第81話 顔合わせ

 街の観光をだいたい終え、課題の方へと取り掛かることにする。

 期間は十日間。

 この間に私は何らかの成果物を得てこないと、学園での内申点が得られないことになってしまう。

 成果物というのは何でも良くて、極端に言えば魔物を狩って提示しても良いし、希少な薬草を採取するのでもよい。

 とにかく何でもいいから人々からみてすごいと思えることをしろ、という雑な内容なのである。


 この課題は個人ごとでの内容となるため、協力は認められていない。

 協力していないことの判定には、他の生徒と内容が被っているかどうかでなされる。

 そのため、他者がやらなそうでかつ加点が得られそうな内容を成果物として提示すれば高得点を得られるということになる。


 不本意ではあるが『生命の泉』という誰も手をつけなさそうな内容に着手するのが良さそうに見える。


「はぁ……気が進まないなぁ」

「そう言うなって。あーしが手伝ってやんだ。ある種チートだぜ? まあ最も、他の貴族連中もこの程度のズルはしているだろうがな」

「でも本当にこのクエーラ地方なのかも怪しいんでしょ?」

「仕方ねぇだろ。元々ここは亜人の土地だからこの土地に関する歴史の文献を人族はほとんど持ってねぇんだ」

「じゃあどうするのよ」

「詳しい奴に聞く。んまあ見てなって、ちゃんと約束も取り付けてある」


 そんな風に述べる彼女に連れられて、加速魔法で中立都市ティカーオに隣接する大森林をかけていく。

 たしかこの森には多数の亜人部族が暮らしているはず。


 しばらく移動を続けて到着したのは、大樹の中をくりぬいて住居をつくっている村であった。


「兎人の村?」


 みな頭から兎の耳が生えているが、見た目はだいぶ人間に近しい。


「そうだ。ここのおさに話を聞く。おい、そこの――」


 手近にいた者をつかまえて、タカネが話を進めていく。

 長老の住居へと案内されて、そこで老人兎人と同年代くらいの兎人の女性と相対することとなった。

 老人の方はタカネの姿を見るや、彼女の方へと歩み寄って喜びを露わにしている。


「久しぶりだな。シオ」

「おお! タカネ様、お久しぶりです。五十年ぶりでしょうか」


 そう述べて二人は抱き合って再会を喜ぶ。


「すっかりジジイになったな」

「いえいえ、まだまだワシも現役ですぞ。この前も、ほれそこのグラッセルを狩ったばかりですわい」


 壁にはグラッセルの立派な頭蓋骨が飾られていた。


「はっ、相変わらずのようだな。んで、早速聞きてぇことがあんだが」

「生命の泉のことですな。手紙をもらってから調べさせておったんじゃ。ワシはもう目が悪くて文字が読めんでのぉ。じゃがその前に、実は同じ問い合わせを他二名から受けておる。同席させても構わんかの? 禁書庫にある文献じゃから、本来亜人以外には見せてはならんのじゃ。何度も人族を入れるというわけにもいかん」


 このタイミングで同じ問い合わせ……?

 思わずタカネと顔を見合わせてしまう。


「別に構わねぇぞ。むしろ誰がそんなことを嗅ぎまわってんのか知りてぇぐらいだ」

「わかりました。それでは、娘のリーリアに案内させますぞ」

「「……え?」」


 娘?! 孫じゃないの!?


「お前……現役ってそういう意味かよ」

「むろんじゃ! ワシはいつでもいけるぞ! とくにそちらの黒髪の女子おなごなんかとっても好みのタイプじゃ!」


 問答無用でタカネさんのケリが飛び、長老さんが壁に激突した。


「ちょおおおお、タカネ! 何してんの!」

「別にいいだろうが」「別にいいですよ。お父さん変態ですし」


 タカネはともかく、娘のリーリアさんからもそんな言葉が聞えて来た。


「い、いいんですか……」

「こっちよ。ついてきて。あと二人も待たせてある」


 長老さんを置いて、私たちは村の奥へと歩んでいくのだった。

 地下へと続く隠された道に案内され、その中へと入っていく。

 するとそこには――


「なっ!?」

「なんで君がいるんだ!?」

「なんでお前がいる!?」


 そこにはなんと、グレドさんとミナトさんがいた。

 ミナトさんに至っては私の姿を見るや剣の柄に手をかけている。


「おうミナトー。元気かー? そっちのは……前ミュリナと一緒に半殺しにした野郎か。あんときゃ悪かったな」


 なのにタカネさんときたら、躊躇もせず部屋の中にずかずかと入っていって、気にせず椅子に座るのだった。

 私は依然として部屋の前で立ち尽くしており、リーリアさんも困った表情を浮かべている。


「えと、なにか因縁のある相手なの?」

「……こっちのグレドさんは同じ学園の同期です。そちらのミナトさんは……ただならぬ関係、とでもいいましょうか」


 リーリアさんの表情がさらに曇る。


「ただならぬ関係……。ワンナイトラブのお相手とか?」

「違う!!」

「違います!! なんでそんな話になるんですか!」

「い、いえ。その、お父さんが『ただならぬ関係』っていうと、だいたいそれだから……」


 あー……。

 あの人ならあり得るかも……。


「だっはっはっはっは!! それがガチなら面白れぇな!」


 タカネさんが高笑いする横で、皆はこの空気どうすんだよと困った表情になるばかり。

 そこに水を差していったのはリーリアさんであった。


「と、とりあえず、ここクエーラ地方は中立地帯です。過去の諍いは持ち込まないのが原則。これから禁書庫に案内する以上、これを守ってもらえないのであれば入室は許可できません」


