第84話 泉の守り手
森の中を探索していると、グレドさんがやって来た。
手分けして探すということになっていたのに、どうしたのだろうか。
「グレドさん? どうされましたか?」
「ミュリナ、その、ちょっと聞いておきたいことがあって」
「? なんでしょうか?」
グレドさんがいつもと違って神妙な顔つきとなってくる。
「え、えっと……?」
「お前っ! ミナトとワンナイトラブしたのか!?」
「…………は?」
頭の中が真っ白になる。
「さっきその話になって二人ともすごく焦ってただろ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 謂れもなくそんなこと言われたら普通は焦りますよ!」
「だが、レイスエリアの舞踏会では二人でダンスを踊っていた」
「あれはアルベルトさんが――」
「会場でもなんだか親し気に話していたじゃないか!」
「それだいぶ違いますからっ! 別に親し気になんてしていませんっ」
どちらかというと一方的にミナトさんから敵意を向けられていた。
「それに、二人ともただならぬ関係だって感じが出てるじゃないか! 違うのか!?」
「それは――!」
たしかに魔王と勇者なんだから、ただならぬ関係ではある。
けど、それを説明するわけにもいかない。
「……っ。やっぱり言えないような男女の関係なんだな」
「だ、だから違いますって! っというか、なんでグレドさんがそんなことを気にするんですか」
「それは――」
今度はグレドさんが言葉に詰まる。
なんでこの人はそんなに私のことを観察しているのだろうか。
「べ、別にいいだろ! ちょっと気になっただけだ!」
そんな風に言いながら、グレドさんがぷいとそっぽを向いてしまった。
えぇ……。
全然よくなさそう……。
グレドさんってもしかして私のこと好きなの?
いやいや、彼はどちらかというと私のことをライバル視している面が学園ではあった。
それで気にしているだけとか?
「むぅ。……と、ところで、グレドさんはどうやって生命の泉のことを知ったんですか?」
「……家にあった古い書物で読んだんだ。ここクエーラ地方には大昔に人族の大きな砦があったらしい。そこには死者を蘇らせるほどの設備が備わっていたと」
「死者を蘇らせる……。特殊な治療魔法か何かでしょうか。でも設備ってことは魔法ではないですよね」
「そのあたりは俺もわからん。書物にはその設備に関する情報がほとんどなかったからな」
そこで私は、タカネさんがスマホと呼んでいた板のことを思い出す。
「うーん……これが読めればいいんですけどねぇ。私には文字がわからないんで……」
暗証番号はわかっているのだが、いかんせん中身が読めない。
タカネさんに見せた時も無反応だったため、たぶん禁書庫で言っていた英語とやらで書かれているのだろう。
適当にタッチしてみるも相変わらず訳が分からないものばかりだ。
「そりゃなんだ?」
「二人でグラッセル討伐の依頼を受けた時、遺跡を探索したじゃないですか。あそこで拾ったんです。どうも旧時代の遺物らしくて」
「それ、もしかしてスマホじゃないか?」
「え? 知ってるんですか?」
「ああ。文献で読んだことがあるし、王家には過去から受け継いでいるスマホが数台あるらしいぜ。ただ――」
グレドさんが訝し気な表情を浮かべる。
「なんでそのスマホは起動してやがる?」
「え? いや、私もよくわかりませんが」
「そうじゃねぇんだ。スマホは魔力で駆動するから動くには動く。だが、セキュリティを解除するためには生体認証ってのが必要なんだよ」
「生体認証? 暗証番号じゃないんですか?」
「両方だ。生体認証をしながら特定の番号を打つ。じゃないとそもそも起動ができない」
「……え?」
「なんでてめぇのは起動している……?」
ちょっと待って……。
私の生体情報が登録されているってこと?
なんで過去の遺物に……?
