第76話 魔王教

 聞き間違いだと思いたかったので念のため確認しておくことにする。


「えーっと、きょ、教祖?」

「はい。あなた様こそ、我らが教祖でございます」

「あー……。えっと、よく意味がわからないんですが……」


 こちらが苦笑いを浮かべているというのに、修道服の少女は「あぁ!!!」といきなり喘ぎ声をあげて来た。


「私は今、教祖様と会話をしている! 夢にまで見た教祖様との対談っ! 私は今、神へと一歩近づいてしまっているぅっ!!」

「あ、あの――」

「ダメッ! 教祖様と同じ空気を吸ってしまうなんてっ! 肺が、肺がイッちゃう! 声も聞いてる! 耳がイッちゃう! ダメッ!!!」


 修道女がそのまま絶頂を始めた。


 ……。

 うーん。

 どうしよう……。

 絶対変な人だ。

 それも私が人生で出会った中でもトップにランクインするレベルだ。


「失礼いたしました、教祖様」

「あ、あの、えっと、教祖って誰ですか?」

「もちろんあなた様もことです。我らをどうかお導き下さい」

「あー……。ごめん、よくわからないんだけど」

「ええっ! よくわからなくて当然でございます! 我らのような下界の者のことなど、あなた様からすれば取るに足らない存在でしょう。むしろ、こうしてお声をかけて頂いているだけでも、感涙を堪えません!」

「えっと、げ、下界?」

「ご安心ください。神のごとき力を持つあなた様を少しでもお支えできるよう、誠心誠意務めさせていただきます」


 ……この子、何言ってんだろう。

 さっきから話の内容がぜんっぜんわかんない。


 でも、教祖とかなんとか言っているから、恐らく宗教の勧誘か何かだと推察される。

 ならば拒絶の一手を打っておくべきだ。


「ええっと、ごめんなさい。私そういうのには興味がなくて」

「私はあなた様に興味津々でございます」

「あーっと、しょ、正直に言うと迷惑してるというか」

「迷惑……? 一体どこぞのゴミクズがそのようなことを? 私の方で排除致します」

「い、いや、あなたのことなんだけど……」

「私に興味を持って下さっているんですか!?!」

「あ、あのね――」

「ああっ! 教祖様がそのあたりの雑草と大差ない私のことに気をかけて下さっている。ダメっ! そんなっ! それだけでっ! イッちゃうっ!!」


 またも体を震わせているが、もはやどうでもいい。

 私は一刻も早くこの頭のおかしい少女から離れたい。


 なんて思っていたら彼女はこんなことを言ってくるのだった。


「ああ、教祖様。魔王たるあなた様のご尊顔を拝謁でき、恐悦至極に存じます」

「え……」


 その言葉で緊張の糸が一気に引き締まる。

 今、確かに彼女は私のことを魔王だと言ってきた。

 なんでそんなこと知ってるの……?!


「ま、まおうって、何のことですか?」

「何をおっしゃいますか。あなた様のことです」

「い、いや、えっと、ち、違います」


 なんでこんなにハッキリと断言してくるのだろうか。

 魔族どころか魔王であることがバレたら人族社会に居場所はない。

 やっぱりミナトさんがバラしたのだろうか?


「どうぞご安心くださいな。私はたしかに人族ですが、魔王教信者ですのであなた様を崇拝しております」

「魔王教?」

「はい。私はその魔王教における最高幹部にして聖女の座を拝命しております。スキルの力で相手の真なる姿を見出すことができます」

「スキルの力……?」

「はいっ! 【スキャン】のスキルの前ではどのような者の正体も明らかにすることが可能です」


 スキャン……。

 たしか、ミナトさんは自分のスキルを鑑定と言っていた。

 それとはまた別種のものであろうか。


 あれはてっきり勇者の力だと思っていたが、他にも使える人がいたのか。

 それともこの人も実はかつての勇者??


 うっとりとする表情の彼女を見て、いやいやと首を振る。

 さすがにこの子は勇者じゃない。

 というか勇者であって欲しくない。


「えっと、魔王云々は置いておいて、一体どういったご用件なんでしょうか」

「申し遅れました。私はサラ・ストューナと申します。本日は、私共を導いて頂きたく参った次第にございます」

「え? 私が導くの?」

「はい。実は、我ら魔王教徒たちは人族社会では酷く迫害されておりまして、一方で魔族領に行ったとて歓迎されるわけではございません。それで、どこかに安住の地がないものかと探しております」


 そりゃそうだろう。

 人族にしても魔族にしても、扱いに困りそうだ。


 サラの瞳がこれまでの変態チックな表情から少しだけ寂し気なものへと変わる。


「私たちは、ただ自分の『好き』を大事にしたいだけなんです。でも、社会にはなかなか受け入れてもらえなくて……。自分を曲げて想いを諦める者、どうしても曲げられなくて生活に苦しむ者、人々から疎まれて心を病んでしまう者など、様々です」


 そんな風に述べる彼女は、本当にその信徒たちを労わっているかのように見えて、一瞬だけ同情してしまった。


「そんなに大変なんですか?」

「ええ。私も今はうまく立ち回れるようになりましたが、かつては酷く孤立したものです」


 そこで私は、ふととあることを思い出す。


 この前保護した魔族の人たちはミストカーナ近くのプレグ村というところに仮移住してもらっているのだが、そこにはまだまだ空き家がある。

 そこで共同生活をしてもらうというのはどうであろうか。


 実のところ、私は勇者一行を目指しておきながら、魔族と戦うことに対しては消極的だ。

 ならば、人族と魔族が互いに分かり合える存在だということを社会実験してみるのも悪くない気がする。


 うん! なんかこれ村長っぽいし、いいかも!


「えっと、とりあえず私が魔王うんぬんは置いておいて、少し待ってもらえますか? あてがありますので」

「え……!? ほ、本当なんですか!?」

「え、ええ」

「……さすがは……さすがは教祖様!!!! 私たちが長い年月を迫害放浪者として過ごして来たというのに、この短時間でもう答えを見つけ出されたというのですね! さすがでございます!」

「あ、いや、そんなに期待されても困っちゃうけど……。ちょっといろいろ大丈夫そうか確認してからまた連絡しますね」

「わかりました!! やはり教祖様の御心に救いを求めて正解です! 誠に感謝しております!!」

「え、ええ。あ、あの、できればその教祖って呼び方をやめてほしいのですが……」

「わかりましたっ! 教祖様!」


 うーん……。

 目下の一番の不安要素はこの子になりそうだ……。

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