第82話 飛び込み営業
モスブはこの日、ティカーオ最大の商会であるストューナ財閥を訪れていた。
あの魔王のような恐ろしさを持つミュリナからの指示は、グラズ鉱石とシュリア草を商会に買ってもらえないかという内容だ。
「別にうまくいかなくても、そのときはそのときです」なんて彼女は言っていたが、うまくいきませんでしたなんて報告した日には、一体どんな仕打ちが待っているか想像したくもない。
一方、彼がやっていることは事前にアポイントを取らない飛び込み営業のようなものであり、本来であれば数打ち当たれという代物となる。
そんな低確率の事案を一発で成功させなければならないというプレッシャーにモスブは押しつぶされそうになっていた。
「誰だいあんた。いきなりやって来られても困るんだけどな」
たまたま捕まえることができた商会の人に何とか頼み込む。
「お願いです! どうしても聞いて欲しい話があるんです! 十分、いえ、五分で済ませます! お願いです! 話を聞いてください!」
震える声で涙ながらに頼み込む。
ここで彼に見捨てられることは死ぬことと同義であり、自身の挙動から声色に至るまで全身全霊をもってお願いしていく。
「い、いや、俺に言われても担当が……」
「お願いです! これが失敗したら俺、もう後がないんです! お願いです!」
「だ、だからそんなこと言われたって今日の予定も……」
彼に縋りつく。
「お願いなんです! ご無礼は重々承知しています! でもどうか、どうか話を聞いてください!」
なんて具合に、半狂乱な声となりながら彼に頼み込んでいった。
「わ、わかった。わかったからとりあえず離れてくれ! 今担当者を呼ぶから!」
この男もモスブの必死さに観念したのであろう。
諦めて適当な人物を呼びに行こうとする。
するとそこへ、ちょうどストューナ財閥の上層部集団と思われる者たちが通りかかった。
その中心には修道服を着た銀髪の少女がおり、天使のような笑顔でこちらを眺めている。
そして、あろうことか、ゆっくりとモスブへと近づいてきて話しかけてくるのだった。
「もし? そちらの方がどうかされたのですか?」
対応をしていた男性はそれまでの態度から打って変わって、非常に緊張した面持ちとなり背筋をピンと伸ばす。
「こ、これはサラ様! このような場所におこし頂けるとは! 彼はその、何と言いますか。恐らくは飛び込み営業マンかと思われます。私共の方で対応いたしますのでサラ様がお手を煩わせる必要はございません」
だが、サラと呼ばれた少女は優しく微笑みながらモスブを覗き込んでくる。
「せっかくですから、何かおっしゃりたいことがあるんじゃないんですか? 一言くらいなら聞きますよ」
周囲にいる幹部たちが動揺している。
恐らく彼女はこのストューナ財閥の重役なのであろう。
周囲の動揺から察するに、こんな機会は滅多にないということも推測できる。
このチャンスは絶対にモノにしなければならない!
だが、そう思えば思うほどに頭が真っ白になって、モスブは何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
やばい!
相手を待たせている!
早く何か言わねぇと!
「あ、あの、えっと、は、話を聞いてください! じゃないと俺、あの魔王のような彼女に殺されてしまうんです!」
極度に緊張していたモスブは、あろうことか言わなくてもいい部分まで口にしてしまっていた。
すぐさまその失態に気付き、ハッとなって背筋が凍っていく。
終わった……。
魔王とか意味わかんねぇじゃん……。
モスブは自分の命が潰えてしまったような錯覚を覚える。
いや、錯覚ではなく未来に現実となることだ。
「魔王……?」
案の定、少女は顔をしかめていた。
当たり前だ。
初対面の人間にこんなことを言われたら首をひねってしまうのは当然であろう。
「あなた、どちらからいらしたのですか?」
「え゛? プ、プレグの村です」
この回答をすることに意味があるかはわからないがとりあえず答えておく。
たぶん次の言葉は、ごきげんようとかさようならとか、とにかく別れを意味する言葉だ。
頭を抱えて悩むモスブに対して、少女は何やらブツブツ呟いていた。
「あなた、もしかしてミュリナ様のお知り合いですか?」
あいつの!?
そう言えばここに当たってみるよう言ってきたのもあいつだ!
何でだかよくわからないが、首の皮一枚つながるかもしれない!
「は、はい、あのお方には服従を誓っております!」
あ……。
あーーー!!!!!
なんで俺は服従とか言ってんだ!
普通の人からしたら意味わかんねぇじゃん!
終わった……。
本日二度目の臨死体験をしているモスブ対し、サラからは非常に強い仲間意識のようなものが発されていた。
サラの目に力がこもり、それまでの笑顔を絶やさない修道女からは一線を画す、本来の才能に溢れた少女の姿へと変わる。
「この方を最重要顧客対応で来賓室へ通してください。あなたが対応してください」
モスブが最初に話しかけた男にサラから強い視線が飛ばされる。
粗相の一つでもあったら首が飛ぶぞと言わんばかりだ。
「え? あ、え? は、はい!」
この男は当然おかえりいただくよう言われると思っていたのだろう。
真逆のことを言われてしまったものだから動揺を隠し得ない。
「本日の予定はすべてキャンセル致します。それと、使える者を十名ほど私の部屋へ呼んでおいてください」
「え? ええっと、サラ様、ですが本日は国の大臣との面会が……」
「そのような些末な事はあなた方で対処してください。私にはやらなければならないことがございます」
周囲の取り巻きをそう突っ撥ねて、再びモスブの前へ来てうやうやしく挨拶をしてきた。
「それでは、お待たせしてしまうこととなり大変申し訳ございませんが、後程お話に参ります。しばらく来賓室にてお待ちください」
サラは丁寧にお辞儀をして行ってしまった。
「いったい、どうなってんだ……」
なにがなんだかわけがわからないが、うまくいってしまった。
本当なら喜びをかみしめるところなのかもしれないが、取り残された者たちも含めて、モスブは首をかしげることしかできないのであった。
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