 そう言われて、私の方から降参のポーズを取る。


「私はそもそも何をするつもりもありません。グレドさんとは同期なんでとくに因縁なんてないですし、ミナトさんとも普通に接したいと思っています」

「……。こちらも同様だ。今日は情報収集に来ているだけだから、彼女と特段争うつもりもない」

「わかりました。では行きましょうか」


 いったんその言葉で事なきを得て禁書庫へと入っていくも、移動途中でさっそくグレドさんにツッコまれた。


「おい、どういうことだ! あいつは知り合いだったのか」

「ち、違いますよ。グレドさんと一緒にクエストをやった後、タカネとは何回か会っていたんです。むろんあちらの都合でですよ? それで最近は家にまで住み着くようになっているんです」

「住み着く……?! お前ん家どうなってんだ。サイオンの婚約者とかニアまでもが一緒に暮らしてんだろ」

「はい。最近じゃあサラまでもが無理矢理家に転がり込んできていて、正直大変です」


 正確には、財政面は抜群に安定するようになったのだが、うちの同居人ときたら事あるごとに、やれ私と風呂に入れだの、やれ私と一緒に寝ろだの、やれ教祖様万歳だのと、面倒なことこの上ない。


「サラって、サラ・ストューナか? ストューナ財閥の令嬢か?」

「え? 財閥令嬢……?!」

「知らねーのかよ。サラ・ストューナは有名だぜ。貴族ではなく商人だが、実力は間違いなくサイオンに並ぶ智者だ。元々はティカーオの小さな卸業者だったらしいが、あいつが家を取り仕切るようになってストューナ財閥は商圏が爆増した。今じゃ中立都市という立地を生かして、人族と魔族の両方と商いを行っているらしい」


 えぇ……。

 普段の彼女からは微塵もそんなところが感じ取れないんだけど……。


「とにかく、あのタカネって奴は今は味方だと思っていいんだな?」

「ええ。少なくとも危害を加えてくることはないと思います……たぶん」

「なんで『たぶん』なんだよ……」


 階段を下りきり、禁書庫へと到達する。


「それで、えっとミナトさんが霊魂の泉に関する情報、グレドさんが死者蘇生に関する情報、タカネさんとミュリナさんが生命の泉に関する情報を欲しているとのことでしたね。先に言っておきます。私が読み解いている限り、それらは全て同じものとなります」

「全部同じ……。ってことは生命の泉では死者を蘇らせることができるんですか?」

「わかりません。私が読み解いている限り、お三方の言っている内容は同じだと解釈できるのではと思っています。ただ、実際のところはわからないんです。生命の泉に関する書籍の解読は一、二割が限界でして」

「本自体は見せてもらえないんですか?」

「こちらですよ」


 そう言って開いた書物を見て、タカネさんとミナトさんが同時にため息をつく。


「英語か」、「ちっ、英語かよ」

「え゛!? 二人とも読めるんですか!?」

「ある意味予想通りだが、これはあーしらの元の世界の言葉だ。ミナト、てめぇ勉強はそこそこできんじゃねぇのかよ? あーしは不良学生だったから勉強なんてほとんどしてねぇ」

「多少は点を取れた方だが、書物が読めるほどじゃない。それに、パッと見た感じ専門用語もたくさんあるように見える。俺では読めない」

「ちょ、ちょっと待って下さい。元の世界?? 二人は一体、何者なんですか!?」


 タカネとミナトさんが顔を見合わせる。


「シオが教えなかったのかよ。あーしらは勇者だ。まあ、あーしは、元、だがな」

「俺の方はできれば口外しないで欲しい。今はまだ非公開情報だ」


 はへぇ、とリーリアさんが面食らっているし、グレドさんも口が空きっぱなしになっていた。

 まあ、普通はそういう反応になるよね。


「それでどうするの? 読めないんじゃほとんど情報無しで探すしかないんじゃない?」

「そうだな……。おい、リーリアとか言ったか。なんか他に読み解けた部分はねぇのかよ?」

「えーっと、自信はなんですが、この辺りの大森林の中央にメルグナの太陽と呼ばれるものがあるらしいんです。ただ、森にそんなものがあるなんて聞いたことありません」


 メルグナの太陽。

 私が天啓で得た情報は『メルグナの太陽と月を目指せ』って内容だった。


「うっし。じゃあまずはそれを探してみるか。唯一の手掛かりだ」


 そう述べて、一同は森へと出掛けて行くのだった。

 天啓の情報を言っていない辺り、タカネさんも何だかんだちゃっかりしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る