第70話 ずっと欲しかったもの

「【エンスレイブメント】!!」


 その剣にそのまま切られると思っていたニアさんだったが、振り下ろしたそれが消え失せ、赤い魔法陣が出現したことに目を見開く。

 その魔法は彼女の中へと浸透していくのだった。


「ミュリナさん?! 何をしたんですか!?」

「隷属化魔法です」

「れいぞく、か!?」

「この魔法は相手の受け入れがない限り絶対に成功しません。ですが、先ほどニアさんは命をくれると言ってくれました。なので、私のものになってもらいます」

「そ、そんな! ミュリナさん、お待ちになってっ。わたくしはもう生に執着がないんです。どうかこのまま――」

「そんなのダメ!!」


 彼女の両肩を抱く。


「私、ずっとニアさんに騙されてました。悪いことしてまで私と一緒にいようとしてくれているなんて気づきませんでした!」

「そ、そうですわ。ですからわたくしはさっさと断罪されるべきだと――」

「責任、取って下さい!」

「……え?」

「私、もうニアさんのことすんごく好きになってしまいましたっ! そのニアさんが死ぬところなんて絶対に見たくありません。あなたが挫けそうになったら応援したい。勇者になりたいんだったら、一緒に目指したい! 辛い思いをしているんなら……っ、話を聞いてあげたいっ」


 自然と涙がこぼれる。


「あなたがそこまで公爵にこだわるんだったら、私にだって考えがあります」

「ミュリナさん、一体何を……?」


 一瞬だけ戸惑ってしまう。

 この道はもう、引き返すことができない。

 場合によっては全てを失うことになってしまう。

 それでも、私は彼女を救いたい。


 だから私は、眉を寄せる彼女の耳元でそれを告白するのだった。



「私、本当は魔族なんです」

「……え?」



 ニアさんが目を見開く。


「角無し魔族です。向こうに居場所がなくて、人族領に逃げて来たんです。この事実を公表して、魔族との関り関する一切のことは隷属化されたあなたが私の指示でしていたことにします」

「……っ!? ダメ、ダメよ! そんなのっ!!」

「そう言うと思って先に隷属化を行いました。私の言う事には従ってもらいます」

「そんなっ……! だって、誰もあなたが魔族だなんてわからないわ!」

「ミナトさんやタカネさんはもう知っています。一目でバレました。たぶん勇者には魔族を見抜く力があるんだと思います」

「でもそんなことしたら、あなただってただじゃ済まないわ! 魔族なんてわかったらそれこそ――」

「たぶん、私は死罪になります。それでもあなたを助けるって決めたんです」


 彼女とおでこをつき合わせる。


「ニアさん、たとえあなたが自分の人生を諦めたとしても、私は絶対にあなたのことを諦めない。あなたが苦しくて仕方がないんなら、ちゃんと寄り添ってあげたい」

「なんで……、なんでよ! どうしてそこまでするの!?」

「あなたが悪人なんかではないってわかっているからです」

「わたくしは悪人よ!」

「いいえ――」


 彼女は私と同じなんだ。

 ずっと自分の人生を歩めずにいた。


「――自分の生まれと境遇に苦しんで、でもそこから必死にもがいて。人生を何とか生き抜こうとしていたあなたを、私は信じます」

「そんな、そんなのっ。だって、わたくしは……」


 後退さる彼女を優しく彼女を抱きしめる。

 ただ一言。

 誰かが彼女にかけてあげればよかったんだ。

 なのに、誰もその言葉を届けられなかった。

 だから誰も――彼女自身も自分を信じられなくなった。



 だったら、私が彼女を――彼女の努力を信じる。



「今まで、よく頑張ったね。すごいよ」

「……ぇ」

「公爵って、辛いよね。いろんなしがらみがあって、たくさんの人と関わらなきゃいけなくて。なのにあなたは一人でずっと頑張って来た」

「……違う、違うわ! わたくしは、そこから――っ!」

「ずっと逃げずに頑張って来た。あなたは公爵令嬢として、立派に自分の立場を築き上げてきた」

「違う。違うわっ!」


 彼女はだんだんと泣き始めてしまう。

 そんな彼女を私は優しく撫でるのだった。


「認めて欲しかったんだよね。ずっと一人で、ずっと頑張ってて。どこまでやってもゴールにたどり着けない。それが辛くて自分を見失ってしまった。でもね、私を見て」


 彼女と目を合わせる。


「私はあなたのことを立派な人だと思っている。尊敬している。私じゃできないことができる」

「そんな、ことは……っ」

「ニアさん」


 彼女を真っ直ぐに見つめる。



「あなたは、立派なサートンバゼル家の跡取りだよ」



 その言葉で、彼女は言葉を失ってしまった。


 ずっと、誰かにそう言って欲しかったんだ。

 どれだけやっても認めてもらえない。

 一人娘であるプレッシャーも、他の貴族たちからのプレッシャーもあったことであろう。

 重圧に耐えながら、ひたすらに頑張ったのに、いつまでたってもたどり着けない。

 それが彼女を壊してしまったんだ。


「だって、だって……わた、くしは……」

「頑張ったね、ニアさん」


 心の内に貯めて来たすべてが崩壊した。

 それは大粒の涙となって彼女から抜け落ちていく。

 そんな彼女を私は優しく撫で続けるのだった。

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