第85話 愛する人を巡って
ガングラジャを倒した後、四方八方から湧き出てくる魔物をグレドさんと一緒に倒し続け、私たちは何とか一息をつくことができた。
魔物の発生は収まっており、周辺にいた亜人を避難させることはできた。
ただ、この森にはここ以外にも多数の亜人たちが暮らしている。
「無事ですか?」
「ああ、なんとかな。……しかし、相変わらずつえぇな」
「グレドさんだって強いじゃないですか」
「俺は……ガングラジャを前に戦おうという気概を削がれていた。ミュリナはどうして戦えるんだ? そんだけつえぇとやっぱ怖くないのか?」
イメージ的に怖いもの無しに見えるグレドさんからそんなことを言われて、少しだけ驚いてしまう。
「もちろん怖いですよ。グレドさんこそ怖かったんですか?」
「……ああ、そうだな。正直に言えば怖かった。自分が死ぬかもしれないって言うのもだけど、お前が死ぬかもしれないと思ったら、それが怖かった」
「!!? ど、どうしたんですかっ、いきなり!」
柄にもないことを彼が言いだしたものだから動揺してしまう。
「いや、変なことを言ったな、すまない」
「……。珍しいですね。てっきり『俺に怖いもんなんてあるわけねぇだろ』とか言われるのかと思ってましたよ」
「そう言えればいいんだがな。俺は貴族として恥じない人間にならなければならないと思っている。俺もまだまだだな」
「貴族として?」
「俺らは生まれた時から世襲で貴族が決まっている。極端なこと言や遊んで暮らしてても税収が勝手に入って来て、生きていける身分だ。けど、俺はそんなことをして生きて行こうとは思っていねぇ。俺が貴族として――人々の上に立つ身として、果たすべき責務は絶対にこなさなければならないと考えている」
「偉いんですね。グレドさんって」
「何言ってんだ。それで言やぁミュリナの方がよっぽど偉いぜ。誰に金をもらっているわけでもなしに、そうすべきだと考えている。立派なことだ」
手放しに褒められて背中の辺りがかゆくなってしまった。
一体今日の彼はどうしてしまったのだろうか。
なんだか居たたまれなくなったので、少し席を外すことにする。
「あ、え、えっと! ま、まだ逃げ遅れた人がいないか、少し見回ってきますね!」
「……ああ、俺はここに避難している彼らを見ておく」
そんな言葉を交わして、私は逃げるようにその場から離れるのであった。
*
ミュリナが離れていったあと、グレドはその場で小さくほくそ笑んでしまう。
「やっぱり、好きになっちまったみたいだな、俺は……。まったく、柄にもねぇ」
なんて呟く傍で、人の気配を感じ警戒心を高める。
「誰だ?」
「俺だ。ミナトだ」
「……。勇者サマか。無事か?」
「ああ、一体何が起きている?」
「わからん。突然周囲に魔物が現れて襲われた。……そう言えば、ミュリナが直前に遺物――スマホをいじっていたな」
「スマホ!? 君はスマホのことを知っているのか!?」
「ああ、家の古文書に記載があったから存在は知っていた」
「……。それで彼女がそのスマホであの魔物たちを呼び寄せたってことか?」
「おいおい、ちょっと待て。ミュリナは意図的に何かをやったってわけじゃないと思うぜ」
その言葉にミナトはムッとなる。
「だが事実として、それを契機に地震が起き、魔物が大量発生したんじゃないのか? 君にはわからないだけで、彼女はそれを意図していたという可能性は?」
「そんなはずねぇよ。ミュリナがそんなことするはずねぇ」
「まるで彼女のことをよくわかっている風だな。グレドという名前だったよな。グレド、君はミュリナの真の正体に気付いているのか?」
「真の正体……?」
ミナトは何かミュリナに関する秘密を知っているのだろうか。
そう思うだけで、グレドは胸の中にとげとげした熱い感情が芽生えた。
自分ではない男性が彼女とより親密な付き合いをしていることに我慢がならなかったからだ。
その結果――
「ああ、知ってるぜ」
なんて、よくもわからないことに対して知ったかぶってしまうのだった。
「そうなのか。やはり気付く者もいるんだな。君は彼女のことをどう思う?」
