第72話 秘められたもの

「【アイシクルスピア】!!」


 ニアさんが距離のあるうちに氷槍で攻撃していく。

 想定よりも高出力だったのであろう。

 驚いたように杖を眺めている。


「何この杖。すごい……っ」


 だが、さすがは騎士団長。

 威力があがったとて難なくそれらを撃ち落としていく。

 そのまま走り込んでニアさんへと肉薄。


「ニアさんそのまま! 【オートインターセプト】」

「なっ!?」


 杖に付随している四つの浮遊体が自由軌道で行動を開始する。

 近づく彼を光線系魔法で迎撃していく。


「くっ、ただの玩具じゃないようだな」

「ええ。この杖は結構自信作ですよ」


 この杖は符号詠唱により設定した法則に従って自立行動する。

 内包エネルギーだけで行動が完結するため、魔封じの剣の影響も受けていないようだ。


「【アイシクルバースト】」


 今度はニアさんの氷爆魔法だ。

 私も魔法支援を行えればよいのだが、傷が深くて身動きが取れないし、そもそも魔封じの剣で斬られたせいで魔法を扱うことができない。


「だが所詮は玩具だ。何をしてくるか分かっていれば――」


 浮遊体が次々に斬り伏せられてしまう。


「簡単だな」

「くっ……! 【アイシクルスピア】!」

「何度も同じ手をっ!」


 距離を詰められて、そのままニアさんに剣が迫る。

 このままだと斬られてしまう。


「ニアさん!!」


 思わず目を瞑ってしまった。

 鈍い音が響いて、身の毛もよだつ。

 血液がまき散らされ、臓物が飛び出し、彼女の命が削られ――


 目を開けて、想定外の事態に困惑してしまった。

 彼女はたしかに剣を体に受けている。

 だが、思っていた光景とは少し違う。


「なっ、なんだと!?」

「わたくし、魔適合物の能力を引き継いでおりますの。剣じゃ斬れませんことよ」


 粘性体となったニアさんの身体はダメージを受けているようには見えない。


「ちぃっ! ならこれでどうだ! 【ファイヤーバレット】」


 距離を取ってから魔法攻撃。

 さすがにこれは危険だと判断したのであろう。

 触手体で何とかそれらを受け止めながら、別の触手がアルベルトさんを追い込んでいく。

 技量ではアルベルトさんが勝り、手数ではニアさんに分がある。

 双方互角の戦いを見せており、決着がつかない。


「ふぅ、まさかここまでやるとは思わなかったよ。認めよう。君も少しはやるようになったようだな」

「騎士団長のあなたに、まさかそんなことを言われるとは思っておりませんでしたわ」

「仕方がないな」


 アルベルトさんが剣を投げ捨てる。


「諦める気になられた?」

「いいや。俺は家族を魔族に殺されて以降、あいつらを滅ぼすと心に誓っている。そのためならなんでもやるさ」


 そう述べて、彼は左腕につけていたバングルを何やら操作した。

 すると、彼の周囲に武装のような物が複数展開していく。

 その中には、前回神父風の男が使っていた物も含まれていた。


「たしか、魔装兵装、とタカネさんは言っておられましたね」

「そうだ。かつての人族の武器だそうだ。まあもっとも、性能は現代の武装を遥かに凌ぐがね」

「今のわたくしには物理攻撃がほとんど効きませんことよ?」

「この武装は魔法も使えるんだ」


 その瞬間大量の魔法弾が発射された。

 金属の筒のようなものが全部で四つあり、そこから断続的に魔弾が放たれ続ける。

 ニアさんは触手体により迎撃を行っていくが、今度はどう考えても手数で負けている。


「そらどうした。もう後がないぞ」

「くっ! 【アイシクルスピア】!」


 炎弾と氷槍がぶつかって、大量の蒸気で視界が奪われる。


「またそれか。君はその魔法が好きだな」

「ええ。最初に使えるようになった魔法で、お父様にも褒めてもらえた魔法ですの」

「だが所詮は基本魔法の類だ。この程度のことで――?!」


 蒸気が晴れていくとニアさんの姿が消えていた。


「なに!? どこだ!?」

「こちらですわ」


 彼の背後から声が響く。

 振り返ったところで――


「がはっ!」


 背中からアルベルトさんが触手に貫かれていた。


「フェイント……っ、だとっ」

「わたくし、真正面からの戦闘は苦手ですの」

「ふっ、詭弁の得意な君らしいな。だが、俺と君とでは圧倒的な差がある」

「あら、一体なんですの? 現状はわたくしが優位に見えますが?」

「実力の差だ。【燕剣返し】」


 スキルを唱えた瞬間、ニアさんの体から血しぶきが溢れた。

 物理攻撃を無効化できるはずであるというのに、思わぬ事態に彼女は膝を折ってしまう。


「受けた傷を二倍にして相手に返す技だ。それに――【癒しの手】。俺は多彩なスキルが使える。対して、実力のない君は回復魔法すら使えない。さて――」


 とアルベルトさんは私の方を向いて来る。


「先ほどは処分と言ったが、やはり君の魔法力は捨てがたい。君たちが今後、人族領最前線での戦闘奴隷として一生を過ごすのであれば、君たち二人の命は見過ごそう。俺の隷属化魔法を受け入れるのが条件だ」

