第78話 魔王の天啓

 やっぱり変なこと言ってきた。


「……。あの、できればお断りしたいんですが」

「そうです! 教祖様の御傍に仕えるのは私の役目! 同居するのは私となりますっ!」

「うん。サラもちょっと黙っててほしいかな」

「おいおい、何言ってんだ。拒否権なんてねぇぜ。断りゃ力づくで家に上がらせてもらうだけだ」


 この人なら本当にやりかねない。


「普通に迷惑なんですけど。なんでいきなりそんな話になるんですか」

「そりゃ、てめぇが魔王だってわかったからだ」


 魔王という言葉に、少しだけ反応してしまう。


「……ち、違います。私、魔王なんかじゃないです」


 なんて一度は否定を述べてみるも、


「いいえ、あなた様は間違いなく魔王です」

「隠すなや。てめぇが暗黒魔法使った段階でバレバレだ」


 うぅぅ、サラまでバラしてくるし……。

 まあいっか。

 タカネさんは何となくバレても問題ない気がする。


「むぅぅ。それが一体どう関係しているんですか」

「いろんな意味で危ねぇからだ。暗黒魔法使ったってことは、てめぇ一度飲まれてんだろう?」

「飲まれてる?」


 なんて聞き返すも、彼女が何を言っているかには心当たりがある。

 アルベルトさんと戦った時、私は明らかに自分とは異なる何かに飲み込まれていた。


「しっかし、天啓はお前の魔力でも跳ね返せねぇのか。よっぽど強力なんだな」

「何の話をしているのか説明してほしいですが」

「いいぜ。居候させてもらうわけだしな」


 もはや決定事項らしい。


「天啓ってのは、初代魔王が施した霊魂魔法だ」

「霊魂魔法ってなんですか? 初耳なんですが」

「言葉の通り、魂に関する魔法だ。使える奴なんて初代魔王以外にいねぇよ。初代魔王はこの魔法を使って、百年に一度、条件を満たした者に自身の魂を埋め込むっつー大魔法を発動させている。それが世に言う『天啓』だ」


 私に落ちて来た雷(天啓)はどうやら魔法だったらしい。


「条件ってなんですか?」

「そりゃあーしも知らねぇ。初代魔王は、自身の想いを後世に残すために霊魂魔法を使ったと言われている。百年に一度の魔王復活と勇者召喚はそれが大元だ。まあ勇者側は別の理由もあっけどな」


 あれが……あの憎しみに満ちた感情が初代魔王の伝えたかったもの。

 どうしてあんな想いを……。


「……仮にその話が本当だとして、なんでタカネさんが同居するって話になるんですか」

「おめぇさ、魔王の魂に飲まれたとき、自分を制御できる自信があっか?」

「そ、それは――。むぅぅ、正直に言うと、ないです」

「だろっ? そこであーしの出番だ。あーしなら力づくでもてめぇを押さえることぐれぇはできる。だが、そのためにゃ四六時中てめぇの傍にいなきゃなんねぇ」

「そ、そうですけど……」


 あれ、なんか言いくるめられちゃいそう。


「そういうわけで、あーしもてめぇんとこに居候させてもらう」

「そういうわけで教祖様、私も御傍に仕えさせていただきます」


 サラはちゃっかり便乗してきているし。


「いやいや、ちょっと待って。わざわざ居候じゃなくていいじゃん! 近くに住んでればいいだけじゃん!」

「ケチくせぇこと言うなよ。あんなデカい家なんだから部屋の一つや二つ余ってんだろ?」

「そうですけど、あの家には他にも一緒に暮らしている人がいるんですっ」

「ならあーしに惚れたとでもしとけよ。恋人連れ込むくらい普通だろ。何度もキスした仲だし」

「勝手にあなたがしただけでしょうがっ!!」


 むしろそれが一番もめそうな気がする。

 なんて思っていたら、サラから殺意の波動が放たれていた。


「何度もキスしたですって……? 教祖様と? 万物の不可侵領域たる教祖様と??」


 あー……、ヤバいこれ。

 サラちゃん目がいっちゃってる。


「やはりあなたとは決着をつけなければならないようですね。そんなうらやま――、じゃなくて、けしからんことをするとは。私もキスを無理やりにでもしな――じゃなくて、教祖様に懇願しなければならなくなったではないですか」

「願望駄々洩れじゃない……」

「そしたら家賃払ってやるよ。部屋の貸し出し業始めたとでも言っとけ」


 そう言って彼女が放ってきた袋には、白金貨が大量に入っているのであった。

 白金貨は市場に出回らない特別な金貨で、数枚あれば一生遊んで暮らせるそうだ。


 その量に思わず喉をゴクリと鳴らしてしまう。


「ぐぬぬぬ、挙句の果てに買収まで。とことん教祖様をコケにしてっ! 教祖様はそんなはした金になびくような方ではありませんっ!」


 ええ!?