「ど、どうって! べ、別に普通だよ!」
「俺も……今のところ、彼女は清廉に見えている。だが、場合によっては無理矢理にでも手を出そうと思っている」
『手を出す』という言葉にグレドは思わず仰天してしまう。
男が女に手を出すといったら、意味するところは一つしかない。
「む、無理矢理に手を出すだと!? ふざけるな! あいつは純真で純朴な奴なんだぞ!」
「そう演技しているだけかもしれない。人間、陰で何をしているかなんてわからないものだ」
「あいつがっ、陰で……!? そんな、そんなはずないっ!」
好きになってしまった相手がそんな人間であるなんて思いたくもない。
「君が彼女を試してみたらどうだ? 俺はもうすでに何度もカマをかけている」
「なっ、何度もだとっ!? いいいい一体、どんなことをしたんだ!?」
「そうだな……勇者学園に入ったのはそれが目的なんじゃないかとかを聞いたりした」
「そ、そんな理由で勇者学園に入るわけないだろっ!」
「わからないぞ。あそこは有力貴族も多く、機密の塊のようなところだ。所かまわず手を出すだけでも彼女にとってはメリットが大きい」
「と、所かまわず……っ! そ、そんなっ! あいつがっ、そんなことっ……!」
今まで見て来たミュリナからすれば、ほぼないと言えることだ。
なのにミナトの瞳には言いも知れぬ説得力が込められていて、それにグレドはひるんでしまった。
もし彼女が陰で所かまわず手を出すような行為に及んでいたとしたら……。
「ショックなのもわかる。グレド、君は恐らくまだ手を出されていないのだろう? 今後彼女からそういったアプローチがあるかもしれないから警戒しておいてほしい」
そんなアプローチがあった際、自分はどう対応すればいいのだろうか。
好きになってしまった相手からの誘いであれば、当然乗りたくはある。
だが、所かまわず手を出すような彼女と果たして関係を持っていいのだろうか。
「ミ、ミナトはそういう経験があるのか?」
「俺か? 実際のところ、彼女とは危険な局面が何回かあった」
「危険な局面だとっ!?」
「ああ。レイスエリアでニア・サートンバゼルの事件があった際に、アルが――アルベルトがやられてしまったことがあってな」
「ヤられた!?! ヤられたのか!?」
「ああ。息も絶え絶えだった」
「ヤったんだ……。ミュリナが……。しかも息も絶え絶えだなんて」
一体どんなハードなことをしたのだろうか。
「ちなみに、ニア・サートンバゼルも同じ状態だったぞ」
「えぇぇぇ!!? あいつ女だよな!?」
「あ、ああ、そうだが、それは関係あるのか?」
「あるだろ!!」
「まあたしかに、パッと見はそんなに強そうには見えないからな。アルが全身血まみれになっているのを見た時は俺も気が動転しそうだった」
「血まみれ!? 一体どんなことをしたらそうなるんだよ!」
「わからない……。そういえば聞いた話だが、学園では今、既存の派閥が消えミュリナ派閥ができていると聞く。それは本当か?」
「……あいつは派閥なんて作ってないが、たしかに学園ではミュリナを中心とする集団が最大勢力になりつつある。あいつも身分としては公爵令嬢だし、周囲には常にサイオンやメイリス、ニアがいる」
「彼女に篭絡されたとは考えられないか?」
そういえば、今彼らは一つ屋根の下で暮らしている。
つまりは、そういうことなのか……。
それに、ミュリナが同性愛者だという噂は常に出回っていた。
適当な噂話かとも思っていたが、今にして思えば思い当たる節はいくらでもある。
この前だって学園でミュリナが、
『毎日一緒に寝ろだの風呂に入れだの大変なんですよ』
とか訳の分からないことを言っていた。
あれはそういうことだったのか……。
「とにかく、君も気をつけてくれ」
「あ、ああ。わかった」
そんな風に述べながら、グレドは今後ミュリナとどう接していけばいいのか悩みに悩んでしまうのだった。
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