第69話 切ない想い

「ダメェェェ!!!」


 止めに入ろうとするも間に合わなかった。

 大鎌の少女のときと同様変化はすぐさま起きる。

 ニアさんがもがき苦しんだと思ったら、彼女の姿はスライムのような大型粘性体へと変わっていくのだった。

 辛うじて人型? と言えなくもないが、だいぶスライム状の魔物に近い。


 あれは元に戻せるんだろうか、なんて焦りを感じてしまう。


「騎士団、攻撃開始」

「なっ! ちょっと待って下さい、アルベルトさん!」

「なぜだ? 彼女はそもそも魔族に内通の罪で、もはや死罪が確定している。たしか魔適合物というんだったか。制御が利かなくなるドーピング剤のようなものなのであろう? ならばこのまま討伐して問題ないはずだ」

「待って下さい、ニアさんも追い詰められていたんです! 弁明の余地はあります!」

「それは彼女の余罪次第だな。俺の見立てでは、ほぼ確実に死罪だ」

「でも、それじゃあニアさんがっ!」

「諦めろ。彼女はもう自滅の道を進んでいる」


 そう言いながら、彼も戦闘へと駆けて行った。

 狭い部屋の中で、人型粘性体一体に対し、騎士が十数名ほど。

 普通なら勝負はすぐにつくと思われたが――。


「なん……だと……!?」


 元々斬撃が効きにくいことは想定していたのであろう。

 初手から魔法主体の攻撃を行ったのだが、変異ニアさんは目にも止まらぬ速さで部屋中を飛び回り、すべての攻撃を避けていく。

 それどころか、触れただけで相手を麻痺させていっていた。


「麻痺か! 盾隊前へ!」


 しかし、盾に激突したと思ったら、大楯が消えてしまった。

 いや、溶かされたんだ。

 守るべきものがなくなってしまい、騎士たちは麻痺にやられながら、全身の鎧が溶かされ、さらに体を腐蝕されている。

 苦痛にまみれたうめき声が響き渡り、想定外の強さにアルベルトさんも同様を隠し得ない。


「くそっ! 何だこの強さはっ! 【鬼剣】」


 アルベルトさんもスキルを放って応戦するが、まるで歯が立たない様子だ。

 レベルカさんや大鎌少女のときと同様、スピードが異常に高く、物理魔法両面での大幅な能力向上が見られる。


「くふ、あは、あははは! 見て、ミュリナさん! わたくし、こんなに強くなれましたわ! これなら勇者一行にもなれる。これならサートンバゼル家として恥じない公爵になれる!」

「ニアさん、やめて! それじゃあ勇者にはなれない!」

「あらミュリナさんったら。姿のことを言っておられるの? 別にいいじゃないそんなことっ! これならお父様も認めて下さるわ。あっはは、やったぁ。わたくし、やっと、なりたい姿になれたんだぁ」


 変異ニアさんが心の声とばかりに喜ぶも、その言葉が私の心を痛々しく削っていく。


「あなたの願った姿は、そんな姿じゃないはずです」

「そんな……? そんなじゃないですって? あなたに一体何がわかるっていうの? 才能に溢れるあなたにっ!!」


 粘性の体から大量の触手が飛び出して、私へと襲い来る。

 それを光剣で払っていき、アルベルトさんたちを守るように立ちはだかる。


「ふぅ。ここじゃダメね。そいつらが邪魔だわ。ミュリナさん、追いかけてきてくださいな」


 そう述べて変異ニアさんはそのまま窓から飛び出して行ってしまう。


「待って!」


 そのまま私も窓から外へと飛んでいく。

 空を飛べるわけではないが、重力魔法を扱えば十階の高さから飛び降りたって着地くらいはできる。


 そのまま加速魔法で追っていくと、ニアさんは例の遺跡へと逃げ込んでいった。

 待ち伏せしている彼女と相対する。


「ニアさん!」

「うふっ。ミュリナさん、わたくし今とっても晴れやかな気分ですわ。自分の体が思った通りに動くの。勉学は頭を使えばいいだけでしたので、努力が比較的結果になりやすかったですわ。でも身体能力はダメですわね。どれだけやっても伸びないものは伸びない」

「もうやめて! 魔適合物を摘出しよう? ね? 私ならできますから」

「どうしてそんなことをおっしゃるの? やっと願った姿になれたのに。ミュリナさんもわたくしを邪魔するっていうのなら容赦いたしませんわ!」


 無数の触手が飛び出して、四方八方から襲い掛かって来る。

 光剣はこれらを打ち払う事こそできるが、焼き切ったり破壊するには至らない。

 一体どんな組成でできているのか。


「あはっ! 手数がわたくしの方が上ですわよ」

「くっ! 【スパイラルレイ】!」


 十五の曲光魔法が私から撃ち出され、触手を迎撃していく。

 だが、千切れたそばからそれらは再生してニアさんの元へと返っていっていた。


「再生……っ」

「ああん。もぅ、ミュリナさんったら、せっかくのわたくしの身体を壊さないで下さる?」


 ダメだ。

 触手の方はいくらやっても再生される。

 けど大魔法を使ったら魔適合物を取り出す以前に彼女が死んでしまう。

 ならば、狙うは粘性体の本体!


