第79話 プレグ村での勘違い

 プレグの村は東側に学園都市ミストカーナ、北側に大都市レイスアリアがあり、これまで宿場村として経済を潤わして来た。

 だが、一年ほど前に大流行した疫病への対応を怠ったため、村民のほとんどが死に絶えてしまい、廃村となることが決定していた。


 そんな村には現在、百名ほどの新たな住人となる魔族たちが生活を始めている。

 彼らは今まで奴隷であったのだが、とある人族の女性にここへと連れてこられ、しばらくここで生活して欲しいと告げられたのだ。

 最初は頭を捻るばかりの話だったが、徐々にここの生活にも慣れてきている。


「モスブ、今日こそ言うのか?」


 モスブと呼ばれた男は、現在この村の副村長を務めている魔族だ。

 見た目はいかつい三十代のおっさんだが、彼が副村長を務められているのは彼の優しさと有能さゆえである。


「ああ。たしかにミュリナさんにゃあ世話んなってる。だが、こんままなあなあっつうわけにもいかねぇ。今日こそはっきり言ってやらなきゃなんねぇ」


 この村は人族領のど真ん中にある魔族の村であり、安全保障という観点ではほとんどミュリナに生殺与奪権を握られてしまっている。

 今でこそ待遇に問題はないが、今後彼女がそれをだしに何かしらの制約や要求をしてくる可能性だってあるのだ。

 ならば、今の内からある程度の自治権を主張しておくべきであろう。


「ミュリナさんがなんて言うか想像もつかないな。やっぱこの村は私のだって言ってくるだろうか……?」

「わからん。だが、無償でここまでのことをしてくれるお人好しがいるたぁ思えねえな。下心あってのことだろうよ。俺たちぁ魔族だ。このまま奴隷牧場にされちまう可能性だって十分あり得る」

「だ、だが、ミュリナさんの魔法を見ただろ。あれはとてもじゃないが敵う存在じゃない」

「わかってる。要はただの威嚇だ。本気で喧嘩したら勝てねぇってわかってるからこそ、こちらも易々とは言うことを聞かねぇってぇ態度だけを示しとく。そうすりゃある程度の譲歩を引き出せるって寸法よ」


 そこへ、ノック音が響く。


「ミュリナです。入っていいですか?」


 モスブたちは顔を見合わせる。

 何かすごく嫌な予感がしたからだ。

 この家の壁はそこまで厚くない。

 少し聞き耳を立てれば室内の会話を盗み聞きすることができる。


 はたして、ミュリナは今到着したんだろうか。

 それとも、今ノックをしただけなのだろうか……。


「おう、いいぜ」


 とりあえずは承諾して入室してきた彼女を見て、またも違和感を覚えた。

 いつも笑顔で入ってくる彼女に対して、今日は少し考え事をしている面持ちだ。

 それを見て、モスブは必死に頭を回してしまう。


 ――やっぱり話を聞かれていた!?

 いやだが、こんなところでひるんでいられるか!


「こんにちは、モスブさんにグズリムさん」

「ミュリナか。今日はおめえに言いてえことがあるんだ」

「はい、なんでしょうか? 実は私も、今日はとても大切なお話がありまして」


 ミュリナが肩掛けカバンを降ろし、中から薬草や鉱石を取り出していく。


「な、なんでえそれは?」

「あ、すみません、気にしないでください。私の方からの話に必要な物です」


 モスブが鉱石を触ろうとしたところでリナから補足の言葉がかかる。


「気を付けてくださいね。どちらも単体だと効果のないものですが、合わせると爆発性の物質に変わりますので」

「なっ!」


 モスブとグズリムの間に、張り詰めた緊張が走り抜ける。


 爆発物!?

 やはり会話は聞かれていたのか!

 クソっ! 下手なことを言おうもんなら木端微塵にしようってか。 


「さ、先にそっちから話せよ」


 ミュリナの明確な脅しにひるんでしまい、モスブは先手を譲ることにする。

 だが、彼とて馬鹿ではない。

 彼女が何を言ってくるかによって、こちら手を臨機応変に変えようという算段である。


「え、いいんですか? ええっと、そしたらまず初めに、この村に百名ほど人族を移住させたいと言ったら、あなた方はどう思われるでしょうか?」

「……人族を?」

「はい。皆さんは魔族ですので受け入れ難い心理もあろうかと思います。ただ、移住を希望している方々はどちらかというと魔族に対して好意的な方々が多いです。たぶんモスブさんたちともすぐに仲良くなれるのではと思っています」


