第66話 奴隷売買

 あれから三日が過ぎた。

 逮捕状を持った警備隊が何度かニアさんが泊まる宿へとやってきたが、ニアさんはその都度、警備隊を撃退している。

 公的権力を持つ警備隊を退けるとは、一体どのような手を使っているのだろうか。


 そんな中、私はふとハロルアさんが救出した魔族たちを引き連れて馬車で移動するのを目撃した。

 聞いていなかったことだったため、急ぎそれをニアさんへと確認しに行く。


「ニアさん!」

「あら、そんなに慌てて。どうされたんですの?」

「魔族の方たちって今どうなっていますか!」

「どう、とは? 質問の意図が見えないのですが」

「あ、す、すみません。ちょうど彼らが馬車で移送されるのを見たもので……」

「あらあら、何をそんなに心配されているのですか? 予定通り魔族領の国境へ連れていくために出発しただけですよ。連れ去られてしまうとでも思いましたか?」


 ニアさんにクスクス笑われてしまう。

 よく考えたら、ニアさんが彼らの動きを把握していないわけがない。

 ハロルアさんが悪人かもしれないという前提で勝手に焦ってしまったが、早とちりだったようだ。


「あっ……。そ、そうだったんですね……」

「そんなことより、ようやくわたくしたちもミストカーナに帰れそうですよ?」

「え? 大丈夫なんですか?」

「ええ。逮捕請求を出して来た大元の貴族を叩くことができましたので、請求はすでに取り下げられております。警備隊もわたくしにはもはや手出しできません」

「おおっ! そうなんですね」


 なんというか、やり方が政治家って感じだ。

 無実を証明するわけでも、裁判で争うわけでもなく、原因の大元を攻撃することで解決を図っている。

 むろんそのやり方自体がいいのかという話もあるが、無実なのであれば問題ない。

 やっぱりニアさんはすごいなぁ。


「? わたくしの顔に何かついてまして?」

「いえ、ニアさんはすごいなぁって思って。私だったら間違いなく捕まってしまっています」

「まあミュリナさんったら、わたくしを口説くおつもり? あなたにならいくらでも口説かれて差し上げますのよ。なんなら身体を捧げますわ。さあ、今からでも――」

「あーっとじゃあ私は帰り支度をしてきますね~」


 なんて言いながら、逃げるように自分にあてがわれた部屋へと逃げていく。

 ニアさん、最近どんどん過激になっているなぁ。


 しかし、思い返せばあっという間の一週間であった。

 これで一応、暗殺予告の問題は解決したと言えるはずだ。


 ただ、ミナトさんに魔族だとバレている件とか、神父風の男性が逃亡している件など残された課題はいくつかある。

 それらはおいおい考えていかないとな、なんて思いながら、ふと魔族の人たちに念のためと思って追跡魔法をつけていたのを思い出す。

 ハロルアさんが魔族だとミナトさんに言われて念のためつけておいたが、ここまでくればたぶん大丈夫であろう。

 最後にその魔法を起動して、状況だけ確認してみることにした。


「【マップドロウインング】【ブートトラッキング】」


 魔法地図を出現させて、追跡魔法の現在位置を描画していく。

 すると、おかしなことに気が付いた。


「あれ……? なんで、こっちに向かっているの……?」


 彼らが向かっているのは、私たちが探索を行った遺跡がある山の方だ。

 国境方向とは真逆となる。


 嫌な予感が背筋のあたりを走る抜ける。

 ミナトさんはハロルアさんが魔族だと言っていた。

 自分も魔族であるため人のことは言えないが、ニアさんに対して悪意を成す可能性がないと本当に言えるだろうか。


 例えば、囚われていた魔族たちを、国境へ開放するのではなく奴隷売買に用いるということもできてしまう。

 人族領内における魔族の奴隷売買自体は禁止されていないが、ニアさんの意志には沿わない。


 なんにしても、彼らが向かっている方向は明らかに国境じゃないのだ。

 まずは確認を取らなくては。


 そう思って、私は加速魔法で一気に山間部方面へと駆けていくのだった。


  *


 道から外れてコソコソと隠れながら彼らがいる場所を遠目で確認する。

 前回の探索では気付かなかったが、どうも遺跡近くには広場のようなところがあって、そこに馬車をとめているようだ。


 何をしているのかと確認すると、ハロルアさんが誰かと話している。

