第71話 暗殺の依頼主

「……っ。ずっと、ずっとっ、一人で、辛かった。どんなに頑張っても……っ、追いつけなくて、苦しかった」

「うん」

「誰にも認めてもらえなくて、寂しかった。ずーっと、独りぼっちだった」

「大丈夫、私がいるよ」

「公爵の跡取りとして、相応しくなろうってずっと頑張ってた!」

「うん」

「勇者一行にだってなりたかった。それで、皆を見返してやりたいって思ってた! 全然……ダメだったけど……っ」

「そんなことないよ」

「ミュリナさん……っ」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔で私を見上げてくる。


「――ごめんなさい」


 そのまま、泣き続ける彼女を私はずっとあやし続けるのだった。


  *


「ミュリナさん……。魔適合物、取って下さる?」

「……もういいんですか?」

「ええ。悪いことをしたって自覚はありますの。それに、この魔適合物がどんどんわたくしを侵食していている感覚もありますわ。このまま放置すれば、たぶんわたくしはわたくしでなくなってしまう」

「わかりました。じゃあ、早速始めますね」


 横たわった彼女の腹部を切開して、手慣れた作業で魔適合物を摘出する。

 幻惑魔法の中に痛覚をほとんどなくす魔法があり、それをかけたのでニアさんの苦しみもほとんどないはずだ。

 ただ、体を一度切り開いて再び接合するという作業を行っているため、体力はかなり消耗することとなる。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ミュリナさんったら、手際がいいですわね」

「もう三度目ですから。さて、あんまり動かない方がいいですが、事態は急を要するのでさっさと行動しましょうか」

「……ミュリナさん、やっぱりわたくし反対ですわ。あなたがわたくしの罪を被るなんて」

「何度も言ってるじゃないですか。私は――」


 その瞬間、背中に何か冷たいものが触れたような気がした。


「がはっ!!」


 すぐさま吐き気を催して、口から液体を吐き出してしまう。

 血だ。

 何が起こったかわからなくなってしまう。

 喋っていたはずなのに、声が上手く出せなくなって、腹部からは金属のような物が突き出ていた。


「な、なん、で……」

「ミュリナさん!!!!」


 突き出ていたものを引き抜かれて私は力なく崩れ落ちる。

 刺された……?

 意味の分からない状況に混乱しながら背後へと視線をやる。

 そこには――


「困るな。ちゃんと殺してくれないと」


 アルベルトさんが立っていた。


「アルベルト、さん……? なん、で?」

「罪人を始末しに来たからだ。魔適合物……だったか? その姿のままであれば、いつものように君のお父さんに邪魔されずに済んだというのに、まさかもう摘出されてしまっていたとはね」

「待って、下さい。ニアさんは関係ないです。私はまz――」


 喋ろうとした瞬間、ニアさんが私の口を塞ぐ。

 私が庇うのを防ごうとしているのかとも思ったが、どうも様子がおかしい。


「そういう……ことでしたの……」

「ニアさん?」

「アルベルトさん。あなたが、わたくしの命を狙っていたということなんですね」


 ……え?

 困惑していた私はさらに混乱の度合いが増していくことに。


「お父様が『いつも』お止めになっておられたんですの?」

「そうだ。君の魔族内通の話は前々から掴んでいた情報だ。なのに、君の父君ときたら、やれ確定情報じゃないだの、やれ輸送手段がないだの、やれ娘に限ってそんなことは絶対にしないだのと、とにかく邪魔ばかりしてきてね。相手は公爵だから無視するわけにもいかない。散々手を焼かされたよ」

「それで暗殺者を雇ったと?」

「ああ。まさか君の内通手引き者と同じ者が大元だとは思っていなかったよ」


 その瞬間、私の中で気になっていたことが一本の線でつながった。

 暗殺者がニアさんの元へとやってきたとき、一回目も二回目もアルベルトさんはすぐ近くにいたにもかかわらず、彼は加勢に来てくれていない。


「それだけじゃないさ。暗殺予告を出したのも俺さ。そうすれば、公爵としての見栄を気にする君の事だから、きっと護衛は少数にしてくると思ったからね」


 今回私が護衛の依頼を受けた理由だ。


「三流貴族どもに君の悪い噂を流して君を孤立するようにした。サイオン・レイミルを焚きつけて、学園でも実力派閥をつくらせた」

「わたくしの尻尾をつかませるために?」

「いや、少し違うな。破滅させるためさ。尻尾を掴んだくらいだと、結局君の父君が邪魔をしてくる。君が自滅するよう誘導するのが狙いだった。こうも簡単にはまってくれるとはね」

「自滅ですって?!」


 あんまりの言い様に、さすがに私の方から噛みついていく。


「なんで……。なんでそんなことしたんですか!!」

「無能のニアが目障りだったからさ。このまま行くと、公爵の世継ぎはニアで内定してしまう。それじゃあ困る」

「困る!? 一体なにに!」

「魔族との戦いに決まっているだろう。彼らとの戦いはいつも総力戦だ。にもかかわらず、公爵という重要なポジションに無能な人間が座っているのは非常に困るんだ」

「そんな理由で?!」

「十分すぎる理由だよ。なのにどいつもこいつも現状に甘んじている。魔族との戦いに本気じゃないのさ。だからニアが自滅するよう、あらゆる手を使って追い込んだんだ」

「そんなことのために……! それでニアさんを傷つけたと言うんでしたら、私があなたを許しません!」


 痛みを堪えながら立ち上がろうとする。

 だが、思っていたように立てず、転んでしまった。


「ぁぅ……、なんで!?」

「この剣は封魔の剣と言ってね、斬った者の魔法を封じる。会話で治療の時間を稼いだつもりだろうが、君はもう魔法が使えない」


 それでか。

 さっきから魔法がうまく扱えない。


「君をどうするかは一番の懸案事項だったよ。レイスエリアの舞踏会はニアを排除する絶好の機会だと思っていたのに、何をするにも君が障害だった。まあ、ここまで来たら排除が最も妥当だろうな」

「……くっ」


 私が戦おうとしたところで、それを制してニアさんがアルベルトさんへと相対する。


「あなたを倒してしまえば、そうはなりませんわ」

「騎士団長殺害か。君の罪状に国家反逆罪が加わるだけだな」

「構いませんことよ。どうせわたくしは罪にまみれておりますので」

「ふっ、そうか。ならばこの場で君の死罪を適用することにしよう」

「抵抗させてもらいますわ」

「丸腰の君に一体何ができる?」


 杖を空間収納から取り出してニアさんへと渡す。


「ニアさん、使って下さい」

「ありがとうございます」

「はんっ、武器を得たところで君の実力じゃあ俺には敵わない」

「勝てるとか、勝てないとかじゃありませんわ」


 ニアさんが瞳に炎を宿す。


「わたくしはあなたを絶対に倒す!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る