真は沢山あるけど、添えてあるテキストはフリガナなしの完全大人向けという写真集やイラスト集を見る感覚だ。
イラストや写真は大好きで字も読めない頃から捲っていた本が、成長するにつれてテキストも読める様になって、そこに描かれた物事について理解をしていくあの感覚。
私にとっての前世の記憶は、分厚い本を読み解く様に思い出していくものだった。
まあ、転生は一回しかした事がないから『それは違う』と言われれば反論の仕様もないのだけれど。
さて。
『しちこく』シリーズのゲーム知識を持って、かつヒロイン(仮)として転生したのは良いものの今がシリーズ中のいつの時代か、全く判らない。
このゲーム、ヒロインにデフォルト名がないもんだからヒロイン名で何作目かが特定できないのだ。
勿論ヒロインの顔グラとスチルはちゃんとあるのだが、この家の鏡で見る限り『過去作のどのヒロインの顔とも違う』という程度の事しか判らなかった。
では最新作なのでは、という思えればいいのだが、正直言って自信がない。
何故なら、前世で最新作のヒロインのスチルを見た記憶がないからだった。
スマホアプリになった最新作では、あるシステムを取り入れていた。
それはユーザーの間では『顔無しモード』と呼ばれるもので、設定によってヒロインの顔出しの有無を切り替えられる、というものだった。
これは『しちこく』シリーズで度々上がった『ヒロインの顔が出ていないモードでやってみたい』という声に答えたシステムで、アプデやスチル追加等が家庭用機に比べればやりやすい、という事でスマホアプリの最新作で採用の運びとなったのである。
私は物珍しさと入院の退屈さもあって、この最新作を顔無しモードで進めていた。
『顔無しモード』の採用の為か、今作はタイトルバックは攻略キャラの姿しかなく、ヒロインは会話ウインドウのちびキャラすらいなかった。
流石にRPGモード内のフィールド画面でのドットキャラは有ったが、スマホの機能故かヒロインの姿を隠す徹底ぶりの現れか、画面の中には3等身でピンクとも赤ともとも取れる色がちょこっと入った四角いキャラがチョコチョコしているだけ。
私自身はヒロインの顔が徹底して出ていない分、直接攻略キャラ達と向き合ってる様な感じを楽しむ事が出来て、大満足で全キャラ&逆ハーエンドをクリアした。
家庭用ゲームと違ってパッケージもなければ説明書もないのが常のスマホアプリ、
さぁて次はいよいよ通常モード、公式サイトの立ち絵しかないというヒロインの顔をじっくりたっぷり拝んでやろう……と思った頃に病状は急変した。
私はゲームどころか顔を上げる事さえ出来なくなって、最期を迎え。
結局私は最新作のヒロインをろくに知らないままで、この『しちこく』世界に転生してしまったのだ。
この世界での私の髪の毛は淡目の赤色で、光に透かせばほんの一瞬だけギリピンク髪に見えないような気はしないでもないが、強弁するのも何だかな、という感じの微妙な色合いだったりする。
こんな事になるなら顔無しモードをプレイしてた時に、公式サイトでヒロインの顔をしっかりと見ておけば良かった……。
『ヒロインのスチルは通常モードの楽しみに取っておこう』なんて呑気に考えて、二次創作は無論の事、公式サイトすらも開かなかった自分を正座で2時間、がっちり説教してやりたい。
そんな後悔にはあっとため息を一つついて、自分の髪をくるくるいじる。
ドット絵から思い出すに、髪の色は赤系かピンク系のどれかな気もするけれども、髪飾りの色という可能性も否定できない。
『しちこく』ヒロインは凝った髪飾りをしている事が多く(またその髪飾りが物語の重要なキーアイテムになったりする)、家庭用機のドット絵ではその髪飾りを強調するデザインが採用されている事が多々あった。
コスプレイヤーやハンドクラフトを嗜むユーザーの間では、この髪飾りの再現度を競う人達も多く、前世の私もSNSを流れる美麗映像を大いに楽しませて貰ったものだった。
そんな訳で最新作のドット絵も『黒髪にピンク系の髪飾りを表現した』という場合が大いにある。