 いや、あれは――


 舞踏会場で私に突っかかって来た三人組だ。

 何やら紙でのやり取りをして、ハロルアさんが持ってきた馬車をそれぞれ一台ずつ持って帰ろうとしている。


 現段階で明らかにニアさんの指示とは異なることが起こっているため、私は姿を現わして止めに入ることにした。


「ハロルアさん、何をされているんですか?」

「!? ミュリナ様! どうしてこちらに!?」

「なぜ、彼らがここにいるんですか? 魔族の方は国境へ連れて行くのではなかったのですか?」

「そ、それは……ちょ、ちょうどこちらの方々に移送を手伝っていただく手筈となっておりました。ここで合流して、彼らに荷を預けるという段取りとなります」


 ……。

 さすがの私でも、これが咄嗟の作り話であることくらいはわかる。

 杖を出現させて、複数の魔法陣を展開する。


「もう一度問います。正直に答えて下さい。でないと――」


 分解魔法を近場にあった大木へと放つ。

 それだけで人の何十倍はあろうかという大木は塵と化した。


「生き物に放つと、それはそれはもがき苦しんで死に至りますので」

「お、おい、待ってくれ!」


 三人組の――たしかセイロスさんが口を開く。


「お、俺たちは関係ない! 勝手に巻き込まないでくれ!」

「関係ない? 彼らをどうするつもりだったんですか?」

「か、買っただけだ! 魔族の奴隷売買自体は禁止されていない!」

「じゃあ、売買契約自体をなかったことにしてください。この魔族たちの所有者は売却する意向なんてありません。魔族領に帰す予定です」

「そんなっ! 俺たちはもう既に対価は支払い済みなんだぞ!」

「では返金するよう私の方から話しておきます」

「そんなの無理だ! 対価はあいつに対する逮捕要請の取り下げだ! 一度取り下げたら、変えられない」


 逮捕要請の取り下げ……?

 でもそんなのおかしい。

 ニアさんはもうミストカーナへ帰っても問題なくなったと言っていた。

 つまり、逮捕要求を出したこの三人と話がついたということになろう。

 ……じゃあ、一体どんな話がついたのだろうか。


 そんな思考をしていると、背後に違和感を覚えた。

 咄嗟に空中へと退避すると、私がいた場所を大量の矢玉が通り過ぎていく。


「いよっしゃあぁ! 間に合った」

「何かあるかもと思って連れてきといて正解だぜ」


 あの三人組の私兵だろうか?

 百名ほどの兵士団が私を取り囲んできている。


「はんっ、時間稼ぎをしているとも知らずに、お喋りに付き合うなんて間抜けだな!」

「これだけの数だ! どれだけ魔法がすごかろうと、多勢に無勢だろうよ!」

「できれば生け捕りにしろよ! 後で楽しむんだからな! なんならお前らにも後で回してやるぞ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべる彼らに、心底うんざりしてしまう。

 最近は周囲に対する自分の戦闘力を正しく評価できるようになってきた。

 だから思ってしまうのだ。


 ――この程度で勝てると思っているの?


 と。


 それに私の心情は、さっさとこの場を片付けてニアさんと話したいということだ。

 もし彼の言う通り、彼女が意図的に本件に絡んでいた場合、私はきっと対応に困ってしまうだろう。

 だから「そんなことないですわ」という彼女の否定を聞きたくて仕方がなかった。


「さあ、観念するんだな! お前の身体は俺たちの――」

「【フリーズエリミネーター】」


 それだけですべての兵士たちの下半身が氷漬けとなってしまう。


「な、なんだ、これはっ!」

「【マス・ホールドクラスト】」


 問答無用でさらに拘束魔法を放つ。


「くっ、そんなっ! 一度にこれだけの!?」


 私が目の前にいることにやっと気づいたのであろう。

 光剣をその手にしているのに怯えて後退りしている。


「まずはニアさんが気になるので、そちらへ行きます。でも、そのあと戻ってきたらあなた方の相手です。覚悟しておいてください」

「ひ、ひぃ!」

「【ストゥーパーエミッション】」


 そのまま昏睡魔法で全員を無力化した。

 そして私は、モヤモヤとした不安を抱きながら、彼女がいる宿へとトンボ返りするのだった。

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