第73話 魔王と勇者

 女性は血反吐を吐きながら、なおも微笑み返してくる。


「ミュリナさん。あなたの勇気ある心を、わたくしは信じますわ」


 勇気ある心?

 何のことを言っているのかわからない。



 ……のに、妙にその言葉が引っ掛かった。

 どこかで聞いた覚えのある言葉だ。



 ……そうだ、たしかニアさんが言っていた覚えがある。

 あれ、ニアさんって誰だっけ……。


 ふと、彼女の笑顔が視界に入る。

 そうか、この女性がニアさんだ。

 私は、たしかこの人と友達だった気がする。

 いや、友達以上の関係を築いていた。


 でも、彼女は人族……?


 その瞬間、冷静さが舞い戻って来る。

 私は今まで一体何をしていたのだろうか。

 ニアさんがアルベルトさんと戦って、瀕死にまで追いやられて、それで――。


「ニア、さん……?」


 その声を聞いて、彼女は安堵の表情を浮かべる。


「よかった、帰って来てくれたのですね。お帰りなさい、ミュリナさん」


 そのまま、彼女は倒れ伏した。

 ただでさえアルベルトさんによる攻撃で瀕死状態だったというのに、トドメを刺された格好だ。

 私の、剣に――、よって???!?


「あ……、ああ、ああぁっ。待って、ニアさん、ニアさん!!」


 混乱しながら治療魔法を施していくが、もはや半死半生の状態だ。

 皮膚は大きく焼け焦げ、私に斬られたことで出血多量に陥り、その傷も深い。


「なんで、私っ! なんでこんなっ……!」


 必死に治療を施していくも、塞いだはしから傷口がまた開いていく。


「ぇ……? なに、この傷」


 治しても治しても、傷口が開いていく。

 その瞬間、暗黒魔法により出現させた剣へと視線がいった。


「これの、せいだって言うの?」


 無限剣。

 無限に破壊し続ける剣。


 頭の中を諦めの二文字がよぎっていく。

 いくら身体機能を治したところで、傷が塞がらないのであれば彼女を助けることはできない。


 それでもと、小さく微笑みながら眠り続ける彼女の体を治す。

 ニアさんはこんな状態になってまで、それでも私のことを……っ!