更に困った事に『しちこく』シリーズでは、ヒロインの髪色はピンクでない事の方が多い。というかヒロインがピンク髪と明言されていたのは、第一作だけだった様な……。
おかげで、自分の事ヒロインだヒロインだ言いながら、だんだん心配になって来てる。
もしかしたら、聖属性魔法が使えるだけの一般ピンク髪モブかも知れないし。
……うん、まあ、そうかも知れないなあ……うん。
もしそうだったら、ひっそりのんびり、回復魔法でお父さんの手伝いしながら勉強して、家業の町医者を継ぐ事を視野に入れつつ人生を過ごそう。
そりゃ、そうだよね。
いくら乙女ゲームの世界ったって、婚約者のいる人に横恋慕して奪い取ったりとか人の道に外れた事をして良い訳ないし。
考えてみたらストーリーの都合上ヒロインが目立ってたってだけで、案外、他にも聖属性魔法を使ってた人はいたのかも知れないし。
そうだ、多分それだ。
などと、『聖属性魔法の素質があるだけの一般モブ』としての己を受け入れ始めたその時だった。
「おーい、リィナぁ!」
遠くから声が聞こえた。
父である。
森で魔物に噛まれた人が出た、というので朝から往診に行っていたのだ。
それにしては随分かかった気がするけれど結構、大怪我だっただろうか。
この辺にそんなに危険な魔物がいたっけかな、と思いながらも「お帰り」と駆け寄った。
「随分時間かかってたけど怪我した人、大変だったの?」
「罠にかかってたワシュベアに噛まれたらしいけど、幸い軽い怪我で済んでてな。
あいつら、下手したら人の指くらい食い千切るから本当良かったよ」
父は良かった良かったと微笑みながら、そう説明してくれた。
ワシュベアとは、ここ数年でこのヒゥムディーラにも多数出没する様になった魔物である。サイズは柴犬(前世基準)くらい、姿はタヌキとレッサーパンダを混ぜたみたいな感じで見ている分には物凄く可愛い。
が、その可愛らしさを遥か彼方に吹き飛ばして余りあるほどの狂暴な気性、人里に出没しては鶏や畑を根こそぎ荒らす貪欲さに『1匹見れば半径3m以内に10匹はいる』と言われる繁殖力の高さで近隣農家には蛇蝎のごとく嫌われている。
その悪名高き魔物の名が、前世の記憶に引っかかったその時だった。
「ああ、あとなあ。ついでに神殿に行って来てお前の事を相談してきたんだよ」
「私の? 何かあったっけ?」
その言葉に首を傾げて聞き返すと
「ほら4つの時にいきなり回復魔法が使える様になっただろ? あの時も神殿に相談に行って、そこで神官様が王都の大神殿に連絡しとくって仰って下さったんだよ」
「ああ、あれ」
そういえば神殿に行って、魔法を使う所を見せたっけ。
でもその時は『素質があるとはいえまだ小さい子ですから、入学可能な年齢まで親元で見守ってあげて下さい』って帰されたんだ。
『入学可能』??
ん?
でも、結局この年まで学校みたいな処は行かなかったけど??
んんん??
ハテナマークを飛ばしまくってる私に父は言った。
「神官様にお前が今年で15歳になった事や読み書き計算はちゃんと出来る事を報告したらな、ちょうど王都から『新入生として学園に通わせる様に』って連絡が来てたって仰るんだよ」
「がく・えん?」
「そうだ。特待生として学費も寮費も免除して貰えるそうだから。お前の聖属性魔法の素質をきちんと伸ばす為にもまず学園でしっかりと学んで来なさい」
父の言葉で思い直す。
認識を改めよう。
一般モブよりは、多少なりともヒロイン寄りのキャラなのかも知れない。
攻略キャラと恋愛するかどうかは兎も角として。
あと、父の言った魔物は『しちこく』のRPGパートに出て来るモンスターの名前だ。扱いとしては序盤に出て来る雑魚。
外見的にはタヌキかレッサーパンダに似てて可愛く、どっちかいうとマスコット寄り。そしてこのモンスターは、アプリ版発売を記念して追加されたキャラだった筈。
以上の記憶と照らし合わせて、やっと今がいつの時代か判った。
私が転生したのは、シリーズ最新作の世界だった。
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