 モスブとグズリムはまたも顔を見合わせる。

 今この村は立ち上がったばかりで、人手はいくらあっても足りない。

 想像していたよりもだいぶ……いや、かなり良い話だったことに、モスブは胸をなでおろしてしまう。

 もっと無理難題を要求されるかと思っていた。


「あっ! もちろん増えた人数分も含めて、食料などの物資面は私が――というかサートンバゼル家が支援しますよ」

「それは悪くねぇ話だな。空き家もまだ多くある一方で、手が付けられてねぇ農地もたんまりあんだ。今すぐにでも手を借りてぇ」

「本当ですか! よかったぁ! じゃあさっそく受け入れの方向で話を進めますね。……あっ、そうしましたらこちらの鉱石の話も関係してくるんですが――」


 爆発性の物質が今の話と一体どう関係してくるのだろうか。


「結論を先に言いますと、人を出してもらえないでしょうか?」


 笑顔でそう言ってきた。

 一切の邪念もない無垢な笑顔で。


 さきほどモスブたちが話していた内容はまさに自分たちが奴隷牧場の家畜にされてしまうのではという疑念であった。

 それをまさに言葉として表しているかのようではないか。


 彼女の笑顔を見た瞬間、モスブとグズリムは背中を死神が走り抜けていったのではと錯覚してしまう。

 間違いない。

 この女は悪魔だ。

 いや、悪魔すら可愛く思える魔王のような存在だ。


 彼女からすると、人を――奴隷をこの村から出すのはもはや前提なんだ。

 こちらが厳しい状況であるのを分かった上で美味しい話を持ち出して、食いついたところで本命の話題を振って来る。


 モスブはミュリナのあまりの計略高さに身震いしてしまう。

 ここで人を出す話を断ろうものなら、彼女は間違いなく移住の話を白紙にしてくる。

 そうなれば、現在の厳しい状況は改善できない。

 そして、一度人を出すという前例を作ってしまえば、次も出せ、その次も出せと揺さぶりをかけてくるに違いない


「この村の経済状況を改善するにはどうしても外貨を得る必要があるそうです。そのために必要でして」


 外貨を得る……、やっぱりな。

 奴隷を売って金を得ると。

 この村のためにとか言ってやがるが、実際にゃあお前らん懐にほとんどはいんだろうがっ!


 悪態をつきたくなる思いを必死に堪える。

 ダメだ、今この女に自治権に関する話なんてしたら、俺らが血祭りにあげられる。

 彼女の魔法力は彼らも良く知るところで、下手なことを言おうものなら殺処分が関の山であろう。

 ならばこの状況で交渉すべきことは――。


「それで、鉱石の採――」

「何人だ? 何人なら満足してくれる?」

「え? あ、も、もぅ、モスブさんは一足飛びに話を進めていくんですから。ええっと、先方は二十名ほどと言っております」


 にじゅう、だとっ!?


 この村の二割の人数。

 どのくらいの周期かはわからないが、そんなペースで奴隷として村人を連れていかれたらあっという間にここはまた廃村になってしまう。

 モスブは脳の神経をフル稼働して考える。


 ここから何人にまけてもらうか。

 十……は言い過ぎだ。十二ならいけるか……?


「じゅうさ……」

「ちなみに、わかっているとは思いますが多いほどこの村の利益になります」


 にこやかな笑顔でそう言い放ってきた。

 完璧なタイミングでの差し込みだ。

 少ない数を言って来たらこの村に不利益が生じると彼女は言いたいのであろう。

 モスブは心が折れそうになるのを、唇を噛んで我慢する。


「じゅ、十五人で頼む……っ」

「? わかりました。この村もまだまだ復興のための労働力が必要ですもんね。では五日後までにその方々の選出をお願いできますか? それと、話が分かっているみたいなので、事前説明もお願いします」


 これを聞いて、彼女が残酷の化身なのではないかと錯覚した。


 俺の口から説明しなければならない。

 その者たちにいったい俺は何と言葉をかければいい。

 せっかく奴隷から自由民になれたのに、再び奴隷になってくれと言わなければならないのか?


 だが、これを断るわけにはいかない。

 さもなくば、彼女の口から二十人に声がかかることとなろう。


「あ、え、えっと、難しいでしょうか?」

「……いや、俺の方から話す」


 辛さを必死に隠そうとはしたが、その表情や声色に出てしまう。


「……? 顔色が悪そうですけど、大丈夫ですか? 村長って仕事はやっぱり大変なんですね。頑張ってください。私も応援していますから」


 まるで一緒にこの難局を乗り切っていこうというような雰囲気で言っているが、盛大な皮肉だ。

 一体誰のせいでこんなに辛い思いをしているのか。


「あ、それでそちらから話したいことと言うのは?」

「……今ちょうど話した内容だ」

「あ、そうだったんですね。やっぱりモスブさんに副村長をやってもらって正解です! そしたらまた五日後の正午に来ますね」


 そう言ってにこやかな笑顔のままミュリナは帰っていくのだった。

 残された二人の間に重い空気が流れる。


「モスブ……。元気を出せ。まだ……生き残る術はあるはずだ。いっそのこと彼女がこの村を手放してくれればいいんだがな……」

「そんなことあるわけないだろ。あの魔王のようなやつだぞ」


 モスブが吐き捨てるように言う。


「グズリム、俺が全部やる。お前まで罪をかぶる必要はない。大丈夫だ……」

「モスブ……」


 そう言って出ていくモスブをグズリムは涙を浮かべながら見送ることしかできないのであった。

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