「ダメ。行かないで、ニアさん。ダメ……っ!」


 皮膚の治療も剣で刺した傷もどれもこれも中途半端な状態で彼女へ呼びかけ続ける。

 だってもうやりようがない。

 治療魔法が意味をなさないのであれば、彼女の死を見送る以外に選択肢がない。


「なんで。なんでよっ。せっかくっ、これからだったのに。これからやっと、先へ進めるって思ってたのに……」


 ぼたぼたと涙を落としたところで、彼女が目を開くことはない。

 手が止まってしまう。

 いくら魔法をかけても意味がない。


「私のせいだ。私が魔王だから。ずっとみんなに嘘ついてたから。自分の事すらよくわかってなかったから」


 もう呼吸は止まってしまっている。

 直に心臓の鼓動も止まってしまうだろう。

 そんな状態で、脳はわずかな時間しかもたない。

 そして、一度でも脳死してしまえば、私の治療魔法は効果を果たさない。


 泣き崩れてしまう。

 もうダメだ。

 私がニアさんを殺してしまった。

 私が、この手で……。


「アル!!!」


 突然声が聞えたと思ったら、ミナトさんであった。

 重傷を負ったアルベルトさんへと歩み寄っている。


「アル! 大丈夫か! アル! どういうことだ! ミュリナ・ミハルド! 説明しろ!」

「ミナトさん、お願いがあります」

「この状況で? ニア・サートンバゼルまでっ! 自分の立場が分かっているのか!」

「私のことは好きにして構いませんっ!!」


 彼へとすがりついてしまう。

 推測なのだが、勇者は魔王に対抗するスキルや技能を持っているのではないだろうか。

 ならば私よりも彼の方がニアさんを救える可能性が高い。


「お願いっ。ニアさんを、助けて下さい」

「なぜだ。君は治療魔法が得意だったはずだ」


 無限剣の方へと視線を向ける。


「あの剣で斬られると傷が治らなくなってしまうみたいなんです」

「……あの剣はなんだ?」


 一瞬戸惑ってしまう。

 でも、迷っている猶予はない。


「私が……暴走して暗黒魔法で生み出した剣です」

「暗黒魔法、だと!?」


 それが何を意味しているのかくらい、私だってわかっている。

 暗黒魔法は魔王にしか使えない。

 勇者にとって、倒すべき敵だ。


「君は……魔族のみならず魔王だって言うのか?」


 それに小さく頷くと、やはりミナトさんは剣を引き抜いてきた。


「俺が誰だかわかって言っているんだな」

「先ほど言いました。私のことは好きにして構いません。ですからお願いです。彼女が手遅れになってしまう前に助けて、お願いっ」

「斬られる覚悟があると」

「……はい」

「なぜそこまでして彼女を救いたい」

「ニアさんが、私にとって大切な友達だからです」

「魔族なのに?」

「種族は関係ありません!」


 そう述べる私を、ミナトさんはゆっくりと眺めてくる。


「種が違ったら仲良くしちゃいけないんですか? 友達にはなれないんですか? ミナトさん、そこまで私が悪い人に見えますか?」

「俺はこの世界の事情を良く知らない。だから、たしかに君の言う通り種族は関係ないのかもしれない。だが逆に言えば、この世界に疎い俺は種族でしか判断することができない」

「今まで見て来た私個人は、あなたにとってそこまで信用のならない振る舞いをしていましたか?」


 そう問いかけると、ミナトさんは視線を落としてしまう。


「普通だと……思った」

「ならっ――!」

「じゃあアルのこの状態をどう説明する! 彼は瀕死だ」


 唇を噛む。


「……私が、やりました。魔王の力が、たぶん暴走みたいな状態になってしまったんです。本心ではないとはいえ、彼を瀕死に追いやったのは私です」

「……」

「私のことは斬っても構いません。だからお願いっ! ニアさんだけは助けてっ! 私のせいで、彼女まで……っ」


 依然として私に負の視線を送り続けている彼はやがて剣を鞘へと修め、ニアさんの方へと歩み寄る。


「……君を信用したわけじゃない。が、いったんは治療を行う。君がアルを治すのが条件だ。その後、君との決着をつける」

「わかりました。ありがとうございます」


 そう述べてアルベルトさんの治療を行っていく。

 彼は重傷ではあるものの、治療魔法が効かないというわけではなく普通に治すことができた。

 一方のニアさんの方は――


 ミナトさんの勇者のスキルで見る見る傷口が塞がっていっていた。

 やはり勇者の力は魔王の力に対抗できるものであるらしい。

 それを見て安堵の息をついた。


 よかった、これで彼女は助けられる。


「一つ、教えてくれないか」


 ミナトさんがいきなり問いかけてくる。


「なんですか?」

「君は本当に魔王なのか?」

「……ええ。魔王になるには天啓? とかいうのがあるんですが、たしかにそれと思える現象がありました」

「前にも聞いたが、なぜ人族領にいるんだ?」

「……前にも答えました。私は勇者になりたいんです」

「ここだけの話、勇者である俺が拒めばどんなに優秀な者でも勇者一行にはなれない。それでも君は目指すのか?」

「目指します。最近、自分のやりたいことが何となくわかってきたんです」

「やりたいこと?」

「レベルカさんもニアさんもエルナも……それに私も、いろんな理由で人生が思った方に進まなかったんです。それに苦しんで、辛くて、死んだ方がマシだと思えるほどの想いをした」


 アルベルトさんの治療を終え、ニアさんの方を手伝う。

 火傷の傷は私でも治せる。


「私はかつて、ある方にそこから救い出してもらいました。だから、私も同じことがしたいんです」

「それは魔族領でもできるんじゃないか?」

「ええ。でも、角無し魔族って魔族領だと居場所がないんです。だからこっちに来ました。勇者一行は言うなれば就職先の最有力候補です」

「……そうか」


 ニアさんの治療を終え、ミナトさんが再び剣を引き抜く。

 わかってはいたが、勇者である彼が私を見逃す謂れはない。


「本当にいいんだな?」

「はい。覚悟はできています」


 勇者一行になるという夢も、もうここまでか……。

 走馬灯のように学園での生活が蘇って来る。


 毎日、すごく楽しかったな……。


「言い残すことはあるか?」

「ニアさんに、エルナを――私が保護している魔族をどうか頼む、と」

「わかった」


 剣を振りあげる。

 みんな……ばいばい。


「さらばだ。ミュリナ・ミハルド。【浄玻璃じょうはりの真剣】!!」


 私はそのまま彼の剣に両断された。

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