「私やニアさんが受け入れるとお思いですか?」

「別に受け入れなくてもいい。ニアが苦しむだけだ。【ファイヤーバレット】」

「ぐあああああ」


 倒れている彼女を炎弾が襲い、苦痛の声が響く。


「やめて!」

「なら受け入れろ。【ファイヤーバレット】」


 ニアさんがもがき苦しむ。


「そんな、だって……っ」

「時間も稼ぎも許さない。【ファイヤーバレット】」


 ニアさんの体表面が真っ黒に焼かれてしまい、一部は皮膚がただれている。

 このままじゃ、ニアさんが死んでしまう。

 なら、いっそのこと――


「ミュリナさん、いけませんよ」


 彼女がこちらに微笑んでくる。


「勇者とは、知恵と、強さと、そして勇気ある心を持つ者に与えられる称号です。やっと、わかったんです、その意味が」


 そう述べながら、ボロボロの体で立ち上がる。


「わたくしは大丈夫ですから。心配なさらないで」


 そんな風に言いながら、こちらへと微笑んでくる。

 もう、死にかけなのに。


「はぁ。つまらない冗談だな。【ファイヤーバレット】」

「ぐあああぁぁ!!」


 息も絶え絶えだ。

 とてもじゃないが耐えられるような状態じゃない。


「ニアさん!! やめて! お願い!!」

「俺からしたらどちらでも構わない。ニアはどうせ死罪だ。ここで死のうが、戦闘兵になって戦死しようが大した差はない。さあ、そろそろ終わりにしよう。【フレイムソード】」


 彼の持つ剣が炎を纏い、それをニアさんに向かって掲げる

 ダメよ。

 あれは、死んでしまう。

 そんなの、絶対に……ダメ。


「さらばだ、ニア・サートンバゼル」


 助けられない。

 せっかく、分かり合えたのに。

 せっかく、自分の人生を歩みだそうとしているのに。


 すべての光景がスローに流れていき、彼の剣が振り下ろされていく。


 嫌。

 嫌だ。

 奪わないで。

 お願いっ。


 極限にまで精神が追い詰められ、なおも目を背けたい現実が目の前で繰り広げられ。

 もうどうにもできない現状に対し、私の中で――




 守られてきたソレが切れた。




「ダメえぇぇぇぇぇぇ!!」


 体から魔力が溢れ、黒い波動で満たされていく。

 彼の剣は振り下ろされていたが、彼女には届いていない。

 私により発生した魔力障壁がすべての物質を遮断している。


「なっ! なんだ!? どうして魔法が使える!? それに、防御魔法ならこの魔封じの剣で破壊されるはずだ!」


 視界が真っ赤に染まっていき、感じたこともないような憎しみが心を支配していく。

 許さない、許さない、許さない、許さない、許さない――


「人族っ! 絶対に許さないっ!」


 暗黒魔法――


「【カタストロフィア】!!」


 暗黒波動が襲い狂う。

 彼はそれを魔封じの剣で必死にそれを払おうとするも、魔法破壊の効果が発動していない。


「なんだ、この魔法はっ!?」

「許さないっ!!! 人族めっ。私たちからすべてを奪った!! 魔の憎しみを集めし力、顕現せよ【ミューラグリウ】」


 闇羊の化身たちが出現し、彼へと捨て身で襲い掛かる。


「くそっ、」

「人族は全部滅ぼす!! 人の罪のかたち、吐き出せ【レードグリーザ―】」


 闇羊の化身が四方八方から襲い掛かる中、さらに無数の貫通光線が彼を襲う。

 当然対処など不可能で、彼はあっという間にズタボロにされて行った。

 それでもなお立ち上がる彼に魔法を叩き込む。


「お前たちが悪いんだ。お前たちが全部奪った。お前たちが全部壊した。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないっ!! 生命を喰らえ! 【ジュオ・テアーデ】」


 命の搾取により彼の生命が渇いていく、瀕死状態となった彼は立っていることもかなわず、地面へと倒れ伏した。

 それでもなお、私は彼を殺すことに執着する。


「殺す。全部殺す。絶対殺す。人族はすべて滅ぼしてやる。怨嗟の極地、【ウルティマットセイバー】」

「もうおやめになって!」


 無限剣を取り出して、彼にとどめをさしに行こうとしたところで、人族が私に抱きついて邪魔をしてきた。


「くそっ! 邪魔をするな!」

「ミュリナさん、おやめになってっ! もういいんですのよ! このままだと彼が死んでしまう!」

「人族は全部殺さなきゃいけないのよ!」


 ふとそこで、今止めに入っている彼女も人族であることに気付く。

 ならまずはこいつから始末してしまえばいい。

 必死に私を止めに来ている彼女へと魔法を向ける。


 だが、そこで違和感を覚えた。


 ……あれ?

 彼女は味方だった気がする。

 でも、どうして人族なんかが味方なのだろうか。

 いや、気のせいか……?


 戸惑いを持つ私に対し、彼女が問いかけてくる。


「ミュリナさん、もういいんですよ?」


 いい?

 いいわけない。

 人族がまだ生き残っている。


「戦いは終わりました。ミュリナさん、わたくしはもう大丈夫です。お願い、ミュリナさん、戻って来て」


 戻る?

 どこに?

 何の話だ?


「邪魔だ!」

「ミュリナさん、お願いよ。帰って来て」


 いい加減鬱陶しくなってしまった。

 無限剣を逆手に持つ。


「もう大丈夫ですわ。誰も傷つかなくていいの。これで全てうまくいきますわ。わたくしとあなたが――」

「全部死んじゃえばいいのよ」


 鈍い音とともに、彼女へと剣を突き立てた。

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