「【アクセルバースト】!」


 彼女の元へと一気に駆け抜けて、触手と光剣による打ち合いを開始。

 剣のみでは手数で劣るが、私には魔法がある。

 これも込みにすればこちらの方が一枚上手だ。


「【ファイヤースプラッシュ】!」

「酷いわ。お友達だと思っていたのにっ」

「だったら今すぐこんなことやめて下さい! 魔適合物は危険です! 今だって、人が変わったようになってる!」


 打ち合いに押し勝って、光剣を振り被る。

 次の一撃で――


「待って! 助けてっ!」


 途端に粘性体だった彼女の顔が元のニアさんの顔へと戻り、助けを求めてきた。


「え?」


 その言葉で手が止まってしまう。

 だが、その一瞬の隙にすべてを逆転されてしまった。


 スライム体に身体を拘束されて身動きが取れなくなってしまう。


「ぐぁっ、なんっ!? ニアさん、放してっ!」

「うっふふ。ミュリナさんったら、やっぱりあなたは誠意に弱いわね。わたくしがこうやって弱った声を出せば、あなたはすぐに手を止めてくれる。とっても優しいんですわよね。わたくし、本当に好きですわ」


 そんな風に言いながら、私の頬へとキスをしてくる。


「嫌ですわ。こんな危ないものを振り回して。せっかくこうして身体をつき合わせられたんですもの。ミュリナさんが大好きな、エッチなことでも二人でしましょう? ね?」


 この服は創造魔法による創られたそれなりに頑丈なものであるため服こそ溶かされてはいないが、下着類はそういうわけにはいかない。

 おまけにスライムは服の下にまで潜り込んできている。

 それらに局部を撫でられて、歯を食いしばってしまった。


「あら、ミュリナさんったら、我慢しちゃうの? 本当に可愛い。今のわたくしはどんな形にも体を変えられますのよ。あなた好みにしてあげますからね」

「やめてっ、ニアさん!」

「ふふ、嫌がるフリなんかしちゃって。本当は今想像したんじゃなくて? このスライムで身体中を気持ちよくされたら、いったい自分はどうなっちゃうんだろうって。ミュリナさんはエッチな妄想屋さんですものね」

「ニアさん、お願いよ。こんなことしても、誰も幸せにならない!」

「やってみればきっとあなたも幸せになれますわ。とっても気持ちいいそうですわよ」


 ニアさんがさらに攻め手を強める。


「ニアさん。あなた、勇者になりたかったんでしょう? もうやめよう? こんなこと」

「……ええ。なりたかったですわ。最初はお父様からの押し付けでしたけど、でも憧れはあった。誰もが夢見るような物語の主人公。それにわたくしもなりたくて頑張った」


 静かな涙が流れる。


「でも、もう疲れてしまいましたわ。生きるのが辛い。他者を利用して、他者を蹴落として、心がどれだけ黒く染まっても、それに見て見ぬふりをしなければならない。才能のあるあなたにはわからないでしょう」

「それは――」

「もういいんですの。わたくしの罰則内容は先ほどアルベルトさんが言っていた通り死罪ですわ。それくらいのことをやった自覚もございます。当然の報いですわよね」


 儚く俯くその瞳に、私は手を握りしめる。

 この人は、もう自分の生を諦めてしまっている。


「――さあミュリナさん、わたくしの物語はここで終わりです。どうか討伐なさって下さいな。あなたを振り向かせることに全神経を注いだんですもの。あなたに殺されるなら、本望ですわ」


 叶えたい夢れがあるのに、それが遠すぎて諦めてしまっている。


「それとも、エッチなことに興味がわいて、やられているフリをされているの?」


 なら、わたしがっ――!!


「【ディメンジョナルムーブ】」


 瞬時に私を捕らえていたはずのニアさんの前へと降り立つ。


「な、なんですの……それは……!?」

「転移魔法です。まだ短距離しかできませんが、大鎌の彼女の能力を見て、私も魔法で似たようなことができるんじゃないかって研究しました」


 彼女を絶対に救う。

 その方法はもう決まった。


 最初は唖然としていたニアさんだったが、やがて乾いた笑いを飛ばしてくる。


「は、はは、本当に……、本当にすごいですわね、あなたは」

「ニアさん、あなたの命、私にくれるんですね?」

「ええ。もう決心はついておりますの」


 ニアさんが無防備に私の前に立つ。

 そのまま討たれる気なのであろう。


 そんな彼女に向けて、光剣を掲げる。


「……わかりました」

「ありがとう。あなたはてっきり拒絶してくると思っておりましたけど、これで心置きなくいけますわ」


 そう述べて、ニアさんは目を閉じる。


 ニアさん。

 才能がないなんて、嘘でしょう。

 だって、私が今こんな思いをしているんだもん。


「ニアさん、大好きです」

「ええ、わたくしもですわ」


 私はそのまま光剣を――



 振り下ろした。

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