 正直この金額はかなり迷っちゃうレベルなんですけどっ!


「ん゛ん゛! えーっと、ま、まあ、そこまで言うんでしたら受け入れてあげなくもないです」

「そんなっ! 教祖様!」

「うっし、そんじゃあ今日から勝手に上がらせてもらうぜ」

「そういう事でしたら私も見過ごすわけには参りません。教祖様の御傍に常にお仕えして、体の隅々までを拝見――ではなく、あなたが良からぬ企みをしないよう見張る必要がございますので」

「お前ほんと欲望の塊な。タダで居候する気かよ?」

「違いますっ! 入居に当たって必要な資金も当然支払いますっ!」


 そう述べて、サラまでもが私に白金貨の入った袋を渡してくるのだった。

 この二人はなぜにこんな大金を持ち歩いているのだろうか。


「そうそう、ミュリナ。てめぇに朗報だぜ。この前の神父野郎が持ってた魔装兵装だが、ありゃ『地獄の門』で間違いなさそうだ。なかなか尻尾が掴めねぇんだが、魔王グッズが欲しいならあいつを捕まえんのが得策だぜ」

「何がどう朗報なんだかさっぱりわからないんだけど」

「おいおい、魔王なら霊魂魔法で情報得てんだろ? てかてめぇやっぱこの前も嘘ついてただろ? 魔王なら生命の泉の場所も知ってんじゃねぇか」


 そう言えば、以前そんなことを聞かれた覚えがある。


「あの時はあなたのことが信用できなかったんですよ。今もそこまで信用しているわけじゃないですが」

「そうです! 教祖様はあなたのことなんて信用しておりません!」

「目下サラもだいぶ怪しい人物の分類に入ってるけどね……」

「それほどでもございません」

「褒めてない。……それで、その地獄の門ってなんなんですか? もううろ覚えですけど、たしか地獄へと帰還する装置でしたっけ。なんで地獄に帰還する必要があるんですか」

「あーしもそのあたりはよくわかってねぇが、初代魔王が必要だと感じたんだろう。他にどんな情報があった?」

「えっと‥…、永久の聖典の獲得方法、精霊石の起動方法、生命の泉の在処、夢幻郷の破壊方法、全魔船の在処、地獄の門の開き方、最後に暗黒魔法の扱い方だったはずです。これらってなんなんですか?」

「初代魔王が人族を滅ぼすために必要だと考えた情報だ」


 滅ぼすですって?


「私は別に人族を滅ぼしたいわけじゃないんですが」

「知ってる。ミュリナの性格からすりゃそうだろうな。だが逆に考えてみてほしい。お前が今言ったもんには人族を滅ぼし得る力があるってわけだ。んなもんを野放しにしといていいと思うか?」

「それは……」


 たしかに危ない気がする。


「危ねぇと思うだろ」

「ま、まあ、はい」

「よしっ。ってなわけで、ミュリナもそれを探すのに協力しろ」

「え゛!? なんで私がっ?」

「おいおい、ここまで聞いて放置する気かよ。勇者目指してんだろ? 世のため人のために頑張れや!」

「うぅぅ、そ、そうですがぁ……」


 なんだかタカネさんを前にするとどんどん言いくるめられている気がする。


「夢幻郷は最初に会った場所だ。もう破壊済みだったからやりようがねぇ。んでこの前の神父野郎が地獄の門を持ってやがる」

「じゃあ残り四つですか。それとも神父を追うんですか?」

「いや、あいつの足取りは結局掴めてねぇ。それと、精霊石はもう当てがある。今一番知っときてぇのは生命の泉だな」

「えっと、私が魔王になったときに得た情報は『メルグナの地にある太陽と月を目指せ』です。正直なところ意味わかんないですよ。月とかよくわかりませんし」

「そうか、こっちの奴らにゃそもそも月がわかんねぇのか」

「タカネさんは知ってるんですか?」

「ああ。向こうの世界じゃ割と普通だ。あーしらが住んでた星の周りをグルグル周ってる衛星だ」

「えいせい?」

「んまあ星だと思えばいい。なんにしても、メルグナの地か……まずはその地名を探すところからだな」

「言っときますけど、私は学生が本業ですからね」

「わーってる。そこらへんも考慮して遠征計画は立てるよ」


 どうやら遠征もさせられるらしい。

 見知らぬ土地へ行くこと自体はそこまで嫌いではないが。


「んじゃあ、そういうわけで家に帰るか」

「うぅぅ、レベルカさんたちになんて言われるやら」

「大丈夫ですよ教祖様。私からもお話しますので」

「二人はぜっったいに黙ってて。話がややこしくなるから」


 半分項垂れながら、私は家に帰ることとなるのであった。

 エルナ、ニアさん、レベルカさんがブーブー文句を言ってきたのは言うまでもないことだ。

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