まじまじとスマホを眺めていると、とあるアイコンが光っているのに気付いた。
今までこんなことはなかったはずだ。
試しにそれへタッチした瞬間――
地が大きく揺れた。
大地震が発生し、私は咄嗟に浮遊魔法をかける。
「地震か!?」
「上からの落下物に注意してください!」
森の中なので降って来るとすれば枝とか、最悪の場合、木が倒れてくる。
しばらくの時間を耐えて、揺れが収まったと思ったら、常時展開している探査魔法に反応があった。
そこかしこから魔物が溢れ出てきている。
「なにこれ……!? 魔物!?」
いや、もはや探査魔法なんて必要ない。
唸り声や魔物たちの息遣いがすぐそこで聞き取れるほどに、そこかしこに魔物が出現してくるのだった。
「なんで!? どこから現れたの!?」
「とにかく移動だ! この数はやばい!」
森の中で断続的に魔法を行使しながら、とにかくティカーオを目指して駆けていく。
他のメンバーは無事であろうか。
大量の魔物が湧き出していて、いくら倒してもきりがない。
「一体何が起きてやがる。【ワイドエクスプロージョン】!」
グレドさんが殲滅魔法を放ちながら道を切り開く。
「地面から出てきているわけでも、遠くからやってきたわけでもないです。何か……通常とは異なるはずですっ!」
「とにかく街まで戻るぞ!」
「はいっ!」
と言っている端で森に住まう亜人たちが逃げ惑う姿が視界に入った。
彼らは戦闘力をろくに有しておらず、魔物に一方的に蹂躙されている。
「ミュリナ! どこへ行く!」
「助けないとっ!!」
亜人の中でも、あれは
羽は生えているが空は飛べない。
つまり、四方八方から現れる魔物たちに為す術ない。
「こっちに逃げて! ティカーオの街はこっちよ! 【サンダーストライク】、【フロストジャベリン】」
倒した端から魔物が湧き出て来てキリがない。
なんて思っていたら――
甘い、花の香り……?
いや、違う!
「【ヴォルカニックアラウンド】」
瞬時に危険を察知して周囲にマグマを展開する。
その瞬間、目に見えていなかった偽装触手分体たちが逃れるように退いていく。
「触手……」
見たことのあるソイツの姿に、私は目を見開いた。
百を超えるぬめり気にまみれた触手は本体から離れても活動ができ、時に相手を麻痺させ、時に相手を貫き、時に相手を拘束する。
何十もある目玉ギラギラとこちらをねめつけており、開いた口からは強力な睡眠作用のある甘い香りをまき散らしていた。
無数の触手とともに襲い来るこの魔物の名は――
「ガングラジャ……っ!」
マグマが消えたのを契機に分体が四方八方から飛び掛かって来る。
すでに亜人の何人かは捕まってその魔物の大口へと運ばれていた。
「ミュリナ! 逃げろ! そいつは人では勝てない!」
「わかってる! でも――、【グランドスネイク】! 【サンダーバレット】!」
生成魔法により土製の龍を八体創り出して突貫させる。
私は別方向に飛んで雷魔法で分体を減らしていく。
「ガングラジャは捕えた獲物を比較的長い時間仮死状態で保存する習性があるわ! 亜人の方たちは食べられたんじゃなくて捕まっているだけかもしれない!」
「だが! ガングラジャは英雄譚に出てくる特級のバケモンだぞ! 勇者でも敵わないって言われてる! ミュリナ、今は引くんだ! ここでお前まで死んだら他の人たちまで避難できなくなる!」
次々にガングラジャの大口へと運ばれていく麻痺失神してしまった亜人たちを眺める。
「私は、それでも――」
例え勝てなくても――
「助けるっ!! 【アクセルバースト】!!」
左手に杖、右手に光剣を掲げて突撃。
雄叫びと共にそれを振るいながら、無数に襲い来る触手分体を斬り裂いていく。
ガングラジャ本体に強力な魔法は使えない。
その場合、奴の胃袋に保管されている亜人たちにまで危害が及ぶこととなる。
「【ソニックバスター】」
真空波を何本も放って本体を斬り刻む。
ガングラジャの痛痒な悲鳴に呼応して、亜人確保に向かっていた触手たちも一斉に私へと襲い掛かって来た。
「【ヴォルカニックアラウンド】!」
私の周辺を超高温に燃やし、やってきた触手を炎上気化。
なおも大量の触手どもが迫る。
「勝てるとか、勝てないとか。そんなこと、勇者にとって関係ないっ!」
魔法の方が撃ち負けて、大量の触手が迫る。
バキィィィン!!
「ミュリナァァ!!」
視界が奪われるほどの触手に囲まれるも、それらが私に届くことはない。
私の電撃シールドに阻まれて、瞬時にズタボロの状態となってはじけ飛ぶ
「人々を助ける。何があっても! 勇者は絶対に引かない! 雷光魔法【ペネトレイト・レイルガン】」
走り抜けるは極大光線。
電撃が舞い散り、ガングラジャの口が大きく貫かれ、巨体はそのまま地面へと倒れていくのだった。
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